第5回となる今回のテーマは「経営者がいま知るべきDXのポイント」です。最終回の今回は、ビジネス系DX(デジタルトランスフォーメーション)人材になりたい方に向けたメッセージです。ビジネス系DX人材を目指すとき、何をどのように取り組んだらよいのかを詳しく説明します。社内DX人材候補者のプール層を充実させるために、経営層・DX部門マネジャー・人事などの皆さんも知っておいたほうがよい内容です。

「プロダクトマネジャー・ビジネスデザイナーなどのビジネス系DX人材になりたい」と考えている方は、きっと多くいるだろうと思います。しかし、DX未経験者が転職していきなりビジネス系DX人材になるのは困難です。ビジネス系DX人材を目指す方は、社内でDX部門・チームへの異動のチャンスを得るか、DX推進プロジェクトに関わるチャンスを得るのが近道です。もちろんすぐに希望が叶うとは限りませんが、社外に出るよりはずっと確率が高いはずです。

大事なことは、チャンスが回ってきたときに活躍できるだけの実力を磨いておくことです。チャンスは突然やってきますから、いつでも対応できるようにしておきましょう。当然ながら、DXに関する書籍やWebラーニングなどを通して知識を学ぶことには意味があります。

しかし、それだけでは足りません。ビジネス系DX人材になりたいなら、もっと大切にすべき学習のポイントが3つあります。以下、各ポイントについて説明しましょう。

自分なりのアンテナを伸ばし、想像力を巡らせよう

1つ目のポイントは、「自分なりのアンテナを伸ばし、想像力を巡らせる」ことです。インターネット上には、多種多様なDX事例の記事が掲載されています。これらの記事を読んだとき、自社ならどのように応用できるだろうか、と考えてみるのです。この習慣を積み重ねると、着実にビジネス系DXスキルが高まっていきます。

例えば、製鉄業のデジタルツイン開発の記事を読んだとしましょう。「私は製鉄業とは関係がない」「デジタルツインとは関係がない」と考えるのではなく、「製鉄業のデジタルツイン開発のように、私の会社でベテラン社員の属人的暗黙知をDXで再現したら、どのようなことが実現できるのだろうか?」と思考を展開するのです。

このようにして、さまざまな先行事例の知恵を自社に転用できないかと想像力を巡らせることで、DX企画やDX推進の実践知につながります。

日常業務に問題解決ステップを持ち込んで考える訓練をしてみよう

2つ目のポイントは、第4回でも触れた「問題解決力を磨く」ことです。問題解決とは、自分なりの切り口を考えて広く収集したデータを分析し、問題と原因を明らかにして解決策を考え、実行して問題を解決することです。問題解決力は、既存業務の効率化・高度化のDXといった「守りのDX」に一番必要なスキルです。

問題解決力は、研修で取り上げられることが最も多いスキルの1つですから、ビジネスパーソンなら問題解決という言葉を聞いたことがあるでしょう。多くの皆さんが研修で一度は学んだことがあるはずです。

ところが、問題解決のステップに従って考え、問題を解決しているビジネスパーソンはめったにいないのが現実です。すでに定義された問題の打ち手を考えられる人はたくさんいますが、問題そのものを定義できる人は極めて少ないのです。問題解決力を学んだ人は多いのに、身についている人は珍しいといえます。

ですから、問題解決力を身につければ、周囲に差をつけることができます。そのためには、問題解決のステップを日常業務の中で使い続けることが大切です。あるいは、組織上重要なテーマに対して、問題解決のステップを活用して自分なりに解決策を考えてみてもよいでしょう。さらに、問題解決のプロセスや結果について上司や周囲からフィードバックを受け、試行錯誤することも問題解決力を鍛えてくれます。

ただし、全業務に問題解決のステップが適用できるわけではありません。問題解決が必要な事象を選んで扱いましょう。

ユーザーに憑依する力を身につけ、顧客体験創出力を鍛えよう

3つ目のポイントは、やはり第4回で取り上げた「顧客体験創出力(顧客実感と体験設計の力)を高める」ことです。顧客体験創出力は、既存市場の顧客提供価値向上を目指すDX・新しいビジネスモデルを創出するDXといった「攻めのDX」に欠かせないスキルです。

第4回でも少し触れましたが、優れた顧客体験を創出する上でまず大切なのは、「提供したい価値と顧客価値を誤認しない」ことです。企業側は、商品・サービスを売り出す際に「●●の性能が良い」や「◯◯のサービスが便利」などとアピールします。しかし、これらの売り文句は、あくまでも提供したい価値にすぎません。実際のユーザーや生活者は、「まあまあ安心できるブランド力」や「コスパが良い」といったことを理由に商品・サービスを選んでいるものです。こちらのほうが本当の顧客価値なのです。

顧客価値を知るために欠かせないのは、「ユーザーや生活者に憑依する力」です。一人のユーザーや生活者になりきって、自社の商品・サービスに接してみましょう。ユーザー・生活者が、普段の業務や生活の中で、その商品・サービスをどのように使っているのかを具体的に想像しましょう。特に大切なのは、自社の商品・サービスを使っているシーンだけでなく、日々の業務・生活の流れ全体を把握することです。その想像が深まれば、買い替えやサービス切り替えのときに、ユーザー・生活者が本当に何を重視するのかが見えてきます。

例えば、顧客の業務効率化アップを目指したサービスを開発したとしましょう。しかし、そのサービスが業務全体の流れを悪くして、むしろ業務効率を下げてしまっているケースがよく見られます。これは、ユーザーの業務の全体像を把握できていないから起こることです。憑依力が足りないと、こうした商品・サービスを開発してしまいがちなのです。

憑依の助けとなるのが、ユーザー・生活者の声です。実際のユーザー・生活者の言葉に耳を傾け、憑依力を高めて、攻めのDXの力を身につけていきましょう。

DXの日進月歩の進化を楽しみながら、自分の爪を研ぎつづけよう

以上をまとめると、ビジネス系DX人材になりたいなら、「自分なりのアンテナを伸ばし、想像力を巡らせる」こと、「問題解決力を磨く」こと、「顧客体験創出力を高める」ことがものを言います。加えて、自主的に学習を継続し、知識を更新し続ける力が必要です。

  • 図表1:DX人材に必要だが不足している知識・スキル

DXの世界は日進月歩で進化しています。半年前には不可能だったことが、あっという間に可能になっています。数年前には数千万円を必要としたサービスが、いまや月額数万円のアプリで使えるようになっています。

ですから、DX領域で働くためには、日夜更新される情報を自ら積極的に取得しつづけることが求められます。それを義務だと感じたら、続けるのは難しいでしょう。DXの日進月歩の進化を楽しむ能力が、DX人材として働くうえで最も必要なものかもしれません。ぜひDXの進化を楽しみながら、自分の爪を研ぎつづけてください。そしてチャンスをつかんでください。