【連載】

JAXAの「火星の衛星からのサンプル・リターン」計画とは

1 のぞみを継ぐもの

 
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今から5年前、小惑星探査機「はやぶさ」が7年間の航海を終えて、地球に帰還した。さらにその7年前の2003年12月、その「はやぶさ」が、地球の重力圏から脱出するための地球スイングバイの実施に向けて宇宙空間を航行し続けていたころ、ミッションを断念せざるを得なくなった探査機があった。火星探査機「のぞみ」である。

「のぞみ」は1998年7月4日に打ち上げられ、翌1999年に火星に到着する予定だった。しかし、航行中に問題が起こったことで、予定より4年遅れで火星に到着することになり、さらにその後別の問題も発生し、探査機を火星を周る軌道に乗せるためのエンジンを噴射させることができなかったことから、火星軌道への投入を断念することになった。現在「のぞみ」は、ほぼ火星の軌道に近い、太陽を中心とする軌道上を飛び続ける人工惑星となっている。

日本はいつ、ふたたび火星に挑むのか。2015年6月9日、その一端が明らかになった。

火星衛星探査機の想像図 (C)JAXA

のぞみを継ぐもの

2015年6月9日に開催された宇宙政策委員会の宇宙科学・探査小委員会の第2回会合において、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)は、「火星衛星探査」について報告を行った。火星の周囲を回る衛星から、砂や岩などの試料を地球に持ち帰ること(これをサンプル・リターンという)を目指した、きわめて野心的な計画だ。

現在、日本の宇宙開発は、内閣府の中に設置された、宇宙戦略室と宇宙政策委員会というところが取り仕切っている。宇宙戦略室がJAXAや各省庁の宇宙関係事業の司令塔的存在となっており、宇宙政策委員会はそれらの計画を審議し、意見する立場にある。たとえばJAXAが新しいロケットや探査機を造ろうとした場合、ここの審査や議論を経なければならない。今回、宇宙政策委員会という場所で火星衛星探査が報告されたのはそうした背景があるためだ。

注意しないといけないのは、現時点ではISASで検討が行われているという段階であり、まだ正式なプロジェクトとして決まったわけではないということだ。発表の中では、今年5月にISAS内に「火星衛星探査検討チーム」が立ち上げられたことも明らかにされているが、これから検討が進められる中で白紙に戻される可能性や、他の計画が優先される可能性は残っている。

ただ、今回の会合の議事録を読む限り、委員からは好意的な意見が多く、予算や技術的な障壁などが立ちふさがらない限りは、このまま進められることになるだろう。

目的地は火星の衛星

もしこの計画が実現されれば、「のぞみ」に次ぐ、日本で2機目となる火星探査機となる。ただ、今回の計画は火星に行くわけではなく、その周囲を回る「フォボス」、もしくは「ダイモス」という衛星が目的地として設定されている。

フォボスとダイモスは共に1877年に発見された火星の衛星だ。火星の衛星はこの2つしかない。フォボスのほうがダイモスより大きく、また軌道もフォボスのほうがダイモスより内側の軌道を回っている。共にどこかから飛んできた小惑星が火星の重力に捕らえられて衛星になったと考えられているが、まだ結論は出ていない。

フォボス (C)NASA

フォボス (C)NASA

フォボスもダイモスも、これまで地上の望遠鏡や、接近した探査機による観測が行われたのみで、探査機が着陸して直接探査したことはない。たとえば1988年に、ソヴィエト連邦が、フォボスの探査を目指した「フォーバス1」と「フォーバス2」という2機の探査機を打ち上げている(フォーバスとはフォボスのロシア語読み)。フォボスの地表に降りられる小型の着陸機も搭載されていたが、フォーバス1は航行中に、またフォーバス2はフォボス接近時に故障し、失敗に終わっている。

また2011年には、ロシアがフォボスからのサンプル・リターンを狙った「フォーバス・グルーント」という探査機を打ち上げたが、故障により地球周回軌道から脱出できず、そのまま地球の大気圏に再突入し、ミッションは失敗した。現在、フォーバス・グルーントの2号機を開発する計画があり、2024年に打ち上げが予定されている。

今のところ、JAXAの探査機の打ち上げは2022年度に予定されている。フォボスやダイモスのどちらに着陸するかはまだ未定だが、フォボスであれば、予定通り2022年に打ち上げられて成功すれば、フォーバス・グルーントの2号機に先んじて世界初に、またダイモスへの着陸でも世界初の快挙となる。

今回、火星の衛星を探査するという話が出てきたのには、日本の惑星科学に携わる関係者の中で、火星衛星からのサンプル・リターンが最重要ミッションであるという認識があることが大きいという。このミッションの科学的な意義については、大きく4つの項目が挙げられている。

