小学4年生の正体

衆議院の解散が表明された週末、ネット界隈では小学校4年生による「どうして解散するんですか?」と題した「手紙」が話題を集めていました。解散の大義を問いつつも、辛らつな政権批判が繰り返され、「特定秘密保護法」へのイヤミで結ばれた「手紙」があるサイトで公開されていたのです。自称民主党のマスコット「民主くん(@minshu_kun)」は「天才少年現る!」と賛辞を贈り、同党の蓮舫参院議員がリツイートします。

手紙は「しつもんです」で始まり、安倍首相を「あべそーり」と表記し、「もんだい」と「問題」が混在するなど、ちぐはぐな印象は拭えません。不信に思った「ネット民」が動くと、あっと言う間に慶応大学に通う20才の青木大和氏と割り出されました。小学4年生に「なりすまし」ていたのです。

当初は否定していた青木氏も、サイトの「ドメイン」を取得したのが、自身が代表を務めるNPO団体と「特定」され白状に至ります。「ドメイン」は一種の公共財として、権利者の情報は公開されていることは、それこそ多少詳しい小学生なら知っていることです。あまりにも粗忽な「なりすまし0.2」。ただし、青木大和氏の行動は、「ネット選挙」における「パンドラの箱」を開けた可能性が高いのですが、指摘する人が誰もいないので、私が指摘しておきます。

出版業界に見る「なりすまし」

「なりすまし」には合法、非合法、そして脱法があります。合法の最たるものが「ゴーストライター」で、出版業界のルールに従えば「合法」です。漫画家の佐藤秀峰氏は、元ライブドア社長堀江貴文氏の「自伝的小説」に代筆者がいると告白し、有名ブロガーの「イケダハヤト」氏などは、自らの「文章術」と題する書籍の大半を、ゴーストライターが書いていたと打ち明けています。

非合法とは、本人以外の人物による「なりすまし」で、芸能人や政治家の名を騙るものがときおり現れます。有名人の場合、ネット上での被害は軽微です。本人が否定すれば、すぐに訂正され、偽物が淘汰されるからです。問題は「一般市民」の「なりすまし」であり、友人や知人という小さなコミュニティに拡散された悪意は、訂正を経ても""しこり"となり、残り続けます。それどころか「自作自演」が疑われることもあり、「プロバイダー責任制限法」などによる対抗策もありますが、現実的には野放しになっています。

先の青木大和氏は「脱法」です。倫理上、道義上はアウトでも、裁く法律がないのです。

痩せれば10万円

小学校4年生になりすましても、対象が「非実在」なので「被害」は発生しません。文面から安倍政権や自民党へのネガティブキャンペーンであることは間違いありませんが、投票の呼びかけをしたわけではないので「公職選挙法」には抵触しません。悪意はあっても「罪状」がないので罪に問えない「脱法」です。

例えばダイエットセミナーを運営するH社長がどこかのセミナーで「体験談の掲載が集客に繋がる」と聞いてきました。集客のキラーコンテンツは「体験談」であることに間違いありません。しかし、この「体験談」を集めるのは至難の業。通販番組で喧伝する「体験談」は、「モニター」として募集した「アルバイト」やギャラを支払った「タレント」によるものが大半です。とあるジムでは、痩身モニターに選ばれれば5万円、所定の期間で5キロ痩せれば更に5万円とギャラを提示して、体験談を集めるといいます。

根が正直なH社長はモニターを「やらせ」と断じます。なぜなら運営スタッフは「体験者」で彼らは実際に痩せているからです。一方で「裏技」も好きなH社長。そこで、スタッフに「投稿」させることを思いつきます。自らの「痩身体験」を客に「なりすまし」て投稿させたのです。

慶応大学生の学力は

自作自演は「優良誤認」という罪に問われる可能性があります。一方でH社長のところのスタッフは、みな「お客」から「社員」へと転じており、「お客時代」の体験談は事実です。

時系列と現在の関係性について「記述漏れ」があるとはいえ、違法性を問うのは困難。これも「脱法」の一形態で、ここだけの話しですが広告業界ではよくること。ただし、この作戦は失敗します。H社長への「敬語」にまみれたその文章は、身内以外の投稿はありえない「なりすまし0.2」だったからです。

投稿内容は「事実」であっても、読者が「やらせ」と受けとれば逆効果になることは言うまでもありません。むしろ「スタッフの体験談」と率直に語った方が集客につながったことでしょう。

青木大和氏の「なりすまし0.2」も同じ。20才の大学生として「あべそーり」と書けば、知性レベルを白日の下に晒すことにはなったでしょうが、別の意味での同情が寄せられ、彼が目的とした安倍政権へのネガティブキャンペーンも成功したでしょうに。

一方で、青木大和氏が開いた「パンドラの箱」とは「子どもの政治利用」です。現行法では未成年の「選挙活動」は禁止されていますが、「政治活動」は思想信条の自由から制限はありません。悪質な手口はエスカレートするのが世の常です。

特定の思想を持つ保護者や教員が、子供にその考えとネット上に拡散する方法を教えたとしても、問われる罪はありません。ましてや、ネット上では大人と子どものハンディキャップは最小化されます。

子ども達が政治活動の「尖兵」にされる前に、なんらかの法整備が待たれるところです。

エンタープライズ1.0への箴言


バカに「なりすまし」は無理

宮脇 睦(みやわきあつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」