ミサイル。日本語では誘導弾と呼ぶことがある。単に弾頭を搭載して飛翔するだけでなく、誘導制御機構を備えているので、「最初に狙って撃ったらあとは運任せ」の砲弾・爆弾よりも命中率が向上する。ただし、ミサイルのメリットはそれだけではない。

スタンドオフ攻撃による生残性向上

大抵のミサイルは、弾頭と誘導制御機構に加えて、推進機構を備えている。ターボジェット・エンジンだったり、ターボファン・エンジンだったり、あるいはロケット・エンジンだったりするが、とにかく推進力を自前で持っている。それに加えて、揚力を発生するためのウィングを備えていたり、弾体自体が揚力を発生する設計になっていたりする。

こうすることで、長距離飛翔を可能にする。すると、ことに対地・対艦攻撃の場合、防空システムで厳重に武装したターゲットの頭上まで行かずに、ずっと手前からミサイルを発射して三十六計逃げるに如かず、という運用が可能になる。すると、攻撃側にとっては生残性の向上につながる。

こうなると、迎え撃つ対空ミサイルの側も、射程延伸によって対抗する仕儀となる。射程延伸のためには、搭載する推進装置ができるだけ大きなエネルギーを発生してくれないと困る。空対空ミサイルは最初から初速がついた状態で発射するが、ゼロから加速しなければならない地対空ミサイルや艦対空ミサイルのほうが、分が悪い。

そこで、ゼロから加速するために短時間だけ大推力を発揮するブースターと、持続的にもっと少ない推力を発揮するサステイナーの二段構えにすることが、ままある。単一のロケット・モーターで、ブースターの機能とサステイナーの機能を順次発揮できるようにする、デュアルスラスト型のロケット・モーターもある。

ただし必ずしも、発射から命中まで推進装置が作動し続けるとは限らない。対空ミサイルの場合、最初にロケット・モーターを吹かして加速したら、ロケット・モーターの燃料が燃え尽きた後は慣性で飛翔するケースが少なくない。いったん高いところまで上昇しておけば、位置エネルギーを活用して飛翔距離を延ばすことができる。

ともあれ、この「射程延伸」を英語でいうとExtended Range。頭文字をとってERともいう。最近、既存ミサイルの射程延伸版を開発して、「ほげほげER」あるいは「ほげほげ-ER」といった命名をするケースを、頻繁に目にする。

もっとも、射程延伸型がいくつも出てきて単一の名称では済まなくなり、「ほげほげLR(Long Range)」「ほげほげER(Extended Range)」「ほげほげXR(eXtra extended Range)」となってしまうこともある。もっと射程が長くなったら、どうするんだろう?

AARGM-ERの場合

そんな「ほげほげER」の一つが、ノースロップ・グラマン製のAGM-88E AARGM-ER(Advanced Anti-Radiation Guided Missile - Extended Range)対レーダー・ミサイル。

もともと、AGM-88 HARM(High-speed Anti Radiation Missile)という対レーダー・ミサイルがあった。それのロケット・モーターを新型化するとともに、誘導制御の機能を一新したのが、AGM-88E AARGM。ただし外形はほとんど変わっておらず、既存のHARMからAARGMに改造することもできる。

  • AGM-88E AARGM。外観はHARMとほとんど変わらず、マーキングを見て初めて気付くレベル

対レーダー・ミサイルの主な仕事は、敵の防空網をつぶすために、そこで使われているレーダーに狙いを定めて破壊すること。危険な任務だから、できるだけ遠方から交戦できるに越したことはない。それだけでなく、敵軍が攻撃されていることに気付いてレーダーの発信を止める事態も考えなければならない。すると、飛翔速度の速さも求められる。「気づいた時には、もうつぶされてました」となれば理想的。

そこでAARGM-ERでは、弾体直径を10インチ(254mm)から11.5インチ(292mm)に拡大するとともに、中央から4枚のウィングを生やしていた形態を改めて、弾体の両側面に細長いストレーキを設けた。これが揚力を発生する。弾体の大径化により、ロケット・モーターを大型化できるから、射程の延伸や機動性の向上につながる。

射程延伸はダイナミクスだけの話ではない

ここまではダイナミクスの話だが、誘導弾としてみた場合は、それだけでは話が足りない。遠方の目標と交戦するには、遠方の目標を捕捉できる仕掛けが要る。それがなければ、ミサイルはただの迷子になってしまう。だから、AARGM-ERはAARGMの誘導制御セクションを活用しつつ、探知能力の強化を図っているという。

  • AARGMとAARGM-ERの比較 資料:ノースロップ・グラマン

対レーダー・ミサイルだから、敵レーダーが出す電波を受信して、発信源の方位や位置を把握、そこに向けて飛翔する流れとなる。遠方から撃つのであれば、より微弱な電波でも精確に捕捉できなければならないから、シグナル処理などの部分がモノをいいそうだ。

この辺は明らかに「軍事とIT」の領分だが、他にもある。より効率の良い飛翔経路をとれるような誘導制御を行えば、同じ推進装置のままでも実際の射程は伸びる。

これがモノをいうのは、特に、相手の移動速度が速い対空ミサイルの分野。最初から最後まで、捕捉した目標を追い続けるよりも、目標の未来位置を予測して先回りするほうがショートカットになるので、実質的な射程が伸びる。そして、誘導制御の方法、あるいはそのロジックもまた、「軍事とIT」の領分となる。先回りしたければ、未来位置を予測して、かつ、逐次アップデートする仕掛けが不可欠だ。

なお、AARGMからAARGM-ERへの進化に際してウィングを止めて細長いストレーキに変えたことで、最大幅が小さくなった。このおかげで、F-35の機内兵器倉に収まるようになった。というよりもこれは、それを考慮に入れた変更といえるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。