・火星衛星の起源を解明し、火星形成過程を読み解く準備をする:衛星起源説としては、(A)始原的小惑星の捕獲説、(B)巨大衝突時に形成する円盤からの集積説がある。これを周回観測とサンプル分析から決着させる。
・(判明する衛星の起源に応じて)サンプル分析から火星形成過程へと制約を与える:(A)サンプルは火星形成時に原始太陽系円盤からもたらされた材料物質である。その供給過程を解読し、それによって形作られる原始火星表層環境を制約する。これは同時に、熱変性を受けていない始原的小惑星サンプルを入手することであり、その側面からも大目標に貢献する。
B)サンプルは、原始火星に小天体が衝突したイヴェントを物語る物質である。その分析から、火星形成において大事件であった巨大衝突過程を解明する。月の科学とのシナジーが期待される。
・火星圏環境史を解読する:火星衛星には、衝突現象に伴い火星表層から飛来する物質や火星から流出する大気粒子が、長期間にわたって蓄積されている。それら火星物質をサンプル中に見出して分析することで、火星表層環境の進化を読み解く。
・火星大気・地表を大域的に観測する:火星衛星周回軌道は、火星の赤道面の高高度にあって、火星全体を俯瞰する視座も提供する。その視座から火星の日変化・季節変動を大域的に観測する。

また、将来的に火星が「国際宇宙探査」の対象となった場合は、その活動の一部と位置づけることも可能であろうと述べられている。

そして技術的にも、現在日本が持つ技術と、近い将来に獲得できるであろう技術を使うことで実現可能であるとされている。具体的には、電気推進での宇宙航行や試料を地球に持ち帰る技術は「はやぶさ」や「はやぶさ2」で使われたものが、また衛星に着陸する技術は、現在開発中の小型月着陸実験機「SLIM」(スリム)のものが役に立つと思われる。

機体構成は大きく3種類を検討

今回の発表によれば、現時点で探査機の構成は大きく3種類が検討されているという。この3種類はそれぞれ搭載しているエンジンに違いがあり、地球と火星衛星との往路、復路の両方で化学推進を使う「化:化」案、往路では化学推進を使い、復路では電気推進を使う「化:電」案、そして「はやぶさ」のように、往復の両方で電気推進を使う「電:電」案が検討されている。

火星衛星探査機の検討例 (C)JAXA

化学推進というのは、いわゆるロケット・エンジンとして知られているもので、燃料と酸化剤を燃焼させ、そのガスを噴射して推進力を得る仕組みだ。一方の電気推進は、電気を使って推進力を得る仕組みで、たとえば小惑星探査機「はやぶさ」に採用された電気推進のひとつ「イオン・エンジン」は、マイクロ波を使って燃料をイオン化し、電場で加速して噴射ことで推進力を得ている。

両者にはそれぞれ一長一短があり、たとえば化学推進は急激に加速したり減速したりすることができるが、燃費は電気推進より悪い。電気推進は燃費が良く、少ない燃料で飛ぶことができるが、大きな力を瞬間的に出すことはできないため、化学推進エンジンと同じだけの加速を得るためには、非常に長い時間、連続して運転させなければならない。

上記の検討例を見ると、その長所と短所が如実に現れていることがわかる。たとえば「化:化」案は、化学推進は急激な加速や減速ができるため3年で往復ができるが、燃費が悪いため打ち上げ時の質量が3800kgと重い。一方「電:電」案では、電気推進では化学推進と比べ、同じだけの加速を得るためには時間がかかるため往復に7年もかかるが、燃費が良いことから打ち上げ時の質量は1200kgと軽くなっている。

打ち上げから帰還までの期間を考えると「化:化」案が一番良いだろうが、打ち上げにはH-IIBロケット以上に強力な機体が必要なため、ロケットの確保に苦労するかもしれない。「電:電」案はH-IIAロケットの標準型で打ち上げることができ、また開発を進める中で機体が予定より重くなったりしても修正できる余裕があるが、ミッション期間が長いため、宇宙を航行中に問題が発生する可能性は上がるし、また科学者が論文を書けるのが年単位で先になるといった欠点がある。そして折衷案となるのが「化:電」案だ。どの案が一番良いかは一概には言えない。

どの構成になるにしろ、日本が開発した中で、最大級の探査機となるのは間違いない。たとえば「はやぶさ」の打ち上げ時の質量は510kg、「はやぶさ2」は600kg、また「のぞみ」は541kgと、「電:電」案でもそれらの約2倍はある。「化:化」案の3800kgであれば、日本がこれまでに開発した最大の探査機である「かぐや」の3000kgをも超えることになる。

前述のように、この計画はまだ正式なプロジェクトとして動き出したわけではなく、現時点で衛星は影も形もない状態だ。これから検討が進むにつれて、徐々にその姿が固まっていくことになる。今後も何か新しい動きがあり次第、随時お伝えしていきたい。

次回は、日本が惑星探査を行う際の、探査機以外の分野における課題と、2020年代の世界の火星探査の展望について見ていきたい。

(続く)

参考

・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kagaku/
kagaku-dai2/siryou1-4.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kagaku/
kagaku-dai2/siryou1-5.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kagaku/
kagaku-dai2/siryou1-6.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kagaku/
kagaku-dai2/siryou1-7.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kagaku/
kagaku-dai2/siryou1-8.pdf

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第2回 臼田局の更新と、日本版「深宇宙ネットワーク」の必要性
第1回 のぞみを継ぐもの
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