従業員の健康やメンタルヘルス対策に取り組む企業が年々増えている。しかし、メタボリック症候群や精神疾患といった多くの課題をなかなか解決できていないのが実情である。
また、転職や起業が当たり前の時代となり、個人が一つの企業に勤め続けるのではなく、自分のキャリアやワークライフバランスを含めて仕事を考えるようになった。若い人材や優秀な人材が次々と退職していくことに悩まされる企業も多いだろう。これまでの企業のあり方では、生産性を高めることが難しい時代となったのだ。
これからの日本の経済力を高めていくには、従業員が健康に、モチベーションを高く持ち続けて働ける環境づくりが必要なのではないだろうか?
本連載では、従業員が元気に過ごせる環境づくりを進めている企業にインタビューし、各社の取り組み内容を紹介していきたい。第1回となる今回は、企業の「ウェルネス経営」を提唱するFiNCの副社長、乗松文夫氏へのインタビューをお届けする。
「健康」を軸に事業展開
――まずは御社の概要について教えてください。
われわれはモバイルヘルスに特化したテクノロジーベンチャーで、栄養士・トレーナー・薬剤師・エンジニアなどで構成されているプロフェッショナル集団です。健康増進のために、生体情報(遺伝子・血液)や生活習慣のアンケートといった情報を徹底的に分析して、専門家が一人ひとりにきっちり指導するという仕組みを構築しています。この仕組みを応用して、個人や企業の従業員さまにさまざまな健康プログラムを提供しております。
設立は3年前で、現在は正社員が約50人、インターン生が約50人います。代表の溝口は30歳ですが、副社長の私は前期高齢者である66歳なので、36歳も年が離れています。ベンチャーの中でこれだけ年の差があるというのは珍しいでしょうね。私としては、ウェルネスを標榜する企業の顔として、この年齢でも元気に明るく楽しくいたいと思っています。
――「健康」をテーマに事業を展開されている背景について教えていただけますか?
「健康寿命」という言葉をご存じでしょうか。人の支えがなくても生きられる寿命のことです。日本人の平均寿命は男性で80歳、女性で85歳以上ありますが、健康寿命は男女ともに70代の前半 で、実は、人の手を借りないと生きていけない時間はあまり変わらないんです。特に女性は世界一の長生きと言われていますが、夫を失った孤独などで病気になり、寝たきりになる方が多くいらっしゃいます。
――健康な状態でどれだけ暮らしていけるかが重要だというわけですね。
今、この健康寿命を延ばすことが国家的な要請としてあります。医師の視点に立てば"死因"とはがんや心臓病、脳卒中のことですが、公衆衛生学の視点から言うと、そういった病気を引き起こす原因は、人のつながりが無い孤独やたばこ、肥満にあります。特に肥満は、腰痛や脳梗塞、糖尿病といった、さまざまな病気の原因になります。また、肥満になるとストレスがたまりやすく、精神疾患も引き起こす傾向があります。調子が悪ければ、仕事で失敗が多くなり、人事評価が下がるなど、いろいろな悪影響があるでしょう。かといって、無理に痩せるのはいけません。多くの女性は何も食べないで痩せようとしますが、それは免疫力や筋力が落ち、骨粗鬆症や生理不順につながる非常に危険な行為です。
こうした事情から、われわれは、正しい栄養知識に基づいた「健康的に痩せる」ための指導を行っているわけです。
スマホを通じた個人指導
――「健康的に痩せる」とは具体的にどのような指導なのでしょうか?
各種検査に基づき、徹底的にパーソナライズされた解決策を一人ひとりに提供しています。過度なトレーニングや食事制限はありません。個々人の体質に合った、食べる順番やバランス、部屋でできる運動などを中心にサポートしています。
はじめに何百問とある生活習慣のアンケートに答えていただくのですが「この結果の人はこういう傾向があるので、こういう指導を」という情報が指導員に行き渡るようになっています。同じメッセージがスマホに自動的に送られるのではなく、専門家の意見が付加されるシステムですので、受け手からすれば、まるで自分の横に先生がいるような感覚になります。実施してもらう運動は「スクワット10回」「腕を大きく振って歩く」「背伸びを3回する」といった内容で、動画で正しいやり方を伝えています。
――思ったよりずいぶん簡単な運動なのですね。食べ方で差が出るとは知りませんでした。
われわれが提供している「ダイエット家庭教師」は2カ月間のプログラムで、平均6.3kg痩せる実績があります。私も実際にやって5kg痩せたのですが、食べることに関するストレスはまったくありませんでした。好きなものを食べるにしても、食べる順番やちょっとしたバランスによって、血糖値の上がり方、インスリンの出方が変わるんです。糖尿病にまつわるスコアも大幅に改善して、飲んでいた薬のいくつかが必要なくなりました。
業績悪化につながる不健康
――こうしたサービスを個人だけでなく、法人向けにも展開されているのはなぜでしょうか?
心と体の問題は、もはや個人だけに任せておくのではなく、企業組織や社会全体で取り組む喫緊の課題だと考えています。これまでも健康診断の実施や産業医による指導など、いろいろな福利厚生が行われてきましたが、なかなか成果が上がっていません。うつ病になったり休職したりと、パフォーマンス不全の人が増えています。また、高齢従業員比率の増加に伴い、従業員が病気になりがちになっています。経済産業研究所のデータによれば「休職者の多い会社ほど業績が下がる」そうです。
いまの日本は非常に労働生産性が低く、どんどん企業の力が落ちてきているのですが、それには「不健康」が関係していると思います。われわれはこうした社会の課題に対し「ウェルネス経営」の推進を提唱しています。
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徹底的な分析をもとに最適な健康サービスを提供しているFiNCの「ウェルネス経営」とはどのようなものだろうか。後編は従業員のための健康増進を中心にお伝えしていく。