2015年6月9日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)は、宇宙政策委員会の宇宙科学・探査小委員会の第2回会合において、「火星衛星探査」計画について報告を行った。これは火星の周囲を回る衛星から、砂や岩などの試料を地球に持ち帰ること(サンプル・リターンという)を目指した、きわめて野心的な計画だ。

日本は2003年12月に、火星探査機「のぞみ」の火星周回軌道への投入に失敗しており、今回の計画が成功すれば、日本にとっては「のぞみ」のリヴェンジとなり、また火星の衛星からのサンプル・リターンは世界初の快挙となる。

第1回では、今回発表された計画の概要について紹介した。第2回となる今回は、火星衛星探査機も含め、今後の日本の惑星探査にとっての課題となるであろう、地上局の問題について見ていきたい。

火星衛星探査機の想像図 (C)JAXA

臼田宇宙空間観測所の64mパラボラ・アンテナ (C)JAXA

臼田局アンテナの更新を

深宇宙(地球から遠く離れた宇宙)を飛ぶ探査機との通信には、巨大なアンテナを持つ専用の施設が必要となる。日本で深宇宙通信ができるアンテナは、臼田宇宙空間観測所(長野県佐久市)の直径64mの大型パラボラ・アンテナと、内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝属郡)の20mアンテナと34mアンテナの、3か所がある。

このうち、臼田局のアンテナが建設されたのは1984年と、もう30年以上も昔のことだ。2009年に一部の設備の更新作業は行われたものの、老朽化は否めず、後継アンテナの建設などの、より大規模な更新の必要性が訴えられている。現在、JAXAの中で話が進められているとされるが、具体的なスケジュールなどは出ていない。

また別の問題として、臼田局も内之浦局も、SバンドとXバンドという種類の電波しか送受信に使うことができないということもある。

バンドというのは周波数帯のことで、Sバンドは2~4GHzの周波数の電波、Xバンドは8~12GHzのことを示している。これまでの探査機はSバンドやXバンドで通信を行っていたが、近年ではより多くの情報を乗せて送受信する必要が生じつつある。電波は周波数が高ければ高いほど、伝えられる情報の量が多くなるため、たとえば「はやぶさ2」では、初代「はやぶさ」にも積まれていたXバンドの通信装置に加えて、Kaバンド(25~40GHz)通信用のアンテナを積んでいる。よく「『はやぶさ2』は『はやぶさ』より4倍以上多くのデータを送ることができる」といわれるが、その理由はKaバンドの通信機器を搭載しているためだ。

しかし、肝心の臼田や内之浦の深宇宙通信用アンテナはKaバンドの通信に対応しておらず、また日本国内にKaバンド通信が可能なアンテナはあるが、これらは地球の近くを周回する衛星向けで、深宇宙通信はできない。そのため「はやぶさ2」がKaバンド通信を行う場合は、米航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)が持つアンテナを借りなければならない。臼田のアンテナもKaバンド通信に対応できるようにすべきとの声はあるが、アンテナの更新の話と同じく、現時点で具体的な計画はない。

また、Kaバンドの電波は湿度に弱いため、湿度の高い日本に建設するのが適切なのか、という問題もある。

臼田宇宙空間観測所の64mパラボラ・アンテナ (C)JAXA

内之浦宇宙空間観測所の34mアンテナ (C)JAXA

内之浦宇宙空間観測所の20mアンテナ (C)JAXA

日本版「深宇宙ネットワーク」の必要性

日本の探査機との通信を取り巻く問題のもうひとつは、深宇宙との通信に使えるアンテナが日本にしかないということだ。

探査機は常に飛行しており、また地球も自転と公転をしているため、その相対的な位置は時々刻々と変化する。そのため、探査機が日本から見て地球の裏側の天空に位置する場面は多く、その時間帯は通信ができない。たとえば惑星の周回軌道への投入や、地表への着陸など、重要な運用を行う際に通信ができないと、状況を見守ることができず、万が一問題が起きた際に探査機を見失ったり、とっさの復旧手段が取れなかったりすることになる。

一方、NASAは「深宇宙ネットワーク」(DSN, Deep Space Network)という、探査機がどこにいても通信ができるようにするシステムを、1960年代に構築し、現在も運用を続けている。DSNは、米国カリフォーニア州のゴールドストーン局、オーストラリアのキャンベラ局、そしてスペインのマドリード局の大きく3か所の拠点からなり、これらをネットワークで結び、カリフォーニア州のパサデナにある惑星探査のメッカ、カリフォーニア工科大学ジェット推進研究所(JPL)から制御する。世界地図を見ればわかるように、この3拠点はそれぞれ約120度ずつ間隔が離れており、これにより探査機が地球から見てどの位置にいても、通信ができるようになっている。

またESAも、ESTRACK(European Space Tracking)と名付けられた通信システムを持っている。スペインのセブレロス、オーストラリアのニュー・ノーチャ、アルゼンチンのマラルグエの3か所に地上局があり、NASAのDSNと同様に、常に探査機と通信ができる体制を整えている。またDSNと相互利用できるような体制も組まれている。

