今回のお題は、通信関連の規約や標準化仕様。軍用品として専用のプロトコルやコーデックを開発する代わりに、実績がある民間のプロトコルやコーデックをそのまま使ってしまえ、という話である。

ネットワーク関連のプロトコル

まず、EthernetやTCP/IP。あまりにも利用が拡大しているので、いちいち個別の事例を挙げていられない。

そういえば、しばらく前の話になるが、「IPv6の導入では米軍が先陣を切っているのではないか」との指摘が出たことがあった。それだけIPネットワークに接続するデバイスが多くて、アドレス枯渇の問題が深刻だったから、ということだろうか。

基幹回線になると、ATM(Asynchronous Transfer Mode)やSONET(Synchronous Optical Network)を利用していることがある。この手の通信サービスに関する契約を、米国防総省の契約情報で見かけることがある。

最近では、IEEE802.11無線LANの利用も増えてきている。軍用スマートフォンや軍用タブレットの利用が増加すれば、ますます無線LANの出番は増える。周辺機器を接続するためのインタフェースでは、RS-232C、RS-422、USBなどが頻繁に使われている。メモリカートリッジとしてコンパクトフラッシュを使っている事例もある。

TCP/IP上で動作する通信アプリケーションというと、古くから電子メールやチャットといったものがあるが、軍用ネットワークでも電子メールやチャットは広く使われている。例えば、UAVのオペレーターがチャットでやりとりしながら攻撃の可否を判断・意志決定している、なんていう事例がある。

ネットワークがIP化すれば、音声のやりとりもそこに乗せてしまえ、となるのは自然な流れ。実際、軍艦の艦内電話をIPネットワークに乗せてVoIP(Voice over IP)化した事例もある。

電話機の外面だけ見てもわからないかもしれないが、御丁寧にIPアドレスをラベルライターで書いて貼り付けてある現場を、とある軍艦で目撃したことがあった(確か、プライベートIPアドレスだったと思うが、定かでない)。

そこで、わざわざ独自に特殊なプロトコルを開発したら、余分な時間と人手と経費がかかってしまう。だから、使用しているプロトコルは民間向けのVoIPと同じではないかと思われる。

軍用だろうが民生用だろうが、流れるデータは「1」と「0」のビット列だから、秘匿性さえ確保できれば、民生用と同じ規格で何も差し支えはない。秘匿性を確保したければ、通信路を物理的に独立させるとか、暗号化をかけるとかいった手はあるので、秘匿性だけなら専用のプロトコルを開発する理由にはならない。

アメリカ海軍のUHF通信衛星・MUOS(Mobile User Objective System)では、無線インターフェイス部分に第三世代携帯電話でおなじみのW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)を使用しているが、この話は本連載の第123回でも触れたことがある。

  • 米海軍のUHF通信衛星・MUOS。無線インターフェイスはW-CDMAである Photo:US Navy

米海軍の通信衛星担当計画室(Communications Satellite Program Office/PMW-146)がリリースしている資料によると、MUOSは重量2~3lb(約900~1,360g)の携帯式端末機を使用して、9.6kbps程度の速度でデータ通信を行えるという(衛星としては最大384kbpsまで対応)。

では、軍用通信に不可欠の暗号化はどうか。さすがにこれは軍用に開発された規格だけを使っているだろう……と思うと、さにあらず、調べてみると、AES(Advanced Encryption Standard)暗号化を使用している軍用通信機がゾロゾロと出てきた。

とりあえず製品名だけ列挙すると、ハリス社のRF-300S、RF-7800S、RF-310M-HH。ヴィアサット社のデジタル映像受信機EnerLinksIII GMT(Ground Modem Transceiver)、レイセオン社のMicroLight、タレス社のLiberty LMR(Land Mobile Radio)など。

コンピュータ暗号の安全性は鍵探索の困難さに依存しているから、そこのところで軍民の違いはない。要は、鍵管理さえ厳密にできていればよいということだ。民間で広く使われている暗号化アルゴリズムであれば、それだけ広く検証されているということでもあるし。

動画の圧縮や配信

動画というと、軍事分野で最も活用が進んでいるのは、「実況中継」用途であろう。無人機(UAV)を初めとする各種の無人ヴィークルに搭載したカメラで動画を撮って、それをリアルタイム送信してくるというものだ。

実は、その「実況中継」で動画を送る際に使用するコーデックが、民間でおなじみのH.264ということが間々ある。アメリカの通信機器メーカーとしておなじみのハリス社が、H.264を使用する動画処理製品をいろいろリリースしている。

UAVからの実況中継は、見通し線無線を使用する場合と衛星通信を使用する場合があるが、どちらにしても使用する帯域はできるだけ少なくしたい。そこで動画圧縮機能の利用は必須だが、いちいち新規開発する代わりにH.264を導入してしまったというわけ。また、動画のストリーミング配信にMPEG-2を利用している事例もある。

民間向けネットサービスの活用

もっと上のレイヤーの話になるが、軍にしろメーカーにしろ、YouTubeに公式チャンネルを開設して動画を配信する場面は日常的になっている。こうした民間ネットサービスの活用も、ある種のCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化と言えるだろう。

2017年の2月にアメリカ海軍のE-2Dアドバンスト・ホークアイ早期警戒機が岩国基地に飛来したときに、取材に行った。その翌日ぐらいだったか、記事をまとめていたら、その飛来時の記者会見の模様がYouTubeに上がっていたので、記者会見のときのやりとりをその場で確認できて重宝した、なんていうこともあった。

もちろん現場ではICレコーダーで録音しているのだが、屋外で風が強い場所だと鮮明に録れない場合がある。そんな時のバックアップになるので、意外と助かっている。

民間向けのサービスといえば、米軍がマイクロソフトのSharePointを活用している、との話が報じられたこともあった。今ならクラウド・サービスを積極的に使っていても驚きはしない。実際、アメリカ海軍が実施した即応性評価の報告書が出たというので見てみたら、ダウンロード元URLがAmazon AWSになっていたことがあった。