人工衛星というと一般に「国の機関が多くの費用と時間をかけて、高機能なモノを造って打ち上げる」というイメージがあるかもしれない。もちろん、そういう衛星を必要とする場面は依然として存在するが、すべてがそうではない。そして近年、「小型で安価な衛星を迅速に作って迅速に打ち上げる」という傾向が強まっている。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
なぜ小型で安価な衛星が求められるか
本題に入る前に、どうして「小型で安価な衛星の迅速打ち上げ」という話が出てきたのかを、防衛分野にフォーカスして考えてみる。
キラー衛星とか対衛星兵器とかいう話は、以前の冷戦期からあった。実際、衛星に向けて空中あるいは洋上からミサイルを発射して破壊した事例が、何件かある。ただしその対象は、軌道高度が低いLEO(Low Earth Orbit)衛星に限られる。さすがに、高度36,000kmの静止軌道(GEO : Geosynchronous Earth Orbit)まで届く衛星破壊兵器は現実的ではない。
ただ、武器によって破壊されなくても、外的要因などによって機能不全を起こすこともある。そうした事情により、「打ち上げてしまえば、あとは安泰」とはいえない。
そこで、「ダメになっても代わりを打ち上げればいいじゃない」という考え方が出てきた。その極めつけが、スターリンクやプロジェクト・カイパーのような通信衛星群。軌道上に数千基もの衛星があれば、10基や20基が機能不全を起こしても、どうということはない。(それによる天体観測などへの支障が、別の問題として存在するが)
防衛分野でも、例えば米宇宙開発庁(SDA : Space Development Agency)が極超音速ミサイルなどの捕捉追尾を目的として開発・配備を進めているSDAトラッキング・レイヤーと、それが得たデータの中継を担当するSDAトランスポート・レイヤーは、多数の衛星群で構成する。しかもそれが複数の「トランシェ」に分かれており、段階的な改良を図っている。
小型衛星を得意とするブルーキャニオン・テクノロジーズ
DSEI Japan 2025に際して、RTX傘下のブルーキャニオン・テクノロジーズでゼネラル・マネージャを務めるクリス・ウィンスレット(Chris Winslett)氏が、同社の事業に関する記者説明会を行った。
ブルーキャニオンといっても日本ではなじみが薄いかもしれないが、実はすでに宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型探査機計画「EQUULEUS」において、同社の姿勢制御ユニット「XACT-50」が採用されている。
「XACT-50」はセンサーとアクチュエータを内蔵しており、衛星の姿勢を検出した上で、必要な制御を行う機能を有している。それを1U以内のサイズにまとめているため、小型衛星でも組み込みやすい。
いきなり「1U」という言葉が出てきて何事かと思われるかもしれないが、これは小型人工衛星CubeSat(キューブサット)に関連する用語。CubeSatの分野では、規格化された直方体の外形をひとつの単位としており、そのうち最小の基本単位(一辺が10cmの立方体)を「1U」という。
CubeSatは、この規格化されたサイズのユニットを1~6個(すなわち1U~6U)組み合わせて、小型の衛星を構築する。1Uなら縦10cm×横10cm×高さ10cmで、1.33kg以下。2U以上になると高さがユニットの数だけ増えるので、6Uなら高さ60cmとなる。このほか、10cm×20cmで高さを半減させて30cmとしたW6Uという構成もある。
ブルーキャニオン・テクノロジーズはこうした小型衛星や、そこで使われるコンポーネントを得意としている。そしてウィンスレット氏は「アジリティが強み」と語る。
防衛分野で強みを見せる機敏な事業体制
ブルーキャニオン・テクノロジーズが発足したのは2008年、4人の創業メンバーが、衛星の精確な航法・制御を手掛ける会社として設立した。最初の衛星をカスタマーに納入したのは2012年、2020年にレイセオン・テクノロジーズ(当時。現在はRTX)の傘下に入って現在に至る。
事業の中核は高性能の衛星バス、つまり衛星の機体部分で、そこに各種のペイロードを組み込んで衛星を仕立てる。ペイロードのインテグレーションに加えて、衛星で使用する各種のコンポーネントや、打ち上げた後の衛星の運用まで手掛ける。つまり、コンポーネントから組み立て・運用まで垂直統合している。
自社だけで完結するとは限らず、先に挙げたJAXAの事例みたいに、誘導制御システムやハーネスといったコンポーネントを、他のメーカーに納入することもある。
米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が進めているブラックジャック計画では、LEOに投入する小型衛星を用いて、さまざまな能力を試している。このブラックジャック計画で使用するバスも、ブルーキャニオン・テクノロジーズが関わっている。
また、同社は2021年に、宇宙状況認識(SSA : Space Situational Awareness)用途に使用する小型衛星向けバスの開発計画、Micro-Satellite Bus(AgileSAT)の開発契約を、米空軍研究所から受注した。
こうして、すでに10年余りにわたってさまざまな衛星を手掛けてきた実績とノウハウの蓄積がある。また、過去に打ち上げた衛星の経験・実績をどんどん反映させて、新しい衛星を改善していくサイクルを回してきたのが強みである、とウィンスレット氏はいう。
個人的には、比較的コンパクトな組織ならではの「機敏さ」と、「次々に経験を反映させて改善するサイクルを回す」部分が重要であると感じた。
そもそも防衛の分野では、新しい兵器や戦術などが登場しても、それがずっと無敵ということは、まずあり得ない。何かが出てきて威力を発揮すれば、必ず対抗手段が考え出される(少なくとも、考え出そうとする)。
すると、固定観念にとらわれず、目の前の現実と経験を受けて、機敏かつ迅速に開発を進めていく必要がある。そのことの重要性を、改めて認識することになった記者説明会であった。
そこで、その「機敏かつ迅速な開発」に関わる話を、次回から3回に分けて取り上げてみたい。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。