オーストラリアにあるDSNのキャンベラ局 (C)NASA

DSNのネットワーク図 (C)NASA

オーストラリアにあるESTRACKのニュー・ノーチャ局 (C)ESA

ESTRACKのネットワーク図 (C)ESA

「はやぶさ」や金星探査機「あかつき」などの運用において、臼田や内之浦が使えない場合には、DSNやESTRACKを借りて通信を行っていた。現在飛行中の「はやぶさ2」でも同様に、DSNやESTRACKの支援を受けることになっている。

だが、当然ながらDSNの使用はNASAの探査機が優先される。そもそもNASA以外の探査機は、NASAの探査機が使用していない時間に割り込んで使わせてもらっているにすぎない。だから自由には使用できないし、使用中にNASAの探査機の運用が急きょ割り込んでくることもある。実際に「はやぶさ」の、小惑星「イトカワ」へのタッチダウンや、「ミネルヴァ」の放出などの場面でDSNが使えず、「はやぶさ」と通信ができない時間帯が発生したことがある。

また、貸し出しは無償ではなく、たとえば「はやぶさ2」の運用では、DSNを使うのと引き換えに、「はやぶさ2」が持ち帰る予定の小惑星「1999 JU3」のサンプルを米国に提供することになっている。

さらに、これからも世界中で多数の惑星探査機が打ち上げられる予定となっており、その多くがDSNの支援を必要とするはずであり、そのため「はやぶさ」のとき以上に、借りたいときに借りることが難しくなるかもしれない。

もし日本が独自のDSNを持つことができれば、NASAの探査機に気兼ねすることなく、自由に探査機を運用することができるようになる。そればかりか、NASAのDSNもすべての探査機の運用をカヴァーできるわけではないので、タイミングによっては、これまでとは逆に、NASAなど他国の探査機の運用に貸し出すこともでき、大きな国際貢献となる。

実際に、南米のチリなどに地上局を建設したいという話はこれまでも出ているが、今のところ具体的な計画はない。決して安い買い物ではないが、日本が今後も深宇宙の探査を継続するのであれば、臼田局の更新、Kaバンドの通信能力の追加と併せて、日本版DSNの構築も必要ではないだろうか。

付記: 2020年代の火星探査

最後に、ISASが提案している火星衛星探査機と同じ、2020年前後に打ち上げが予定されている、他国の探査機の状況について触れておきたい。

まずNASAは2016年に、火星の地中を探査することを狙った「インサイト(InSight)」を打ち上げる予定だ。また2020年には、現在も火星で活動中の探査車「キュリオシティ」の設計を基に開発される新しい探査車「マーズ2020」の打ち上げも予定されている。そして2030年代には、火星の有人探査を行うことを目標として掲げている。

ESAとロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)は、共同で「エクソマーズ(ExoMars)」と名付けられた計画を推進中だ。エクソマーズは、まず2016年に「トレイス・ガス・オービター(TGO)」と呼ばれる火星周回衛星と、「EDM」と呼ばれる火星の地表への着陸実証機が打ち上げられ、続いて2018年には火星探査車を打ち上げるという、二段構えで構成されている。

またロシアは、エクソマーズとは別に、2011年に地球周回軌道から火星に向かう軌道へ乗り移ることに失敗した探査機「フォーバス・グルーント」のリヴェンジを狙い、2号機を開発するという。現時点で打ち上げは2024年とされる。フォーバス・グルーントは火星の衛星フォボスからのサンプル・リターンを狙っており、今回採り上げたISASの火星衛星探査機と非常に近いミッションだ。

中国は2011年に、ロシアのフォーバス・グルーントに相乗りする形で、小型の火星探査機「蛍火一号」を打ち上げたものの、そのフォーバス・グルーントが失敗したことで、蛍火一号も共に失われることになった。現在は独自で進める計画に切り替えており、2020年代中に、火星着陸やサンプル・リターンを行うことを目指しているという。

また中国も近年、DSNやESTRACKに似た地上局ネットワークの建設に力を入れており、現時点で北京市やカシュガル市、青島市、ジャムス市などに、複数の巨大なアンテナを持つ地上局を建設している。これらはネットワークで結ばれており、カシュガル市と青島市にある管制センターから制御ができるようになっている。中国は国土が東西に広いことと、ジャムス市は中国最東部に位置することから、すでに日本の地上局を超える通信範囲を持つに至っている。さらに現在、中国のほぼ真裏に当たる南米でも地上局の建設が進んでおり、完成すればその範囲はより大きくなる。

インドは2013年に初の火星探査機「マーズ・オービター」を打ち上げ、2014年9月24日に火星周回軌道への投入に成功し、現在も運用が続けられている。すでに後継機の開発も進められており、2018年ごろに打ち上げが予定されている。

アラブ首長国連邦も火星探査機「アルアマル」の開発を進めており、2021年に打ち上げる予定だという。

火星は月の次に行きやすい星ということもあり、この他にも多くの探査計画の検討が進められている。

エクソマーズ (C)ESA

フォーバス・グルーント (C)NPO Lavochkin

参考

・https://www.wakusei.jp/book/pp/2014/2014-1/2014-1-048.pdf
・http://www.mitsubishielectric.co.jp/society/space/telescope/usuda.html
・http://www.isas.jaxa.jp/j/about/center/udsc/facility.shtml
・http://www.isas.jaxa.jp/j/japan_s_history/chapter05/01/05.shtml
・http://www.isas.jaxa.jp/j/column/hayabusa2/10.shtml