安全コストは月額2,348円

毎週金曜日に特売として、豆腐を1丁29円で売っていた食品スーパーが、9月に入り39円に値上げしました。わずか10円のことですが、割合で見れば34%の値上げと、相当な負担感です。とはいえ、別の店ではまったく同じ豆腐が48円で販売されおり、「お買い得」であることに変わりはありません。

数字はあっさりと嘘をつきます。尺度や比較対象により、意味を変えるということで、10円は34%の値上げとなりましたが、値上げ後も他店に対し18%の価格優位性を持っている、と表現することもできるようにです。

神田敏晶という人物をご存知でしょうか。黎明期からの日本のネット業界における有名人で、セグウェイで公道を走行し書類送検され、2007年の参議院選挙に東京選挙区から出馬するなど話題を提供し続けています。ちなみにこの時の得票数は11222票で、一千万有権者から見れば、0.1%の得票率に過ぎない泡沫候補でしたが、泡沫候補の代名詞とも言える「マック赤坂」氏の6408票と比較すれば、ダブルスコアで突き放していると喧伝することもやぶさかではありません。

その神田敏晶氏が、またまた話題を提供してくれました。

警察の存在意義は

『国民ひとりあたり、年間いくらで警察から守ってもらってるか知ってる? 3兆6,553億円』

と題する、神田敏晶氏のブログで、論旨はこうです。

"警察庁と各県警予算の総額を国民一人当たりで割り算したら約3万円。月額にして2,348円を死ぬまで負担しつづけるのっておかしくね?"

これにネット民は「意外と安くね?」と反論し、産経新聞が紹介するほどの話題となりました。

どうやら神田敏晶氏は「数字」に弱い人のようです。それは次の記述に明らかです。

"警察庁予算と都道府県を合算しなければ、警察の予算=コストは見えない。

そして、そこには合理化して、安くしていくというKPI目標がまったくなく、毎年見事に使いきり、納得される程度の増加を見込んでいる。(以下、略)

神田敏晶氏のブログ「KNN」より"

豆腐で示したように、数字は組み合わせにより表情を変えます。つまり、ひとつの数字を見ただけでは正確な意味を読み解くことは不可能です。神田氏は「予算=コスト」としながら、その「コスト=経費」で実現する「利益」について触れてはいません。対になる数字を示さずに議論をすすめるのは、数字に弱い人の顕著な特徴です。

KPIで墓穴

その一方で、「合理化して、安くしていく」という目標を設定します。これは豆腐一丁の売価や品質が提示されずに

「豆腐の原価50円は高い」

という主張するのと同じです。一丁1万円で販売する超高級豆腐なら、むしろ「ぼったくり」です。

神田敏晶氏の主張を、高コスト体質への批判と解釈しても、「高コスト」を裏付ける「論拠」が提示されていません。また「使い切り予算」を批判するなら、予算消化の実例の1つも紹介しなければ説得力は生まれません。対になる数字がないまま論理を展開できるのは、己を客観視する能力が欠落しているからです。だからなのでしょう、「KPI」のように「もっともらしい言葉」を持ち出すことで、主張に説得力を与えることを試みて「墓穴」を掘ります。

KPIとは「重要業績評価指標」と呼ばれ、目標の到達度や達成度を測るもので、あえて警察のKPIを設定するなら、検挙数や都道府県警単位での犯罪減少率などとなることでしょう。まちがっても警察のKPIは「予算削減」ではありません。警察批判が神田敏晶氏の目的であるなら、その目的はまったく果たせていない「KPI0.2」です。

日割り11円の安心

そもそも「月額2348円」という数字も、神田敏晶氏は誤用しているようです。ブログの冒頭で、「おじいちゃんから赤ちゃんまで」と国民負担を強調しており、

"「毎月、いくらあなたたちに個人が税金を支払っているかご存知ですか?」と職務質問の時に、逆職務質問しています(笑)"

と、「個人負担」を意識していることは明らか。それでは僭越ながら、この質問に答えましょう。

財務省のホームページによると、歳入に占める所得税の割合は14.6%。これを神田氏の試算「月額2348円」に当てはめれば、「おじいちゃんから赤ちゃんまで」の「個人」が毎月支払っているのは342.8円。日割りにすれば11円に過ぎません。

血税ですから、たとえ1円でも大切に使って欲しいと願ってやみませんし、特売豆腐の値上げ分とみれば負担を重く感じますが、世界屈指の日本の治安の良さのコストとみれば「激安」。と、私などは考えるのですが。ちなみにあの「セコム」は、一戸建て・3LDKのプランで「月額6200円」です。

このブログでもっとも驚いたのは、神田敏晶氏が、人生半世紀を数えてもなお「職務質問」を受けていること。世界に誇る治安を支えるのが「職務質問」で、それは「不審者」を対象にしているからです。

エンタープライズ1.0への箴言


「数字に弱い人は、対になる数字を語らない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」