前回は、AIによって一人で担える仕事が増えるなか、マネージャーの価値を管理人数だけでなく、どのような課題を解き、何を実現したかで捉える必要性を論じた。あわせて、一つの仕事をAIとともに進め、生まれた余力を重要な課題に振り向け、成果を残すという三つのキャリア行動を提示した。

では、その実践を、次の仕事を任される根拠へ変えるにはどうすればよいのだろうか。

AIで資料を作成した経験と、AIを使って顧客や事業の課題を解決した経験は、同じではない。さらに、成果が出たとしても、なぜその方法を選び、どの判断が結果に影響したのかを説明できなければ、別の案件でも力を発揮できるかは分からない。

そこで本稿では、より難しい課題と大きな責任を担う根拠となる経験や実績を「キャリア資本」と捉え、日々の仕事をその蓄積へ変える方法を考える。

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AIを使えることは、キャリア資本の出発点にすぎない

AIを使ってできることが増えても、それだけで、より難しい仕事を任せられる人になったとはいえない。AIに何を任せ、その出力をどう確かめ、実際の業務にどう生かすかを判断できてこそ、活用経験は次の仕事を担うための力になる。

では、AIによって仕事の幅を広げている人は、その出力をどのように扱っているのだろうか。その手がかりとなるのが、Microsoftの「2026 Work Trend Index」(※1)である。日本を含む10カ国で、業務にAIを利用する知識労働者2万人を対象とした同調査では、回答者の58%が、AIによって1年前にはできなかった仕事を行っていると回答した。また、86%は、AIの出力を最終回答としてではなく、検討の出発点として扱っていると答えている。これらはAI利用者の自己申告であり、日本企業全体の実態や、AIの使い方と成果の因果関係を示す数字ではない。ただし、AIによって仕事の幅を広げることと、その出力を人が確かめて利用することを、併せて考える材料にはなる。

キャリア形成の観点で重要なのも、AIに何を出力させたかだけではなく、その内容をどう評価し、実際の仕事にどう生かしたかである。出力を受け取るだけで終わらず、根拠を確かめ、必要な修正を加え、成果につなげるために判断した経験こそ、次の仕事を任される根拠になるのである。

日本でも、2026年4月公開の「デジタルスキル標準 ver.2.0」(※2)では、AIの実装・運用に加え、要求の分析、成果指標の設計、仮説検証と学習のサイクル設計などが示されている。

※2 経済産業省・独立行政法人情報処理推進機構(IPA)『デジタルスキル標準 ver.2.0』 2026年4月

これらを踏まえ、本稿では、AI活用能力を土台として蓄積すべき経験と実績を、「課題設定資本」「実行設計資本」「巻き込み資本」「成果・再現資本」の四つに整理する(図1)。

  • 図1 AI時代のマネージャーが積むべき「四つのキャリア資本」

    図1 AI時代のマネージャーが積むべき「四つのキャリア資本」

四つの資本は、別々の学習科目として身につけるものではない。一つの案件で課題を選び、仕事の進め方を設計し、関係者の協力を得て、成果と学びを残すという経験を通じて、次の仕事を任される根拠として蓄積されるものである。

ここからは、社内のIT問い合わせ対応を改善するという想定例で考えよう。

1. 課題設定資本 ―依頼された施策を、解くべき課題へ置き直す―

経営から「ヘルプデスクにAIを導入し、問い合わせ対応を効率化してほしい」と求められたとする。この依頼をそのまま受け取れば、AIチャットボットの製品比較や導入計画から着手するかもしれない。しかし、回答の作成時間と、社員が業務を再開できるまでの時間は別である。

例えば、問い合わせログを調べると、困り事の多くが権限申請に集中していたとしよう。利用者に話を聞けば、説明が分からないのではなく、申請先が見つからず、承認状況も分からないことが原因かもしれない。この場合、回答文を速く生成するだけでは、業務を止めている原因は残る。

そこで、課題を「問い合わせへの回答を自動化する」から、「必要な手続きに迷う時間と、解決を待つ時間を減らす」へ置き直す。AIには、利用を認められた問い合わせデータの分類や原因仮説の整理を支援させ、その結果を利用者への確認と突き合わせる。対策も、AIによる案内だけでなく、申請画面の改善や承認状況の可視化を含めて比較する必要がある。

