過去5回にわたって「海の上」の話を続けてきたので、今回から「陸の上」に話を移す。陸戦における指揮所には、洋上の旗艦とは違った難しさがある。
陸戦では指揮所が動く
よほど上級の司令部になれば話は違ってくるが、陸戦における基本的な特徴として「指揮所は移動することが前提」がある。指揮下の部隊が走り回っているのだから、それに併せて指揮所も移動しないといけない。前線から遠くなれば状況の把握はおぼつかなくなるし、指揮を執るにも具合が良くない。
すると、どういうことになるか。指揮官と幕僚とその他の要員は車両に乗って移動する。そして、「ここを指揮所とする!」と決めたら、そこに車両をとめて、テントを張って、通信機のアンテナを立てて、指揮所を「店開き」する。戦況が変化して、指揮下の部隊が移動していったときには、その指揮所を「店じまい」して、新たな場所に向けて移動する。
もっとも、走りながら指令を発する場面もあるから、それに備えた用意もある。陸上自衛隊には「指揮通信車」と呼ばれるカテゴリーの車両があるが、他所も事情は似たり寄ったり。例えば、米陸軍であれば、M113兵員輸送車をベースにしたM577指揮車がある。
また、米海兵隊にはAAV7水陸両用装甲車をベースにした、AAVC7という通信車がある。M577は車体の屋根を嵩上げして車内容積を増やしているが、もともと車体が大柄なAAV7では、指揮車型も同じ車体を使っている。ただし、屋根上に立っているアンテナの数は違う。
兵員輸送型のAAV7は車内の左右にベンチを並べているが、AAVC7は無線手、指揮官、幕僚のための席とコンピュータ、そして通信機を車内に設置している。通信機は、VHF/UHFとUHF衛星通信に対応するものがあり、近距離通信にも遠距離通信にも対応できる。また、走行用エンジンを止めても電力を供給できるように、補助電源装置を増設している。
難しいのは、通信機器の設置場所
ところが、指揮車の車内に入りっぱなしでは作業空間に限りがある。機動しながら指揮を執らなければならない場合は仕方がないが、多数のコンピュータや通信機器を設置したり、地図をテーブルに広げたりする場面では、指揮所を「店開き」せざるを得ない。
ただし、指揮所に通信機を設置する際には注意しなければならない点がある。漫然と、指揮所の横に通信機とアンテナを設置するのは自殺行為なのだ。なぜかというと、電波を出した途端に敵軍に逆探知されて、位置を突き止められてしまう。そうなれば、次には指揮所に向けて敵軍の砲弾が飛んでくると覚悟しなければならない。
これを敵軍の立場から見るとどうなるか。相手の指揮官を討ち取ることができれば、それはいわば “首をはねる” ようなもの。指揮官や幕僚がいなくなれば、烏合の衆とまではいわないにしても(そうなるかどうかは、指揮統制の在り方や日ごろの訓練に依存する)、混乱を引き起こして戦闘を有利に運べるのは間違いない。
だから指揮所を設営するときには、通信機は手元に置くとしても、アンテナは離れた場所に設置する必要がある。店開きや店じまいの際に手間が増えてしまうが、身を護るためには致し方ない。そしてもちろん、アンテナの予備も用意しておく必要がある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。