堀 そろそろ年末が近づいてくると、僕が気になり始めるのは「新しい年はどんな新しいこと、新しい習慣をつくろうか」という点なのですが、僕は今年の目標の一つだった「写真をもっと撮る」をあまり真面目に実践できていませんでしたので、来年もこれを続けようかどうしようかと戦略を考えているところです。なんでこのタイミングでこんなことを考えているかというと、「一年の計は元旦にあり」を真に受けて元旦に始めていたのでは、新しい習慣を作るのには遅すぎるからなんです。
佐々木 元旦に始めるたのでは遅すぎるのであれば、いつぐらいから始めるといいですか?
堀 ロビン・シャーマ氏の「三週間続ければ一生が変わる」でも紹介されていますが、新しい習慣が軌道に乗るまでには二週間から三週間がかかると思っています。つまり、いま準備と助走を始めるのが一番だということです。
佐々木 でも、今から助走を始めるとして、「元旦まで続かなかった」ということになると非常に残念です。「まず三週間続ける」ためのコツのようなものがあるといいですね。
堀 新しい習慣を始めようとしたときに多くの場合「○○をしよう!」とやる気から始まってしまう人が多いと思うのですが、僕はまず時間を確保して、新しい行動を意識せずに、つまりやる気なしに歯を磨くような自然さで組みこめる戦略を作るのが先決だと思っています。
佐々木 「歯を磨くような自然さ」で? 新しい習慣をそんなふうに無意識に実行できるようになったら素敵ですね。でも大変難しそうです。そんなことのできる人がいるのでしょうか?
堀 たとえば僕が大好きなブログにBoing Boingというものがあるのですが、このブログの主編集者であるCory Doctorowさんは朝5時に起きて7時に豪華な朝食を家族に出せるように前の晩に準備をするとか、かならず午後に昼寝、30分の読書、2ページだけ小節を執筆、週に3-5日はコラムを執筆、月曜と水曜日は必ずヨガ、日曜日は必ず家族との散歩、といった感じで生活がルーチン化しているということを書いています。時間のないところにやる気を入れて何かを成し遂げるのではなくて、最初から「やりたいこと」を中心に生活を一つの習慣にしているわけです。
佐々木 ルーチン化というと、私は以前『ルーチン力』という本を書いたことがあります。ルーチンには、多くの人にとって3通りあると思っていまして、「毎日繰り返すルーチン」と「毎週繰り返すルーチン」と「特定の日に繰り返すルーチン」です。この3つのルーチンが重なった日はとても忙しくなるので、どうしても「やりたいこと」ができなくなりがちです。したがって私が思うに、「好きなこと」は「毎日繰り返す」必要があるのです。そうしないと、やろうとしたタイミングでできなくなっていきます。
堀 Coryの生活の習慣はまさに「毎日」と「毎週」の部分をケアしているものですね。
佐々木 「月曜と水曜日は必ずヨガ、日曜日は必ず家族との散歩」の「必ず」というのは大事なポイントですね。「休日」というルーチンもありますが、忙しいと消滅しがちです。頻度の少ないルーチンほど、習慣として根付いていかないので、「毎日の仕事」に押し出されてしまうのです。「休日」を「仕事」に当てるというのは、「週に一度のルーチン」が崩壊しかかっているということです。
堀 頻度の少ないルーチン、あるいは急に生じた出来事をどのように吸収するかは、実は「やる気」以上に大事というのか、「やる気」を保証してくれる大事な要素ですね。
佐々木 つまり、時間のバッファが必要だということですよね。多くの人は、仕事のための予備時間を用意していますが、自分のやりたいことのための予備時間を用意していないようです。これを用意しておくことが、やりたいことを習慣化する上では大切です。
堀 そうした柔軟性をそなえた新しい生活パターンを作るために、ぜひやってみていただきたいのが、以前紹介したGoogle Calendarに「人生目標」のカレンダーを作るというのを拡張して、「新しい年の理想の一週間」カレンダーを作って、理想のルーチンをくんでみるという準備です。もちろん、不測の事態や急な仕事のための10-20%の遊びを作っておくのも忘れないように。
対談後記(佐々木正悟)
対談中に堀さんが指摘されているとおり、「一年の計は元旦にあり」とばかりに、2010年から真新しい習慣をスタートさせようとしても、そんなにうまくいくものではありません。2009年のうちに試行錯誤を繰り返し、「これならうまくいきそうだ」という現実的なやり方を、2010年になる前に獲得しておく必要があるのです。
たとえば「これからは毎日ジムに行って運動をする」という計画を立てる場合にも、ジムへの行き帰りの移動時間が、残りの生活(仕事、家族との食事、通勤時間など)と矛盾せずに組み込まれていた方が、なにも考えずに「歯を磨くように」新しい行動を起こせるようになります。
できれば「毎日」と「毎週」についてこうしたルーチンを作成して、新しい年に備えましょう。
佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト
「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。
堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者
1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。「ブログ Lifehacking.jp 」を主催