ここで積むべき経験は、AIが挙げた問題を採用することではなく、データと現場の声から、取り組む価値のある問題を選ぶことである。案件の企画書には、観察した事実、原因の仮説、選ばなかった対策、その理由を残しておくとよい。新しい資料を増やさなくても、既存の企画書に数行を加えれば始められる。「なぜチャットボットの導入だけでは不十分と判断したのか」を説明できてこそ、この経験は、別の業務でも課題を見極めるための資本になる(図2)。

  • 図2 課題設定資本を積むための進め方

    図2 課題設定資本を積むための進め方

2. 実行設計資本 ―AIに任せる範囲と、確かめる方法を決める―

課題が明確になったら、次は、その課題を解くためにAIと人がどのように仕事を分担するかを考える。ただし、役割分担を知識として理解したり、AIに業務フロー図を作らせたりするだけでは、実行設計資本は蓄積されない。自分で任せ方を考え、実際に試し、想定と異なる結果を踏まえて修正する経験が必要になる。

最初から、部門全体の業務や大規模なシステムを設計する必要はない。まずは、自分が内容を理解しており、結果の良し悪しを確かめられる業務を一つ選ぶとよい。

先ほどのIT問い合わせ対応であれば、過去の問い合わせのうち、承認済みの手順書で回答を確認できるものを対象にする。社内で利用が認められたAIとデータを使い、実際の利用者には回答を返さない検証から始めれば、現行業務への影響を抑えながら試すことができる。

ここで経験したいのは、単にAIで回答を作ることではなく、任せ方によって、仕事全体の結果がどう変わるかを比較することである。

例えば、同じ問い合わせについて、AIに回答案まで作らせて人が確認する方法と、AIには根拠となる資料の抽出までを任せ、人が回答を作る方法を比べてみる。回答の正確さだけでなく、確認や修正にかかる時間、根拠をたどれるかどうかまで評価すれば、どちらの方法が対象業務に適しているかを判断しやすくなる。仮に、AIが回答案をすぐに作れても、担当者が正誤を確かめるために手順書を読み直し、従来以上の時間を費やしていたとする。この場合、回答生成の速さだけを見て「効率化できた」と判断してはいけない。なぜ確認に時間がかかるのかを調べ、回答に参照箇所を添える、回答対象を明確な手順があるものに絞る、根拠を確認できない場合は人へ引き継ぐなど、任せ方を修正して再び試す必要がある。

この「なぜうまくいかなかったのかを考え、仕事の組み立て方を変える経験」が、実行設計資本を積むうえで重要になる。記録に残すのも、完成した業務フローだけではない。なぜその工程をAIに任せたのか、どの品質基準で確認したのか、何が想定と違い、どの判断で設計を変更したのかまで残しておく。そうすれば、別の業務に取り組むときにも、過去の設計をそのままコピーするのではなく、条件の違いを踏まえて組み直すことができる。

専門的な実装をエンジニアや外部パートナーに依頼する場合でも、設計の狙いと確認すべき事項を説明し、検証結果を受けて何を変えるかの判断には、自ら関わることが大切だ。すべてを自分で作れることと、仕事全体を設計できることは同じではない。

マネージャー候補者であれば、上司に「一つの業務について、AIへの任せ方の検討から試行結果の振り返りまで担当したい」と提案するところから始められる。ツールを操作する役割だけでなく、限定された範囲でも、設計と検証の判断を担う機会を得るのである。

実行設計資本を積むとは、使えるAIの数を増やすことではなく、「この業務では、なぜこの任せ方が適切なのか」を、試行と修正の経験に基づいて説明できるようになることである。その説明ができてこそ、次の案件でもAIと人の仕事を組み立てる役割を任せられる根拠となる(図3)。

  • 図3 実行設計資本を積むための進め方

    図3 実行設計資本を積むための進め方

3. 巻き込み資本 ―反対を押し切るのではなく、判断できる条件を整える―

AIと人の仕事を設計しても、関係者が実行を引き受けなければ、企画は動かない。そこで必要になるのが、相手の立場や懸念を理解し、協力できる条件を整える力である。ただし、合意形成の手法を学んだり、説明資料を上手に作ったりするだけでは、巻き込み資本は蓄積されない。自分で関係者と対話し、提案を修正し、協力を得て実行につなげる経験が必要になる。

最初から、経営層や全社を動かす必要はない。まずは、担当業務の改善について、他の担当者や部門の協力が必要な場面を一つ選び、上司と役割を確認したうえで、その調整を引き受けるところから始めるとよい。

