前回に艦載防空システムの話を取り上げたので、同じように「空から降ってくるものに対処する」システムとして、今回は弾道ミサイル防衛を取り上げてみよう。
ネットワークが生命線
艦隊防空でも、ネットワークは使う。自艦が搭載するレーダーだけでなく、他の友軍の艦、あるいは早期警戒機が搭載するレーダーの探知情報を受け取ることで、より広いエリアの状況を把握できるからだ。
ただ、基本的には自艦が搭載するレーダーで探知して、自艦が搭載する指揮管制装置で脅威評価と武器割当をやって、自艦が搭載する艦対空ミサイルを使って交戦する形態である。つまり自己完結している。
では、弾道ミサイル防衛はどうか。射程距離が数百~数千kmという代物だから、発射から着弾まで1つのセンサーでカバーすることはできない。先に行われた北朝鮮のミサイル発射と、それに対処するアメリカ軍や自衛隊の体制を見ると、こんな按配になる。
早期警戒衛星による発射の探知
DSP(Defense Support Program)、あるいはその後継となるSBIRS(Space-Based Infrared System)といった衛星を使う。発射すると直ちに探知できるが、この時点では「どこで発射があったか」までしか分からない。
レーダーによる追尾
その後、ミサイルが上昇・加速しながら目標に向けて舵を切ると、Xバンド・レーダーによる追尾に移る。アメリカ空軍は青森県の車力分屯基地と京都府の経ヶ岬通信所にそれぞれ、レイセオン社製のAN/TPY-2というレーダーを置いている。
このほか、航空自衛隊が日本国内の4カ所(下甑島、佐渡、大湊、与座)に配備している大型レーダー「J/FPS-5」も、弾道ミサイルの追跡能力を備えている。アメリカ本土やイギリスなどにも、弾道ミサイル早期警戒レーダーがある。
迎撃用資産のレーダーによる追尾
ミサイルがミッドコース段階にさしかかる辺りから、(迎撃のために展開させていれば)イージス艦のAN/SPY-1レーダーによる追尾が可能になる。 また、終末防衛段階ではTHAAD(Terminal High-Altitude Area Defense)用のAN/TPY-2レーダーや、パトリオット地対空ミサイルのAN/MPQ-65といったレーダーも追尾に加わる。
これらの詳細については、以前に書いた拙稿「【コラム】日本のミサイル防衛体制(1)探知・追尾編」も参照していただければと思う。
アメリカ軍のミサイル防衛システム(BMDS : Ballistic Missile Defense System)の頭脳となるC2BMC(Command, Control, Battle Management and Communication、指揮・統制・戦闘管制・通信)システムは、アメリカ本土に置かれている。
しかし、その配下にあるセンサー群の展開場所は、日本国内だったり太平洋上だったりする。だから、広い範囲に展開したセンサー群からリアルタイムで情報を受け取るための通信網が不可欠となる。
相対的な情報と絶対的な情報
自己完結している個艦防空と違い、多数の資産を連携させるミサイル防衛では絶対的な位置情報が必須である。
レーダーで探知した脅威は「どちらの方向で、どれぐらいの距離で、どれぐらいの高度か。それがどちらに向けて、どれぐらいの速度で進んでいるか」という形の情報になる。つまり、レーダーの位置を起点とする相対的な情報である。
個艦防空のように単独で交戦する場合ならそれでもいいが、複数の資産を連携させるとなると、相対的な情報では具合が悪い。絶対的な位置情報に直さないと、探知した脅威に関する情報の共有や重複の排除ができないし、着弾地点の予想もできない。
すると、脅威の探知・追尾を担当する資産(艦や航空機やレーダーなど)の精確な位置を知る必要がある。そこを基点として方位・距離・高度が分かれば、探知目標の絶対位置を割り出すのは幾何学の問題である。
陸上に固定設置してあるレーダーなら、事前に緯度・経度・標高を割り出せるが、問題はイージス艦だ。自らエンジンを動かして航行している場合はいうまでもなく、エンジンを止めていても風や海流によって流される可能性がある。だから、リアルタイムかつ継続的な測位が必要になる。
C2BMCのお仕事
弾道ミサイルを発射する際は、「発射地点」と「目標の位置」が決まれば、そこを飛翔するための弾道飛行経路も計算できる。つまり「どちらの方角に向けて」「どれぐらいの上昇角度で」「到達速度をいくつにするか」という諸元を出すわけだ。実際にはさらに、地球の自転や空力的な影響があるが、それも事前に計算して反映させる。
一方、迎え撃つ側のC2BMCは、脅威の探知・追尾に使用する各種資産から得た情報に基づいて、発射地点や発射後のミサイルの飛翔経路を時々刻々、割り出して追いかけるとともに、着弾地点を予想する。これが第一のお仕事である。
つまり、撃つ側は「ここからここまでミサイルを飛ばすために、どういう軌道をとるか」という計算を行うが、迎え撃つ側は「ここからこういう軌道で飛んできているから、どこに落ちるか」という計算をする。立脚する物理法則は同じだが、未知のパラメータが違う。
そしてC2BMCは、割り出した予想着弾地点に基づいて、最適な場所にいる迎撃用資産(イージス艦、PAC-3、THAADなど)に交戦の指令を飛ばすとともに、飛来する脅威の軌道・速度などに関する情報を流す。それが第二のお仕事になる。
それを受けた迎撃用資産は、C2BMCから得たデータに基づき、ミサイルを発射するタイミングと、ミサイルが飛翔する方向を決定して、その情報をミサイルに送り込む。そして発射・交戦する運びとなる。
イージス艦の面倒な計算
ちなみにイージスBMDの場合、単に艦位を出すだけでは済まない。イージス艦の全長は百何十メートルもあるからだ。そのうち、どの場所の位置をとるかが問題になる。
仮に、ミッドシップ・マークの位置で測位するとしよう。だいたい艦の中央付近だ。しかし、実際にSM-3を発射するMk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)は、そこからだいぶ離れた位置にある。すると、ミッドシップ・マークの艦位をそのままSM-3に渡したら、その時点で位置が数十メートルもズレてしまう。
だから、BMD対応のイージス艦では、艦の位置ではなく、VLS内にある個々のミサイル発射セルの位置を割り出して、SM-3ミサイルに送り込むようになっている。例えば、「艦尾VLSのn番セルは艦位の基準点と比べて艦尾方向に××メートルと△△センチメートル、右舷に◎◎メートルと○○センチメートルだけずれる」という数字に基づいて計算する(アメリカだから、単位はフィートとインチかも知れない)。
だが、ちょっと待ってほしい。艦がどちら向きに航走しているかによって、測位の基準点とミサイル発射セルを結ぶ線の向きが変わるはずだ。例えば、艦が北半分に向けて航走していれば、艦尾VLSの緯度は艦の中心より南側になる。しかし、艦が南半分に向けて航走していれば、艦尾VLSの緯度は艦の中心より北側になる。向きが90度変わるが、経度についても同様の問題がある。
ということは、艦の針路を加味しなければ、ミサイル発射セルの精確な緯度・経度は出ないハズだ。そして、艦は時々刻々移動しているのだから、その計算をリアルタイムでやらなければならない。そこまでやって初めて、飛来する弾道ミサイルの軌道と、それを迎え撃つSM-3がとるべき軌道を交錯させることができる。