今回のお題は「クラウド・シューティング」。これもX-2と直接の関係はない話だが、防衛省が掲げている「将来戦闘機ビジョン」に出てくる要素の1つだ。もちろん、敵軍のクラウド・コンピューティング環境を破壊する……わけではない。軍の情報システムをクラウド化する事例は確かにあるが。

センサーとシューター

「センサー」と「シューター」という業界用語がある。センサーとは探知を受け持つ機器、あるいはプラットフォーム(車両・艦艇・航空機など)のことで、シューターとは実際に兵装を撃ち込むプラットフォームのことだ。

普通、この両者は同じである。戦闘機の場合、2機ないしは4機で編隊を組んで相互に支援あるいは掩護しながら交戦するのが一般的なスタイルだが、発見~接敵~捕捉~兵装発射~破壊という交戦プロセスは、1つの飛行機の中で完結する。つまり、自機が搭載するレーダーなどのセンサーで敵を見つけて、自機が搭載する兵装を撃ち込む。

それに対して「クラウド・シューティング」は、探知と交戦を別々の機体が受け持つという意味になる。例えば、こんな形が考えられる。

  • 4機編隊を組んでいるうちの1番機が敵機を発見・追尾して、そのデータを4番機に送り、4番機がミサイルを発射して交戦する。
  • 4機編隊を組んでいるうちの3番機がミサイルを発射して、そのミサイルに対する誘導管制を2番機に委ねる

砕いて書くと「敵を見つけたら誰かが撃ってくれる」または「撃てば誰かが誘導を引き継いでくれる」という形になる。これのどこがクラウドなのかはよくわからないが、はやり言葉にうまく(?)乗ったのだということにしておこう。

BMDではすでにある考え方

戦闘機の空対空交戦でこういう形を実現した事例はまだ存在しないが、別の分野ではすでに具現化している話でもある。それが弾道ミサイル防衛(BMD : Ballistic Missile Defense)である。こちらでは、LoR(Launch on Remote)あるいはEoR(Engage on Remote)という言葉を使っている。

例えば、LoRの場合は……

「日本海に展開しているイージス艦が、某国からの弾道ミサイル発射を探知した。ただし、そのミサイルは自艦の方に向かってきているわけではなく、太平洋方面に向けて飛んでいるようである。そこで、太平洋側に占位している別のイージス艦にデータを送り、そちらでSM-3ミサイルを発射させた」

となる。対してEoRの場合は……

「BMD任務に就いている2隻のイージス艦のうち、1番艦がすでにSM-3を撃ち尽くしていた。そこに新たな弾道ミサイルが飛来して、それに近いところにいるのは1番艦。幸いにも、後方にいる2番艦の射程内だったので、2番艦がSM-3を発射。それを1番艦が引き継いで誘導した」

となる。これと似たようなことを戦闘機同士でやろうというのが、クラウド・シューティングの基本的な考え方である。

どうやれば実現できる?

さて。口で言うだけなら簡単だが、実際にそれができるシステムを構築しようとしたら、どうすればいいのだろうか。

まず、戦闘に加入している戦闘機同士をネットワーク化して、情報をやりとりできるようにする必要がある。単にレーダー探知情報を共有するだけではなく、「個々の機体の位置」「どの機体がどんな兵装をどれだけ持っているか」といった情報も必要だ。それがないと、「最適な場所にいる僚機にミサイル発射を指示する」ことができない。

また、誰かが撃ったミサイルの誘導管制を別の機体が引き継ぐとなると、撃ったミサイルに関する情報も必要になるし、ミサイルにデータリンク装置を搭載して、ネットワークに加入させる必要もありそうだ。そうすることで、管制の引き継ぎや目標の再設定が可能になる。

実はすでに、空対空ミサイルにデータリンク機能を組み込んだ事例があって、それがレイセオン社製AIM-120 AMRAAM(Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)の最新モデル、AIM-120Dである。データリンク機能を組み込むことで、発射後に目標情報のアップデートをかけることができる。

なぜ、そんな仕掛けが必要になるのだろうか。AMRAAMは慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を内蔵しており、発射前に入力した地点まで自動的に飛行できる。そして目標に接近したところで、先端部に内蔵するレーダーを作動させる。ミサイルが内蔵できるレーダーは小型で探知可能距離が短いから、目標に接近するところまでは別の手で誘導してやらないといけない。

INSの場合、外部からの情報がなくても済む利点があるが、発射前に入力した場所に飛んでいくことしかできない。発射後に敵機が針路を急に変えると、外す可能性が高くなる。そこでデータリンク機能を組み込んで、発射母機から最新の情報を送り込んでやるわけだ。

クラウド・シューティングになると、最新の情報を送り込んでくる元が発射母機とは限らない。途中から別の機体が管制を引き継いで、そちらから情報を送り込んでくることもあり得る。

実現しようとした際の最大の難関

では、そのクラウド・シューティングを可能にする仕組みを実際に造ろうという話になった場合、最大の難関は何だろうか。

いうまでもなく、それはシステムを構成する要素が出そろった後のテストである。味方戦闘機の機数を変えたり、位置関係を変えたり、交戦のシナリオをいろいろ変えたりする必要があるし、敵機についても同様である。もちろん、電波妨害を仕掛けられた場合の対処についてもテストする必要がある。

基本的なところは、コンピュータ・シミュレーションによって試しながらアルゴリズムを組み立てたりデバッグしたり、ということになるだろうが、最後には実射で検証しないと安心できない。だいたい、実射で能力を実証していないのに「撃てば当たります」と吹聴しても、現場の戦闘機パイロットからは相手にしてもらえない。

そこで、何をどれだけ使ってどんなシナリオを設定するか、そのシナリオで実戦に即したテストができるのか、無人標的機で実戦に即したシナリオを再現できるのか、敵の電波妨害をどう再現するのか、といった具合に、考えないといけない話はいろいろある。それでも、戦の道具である以上、きちんと実戦に即したテストをしないと、信頼できる装備品にはならない。