例えば、IT問い合わせの改善で、AIが作った回答案をヘルプデスク担当者に確認してもらう試行を考える。ここで「AIを使えば効率化できる」と説明するだけでは、協力を得られるとは限らない。担当者は、誤回答の修正や手順書の更新によって、かえって負担が増えることを心配しているかもしれない。

まず自らが担当者と対話し、何を懸念しているのか、どの条件が整えば試行に参加できるのかを確認する。重要なのは、反対意見をなくすことではなく、相手が仕事を引き受けられない理由を具体化することである。負荷の増加が懸念であれば、対象と期間を限定し、確認に必要な時間も含めて効果を測る方法を提案する。あわせて、試行の時間を確保するために何の業務を調整するのか、負担が大きい場合は誰が中止を判断するのかを、上司や関係者と決めておく。こうして、依頼を「AI導入に協力してほしい」から、「この範囲と条件であれば、試行に参加できるか」という具体的な相談へ変えるのである。

相手の懸念を聞いた結果、自分の提案をどう変え、それによって何を引き受けてもらえたか。この経験が、巻き込み資本を積むうえで重要になる。もちろん、協力を得たところで終わりではない。合意した負担の範囲や報告の約束を守り、想定外の問題が起きた場合は早めに相談する。試行後には、協力によって何が分かり、次に何を判断するのかを自ら伝える必要がある。条件が整わなければ、対象の縮小や見送りも選択肢になる。相手に無理をさせて進めるのではなく、引き受けられる条件を守りながら結果まで報告することが、次の協力を求める際の信頼につながる。

振り返りでは、会議の回数や承認を得た事実だけでなく、相手が何に責任を負っていたのか、どの懸念を見落としていたのか、提案のどこを変えたことで協力を得られたのかを記録しておきたい。うまく進まなかった場合も、説明が不足していたのか、負担や責任の分担に無理があったのかを分けて考えることで、次の働きかけを改善できる。

マネージャー候補者であれば、上司に「今回の改善について、利用部門への確認から試行後の報告まで担当したい」と提案することもできる。予算や権限を越える判断は上司に求めつつ、合意に必要な材料を整え、実際の協力につなげる役割は自ら担うのである。

巻き込み資本を積むとは、相手を説得する話術を磨くことではなく、異なる立場の人が協力できる条件を整え、約束を果たす経験を重ねることである。その経験と周囲からの信頼が、次の案件で、より広い範囲の関係者調整や推進を任される根拠となる(図4)。

  • 図4 巻き込み資本を積むための進め方

    図4 巻き込み資本を積むための進め方

4.成果・再現資本 ―結果の数字に、判断の理由と再現条件を添える―

AIを活用して改善を実現することと、その経験を次の仕事でも生かせるようになることは、同じではない。結果の数字だけを残しても、何が成果につながり、どの条件が変われば同じ方法が通用しなくなるのかを説明できなければ、別の案件を任される根拠としては十分ではない。

成果・再現資本を積むためには、改善の結果を確かめ、自分の判断を振り返り、得られた知見を別の場面で試すところまで、一連の経験として引き受ける必要がある。

最初から複数部門への展開を目指す必要はない。まずは、一つの改善について、実施前の状態の把握から、効果の確認、次の改善への応用まで担当することから始めるとよい。

例えば、IT問い合わせ対応の改善であれば、試行前に担当者と相談し、何が変われば改善と判断するのかを決めておく。回答案の作成時間だけでなく、利用者が解決するまでの時間、再問い合わせの割合、担当者の確認・修正の負担など、対象業務に合った指標を選び、現状を記録する。

ここで経験したいのは、都合のよい数字を集めることではなく、期待した改善が本当に起きたのかを、自ら確かめることである。仮に、AIによって回答案を作る時間は短くなったものの、担当者の確認に時間がかかり、利用者が解決するまでの時間は変わらなかったとする。この場合、「回答作成を効率化した」と報告するだけでは、業務全体を改善できたかは分からない。確認に時間がかかる原因を調べ、参照箇所を回答に添えるなどの修正を行い、その後の変化を確かめる。その際、同時に手順書を更新したのであれば、改善をすべてAIの効果とせず、資料の整備も結果に影響した可能性を残しておく必要がある。

こうして、結果の数字と、そこに至る判断を結びつけて振り返るのである。自分が何を判断し、担当者や専門家がどこに貢献したのかも区別しておけば、チームの成果を尊重しながら、自分が担える役割を説明できる。

次に取り組みたいのが、得られた知見を、少し条件の異なる業務で試すことである。

例えば、手順が明確な問い合わせで効果を確認できたら、別の問い合わせ区分でも同じ方法が使えるかを検討する。ただし、担当者の裁量が必要な問い合わせでは、手順書を検索するだけでは回答できないかもしれない。

