防衛省がリリースしている「次世代戦闘機のビジョン」には直接出てきていないが、明らかに不可欠だと言える要素がデータリンクである。本連載の第37回などでデータリンクについて触れているが、今回はもう少し突っ込んだ話をしてみよう。
データリンクのレイヤー
本連載の第37回で取り上げたのは、NATO諸国で標準的に使われているデータリンク「Link 16」だった。日本でも導入事例があり、例えば海上自衛隊の護衛艦にはLink 16の端末機器を搭載したフネがいくつかあるし、航空自衛隊でもF-15Jの近代化改修機を筆頭に、Link 16の端末機器を搭載した機体が増えてきている。
第37回では「Link 16はUHFで周波数ホッピングを用いて通信する」と書いた。これは間違っていないが、コンピュータ・ネットワークの世界に関わりを持っている方ならおわかりの通り、これは物理層レベルの話である。それだけでデータリンクが成り立つわけではない。
Link 16では、ネットワークに接続した個々のノード、つまりLink 16の端末機器を搭載した航空機や艦艇などをJU(JTIDS Unit)と呼ぶが、個々のJUを識別するためのアドレッシングも必要になる。もちろん、その上でデータをどういう風に記述してやりとりするかという、データ・フォーマットに関する取り決めも必要になる。
最も普及しているのはLink 16だが。F-22同士ならIFDL、F-35同士ならMADLと、もっと高速なデータリンクがある。また、それとは別にTTNTというデータリンクの開発も進んでいる。こうして複数のデータリンクが同居すると、それらを相互接続するゲートウェイが必要になる。資料:DARPA |
どういう情報をどういう形で記述するか、それをどういう順番でやりとりするか、アドレス情報をはじめとするヘッダやトレーラの情報をどうするか、といったところまできちんと取り決めないと、通信が成立しない。
問題は、最初にデータ・フォーマットを記述した後で、桁数が足りなくなったり、やりとりしたい情報が増えたりした場合だ。そうなると、メッセージ・フォーマットの拡張や再定義が必要になるし、メッセージ・フォーマットの内容が変われば、それをやりとりする機能を実現するソフトウェアも書き直しである。
ちなみに、近年の軍用ネットワークではネットワーク層とトランスポート層を独自プロトコルにする代わりに、TCP/IP化する事例が増えている。だから、軍用の業務アプリケーション(というのか?)がWebアプリケーションになり、Webブラウザを使って操作するものも出てきている。
日本独自のデータリンクもある
実は自衛隊では、Link 16だけでなく、日本独自のデータリンクを導入する話も進んでいる。それが自衛隊デジタル通信システム(戦闘機用)、すなわちJDCS(F)。この名称は「Japan self defense Digital Communication System(Fighter)」の頭文字略語である。
開発の理由としては「F-2や初期型のF-15JはLink 16への対応が難しいので」ということになっている。それをどこまで真に受けるかどうかはおいておくとして、2種類のネットワークが同居するというのは、運用面からするといささか面倒である。
なぜかと言えば、相互運用性がない2種類のネットワークが同居している場合、どこかで両者を中継する仕組みを用意しないと、完全な情報共有が成り立たないからである。その昔に某社の社内で実際にあった、EthernetとLocalTalkが同居していた状況と似たものがある。
そのJDCS(F)を将来戦闘機でも使うつもりなのか、それとも別のデータリンクを新たに開発するのか、米軍で開発している新しいデータリンク規格を使うのか、といったところは定かでない。
ただ、第135回で取り上げたクラウド・シューティングみたいな話が出てくると既存のデータリンクを利用するのか、新規にデータリンクを開発するのか、という話が出てくる。そして前者の場合、データリンクを通じてやりとりする情報の種類が増える可能性がある。すると、既存のデータ・フォーマットでは新たに必要となる情報をカバーできず、何かしらの対応を求められる場面が出てくるかも知れない。
データリンクの速度
Link 16は開発時期が古いせいもあり、伝送速度はkbps単位からスタートしている。後からMbps単位の通信も可能になったが、それでもいまどきの移動体データ通信と比べると額面上の数字は遅い。
伝送速度の数字だけ見ると「遅れている」と思われそうだが、必要なタイミングで必要なデータをやりとりできるのであれば、それで困ることはない。インターネットで動画を再生したり、大量の写真データをやりとりしたりするのとは話が違うから、ただ単に速いほうがえらいという話にはならない。用途に照らして、必要な性能を備えているかどうかである。
彼我のユニット(部隊)あるいはプラットフォーム(艦艇とか航空機とか)の位置情報やステータス情報をやりとりするのであれば、所要の情報はテキスト・ベースで記述できるだろうから、データ量がさほど大きくなるわけではない。それならLink 16の伝送能力でも対応できる。
ただ、無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)にカメラを搭載して動画で実況中継するような用途になれば、話は別。そうなると、テキスト・ベースで位置情報やステータス情報をやりとりするのとは比べものにならないぐらいのデータ量になる。それなら高速なデータリンクが必要だ。
だから、将来戦闘機のネットワーク環境を考える場合、まずは「どんな戦闘形態が想定されるか」「そこでどういうデータをやりとりする必要があるか」を明確にする必要がある。
テキスト・ベースの情報だけで用が足りるのに、わざわざ高速なデータリンクを開発して載せようということになれば、それはオーバースペックもいいところだし、使用するネットワークの種類が増えれば、既存の資産との情報共有という課題も出てくる。
逆に、大容量のデータ伝送が発生するのであれば、それに見合った伝送能力とデータ・フォーマットを備えたデータリンクが必要になる。そうなったら、既存の資産との情報共有を図るためのゲートウェイ機能を用意する、という前提で物事を考えなければならない。
そしてもちろん、将来的な拡張も視野に入れて仕様を決めておかないと、後で困ることになる。