そこで、共通して使える仕組みと、その業務に合わせて変えるべき部分を分け、対象を限定して再び確かめる。最初の成功をそのまま横展開するのではなく、条件の違いを踏まえて使い直す経験が、「再現できる力」を身につけるために重要なのである。記録に残すのも、成功した手順だけではない。効果が出た対象、必要だったデータ、人の確認を残した理由、適用できなかった条件まで整理しておく。期待した効果が出なかった場合も、未達を成功と言い換えるのではなく、何が分かり、継続・修正・終了の判断にどう役立ったかを明らかにすることが大切だ。

マネージャー候補者であれば、上司に「今回の改善について、試行前後の効果確認と、別の業務で使える条件の整理まで担当したい」と提案することもできる。導入や資料作成の作業だけでなく、結果を評価し、次の適用を判断する役割を経験するのである。

成果・再現資本を積むとは、成功事例を数多く並べることではなく、「何が成果を生み、どの条件では通用しないのか」を、検証と再活用の経験に基づいて説明できるようになることである。その蓄積が、一度うまくいった経験を持つだけでなく、条件の異なる課題でも成果を見据えて取り組める人として、次の仕事を任される根拠となる(図5)。

  • 図5 成果・再現資本を積むための進め方

    図5 成果・再現資本を積むための進め方

90日で、次の仕事を任される根拠をつくる

四つの資本を蓄積するために、全社規模のAIプロジェクトを待つ必要はない。既存業務から範囲を限定できる課題を一つ選び、活動時間・権限・協力者について上司と合意して始めればよい。

進め方の一例が、90日間の実践である。ただし、90日で本番導入を終えることを一律の目標とせず、その間に何を検証し、何を判断できる状態にするかを決めておく。

最初の30日:課題と、自分が担う範囲を決める

利用者への確認とデータの分析から、改善したい問題と現状値を整理する。同時に、「今回は課題の定義から試行評価までを担当したい」と、自分が積みたい経験も上司に伝える。単なる作業支援ではなく、一定範囲の判断を任せてもらうことが重要である。

31~60日:小さく試し、判断の理由を残す

AIと人の役割、確認基準、停止条件を決めて試行する。結果が想定と違ったときに、何を疑い、誰に確認し、設計をどう変えたかを記録する。完成した成果物だけでなく、修正に至った判断こそ、後から振り返る材料になる。

61~90日:成果と学びを、次の役割の相談につなげる

確認できた変化と残る課題をまとめ、継続、修正、終了のいずれが妥当かを提案する。そのうえで、「今回は一つの窓口を対象としたが、次は複数部門をまたぐ運用設計を担当したい」と、次に担いたい責任を相談する。

このとき見せるのは、AIで作った資料の枚数ではなく、課題設定メモ、業務設計図、合意までの判断記録、成果と再現条件である。既存の企画書や議事録に残したこれらの記録が、次の仕事を任される根拠になる(図6)。

  • 図6 90日でキャリア資本を積み上げる実践ステップ

    図6 90日でキャリア資本を積み上げる実践ステップ

次に学ぶことは、「次に任されたい仕事」から決める

四つの資本すべてを、同時に最高水準へ高める必要はない。まずは、これまでの自分の経験がどこに偏っているかを振り返るとよい。

分析や資料作成を数多く経験してきた人なら、次は対象業務を決める段階から参加する。実装が得意な人なら、利用者への確認と効果測定まで引き受ける。調整を担ってきた人なら、AIを使って自ら小さな試作を行い、実現可能性を確かめる経験を加える。

今の仕事を捨てて、別の専門家になろうとする必要はない。すでに持つ専門性を起点に、まだ担っていない判断や責任を一つ増やすことが、現実的なキャリア形成になる。

AIで成果物を作れることと、その仕事を理解し、別の条件でも遂行できることは同じではない。だからこそ、何を作ったかに加えて、なぜその課題を選び、どこで判断し、何を変えたかを説明できる経験を残したい。

学ぶべきツールを先に決めるのではなく、次に担いたい仕事を定め、そのために不足する知識と経験を補っていく。そうして、より重要な課題を任せてもよいと判断される根拠を積み上げることが、AI時代のキャリア形成なのである。

次回は、こうして一人で担える範囲を広げた人が、組織の中でどのような仕事と裁量を求め、メンバーとともに、個人では届かない成果を目指すのかを考える。