ノマド企業を否定します
この秋の国会で提出される予定の「産業競争力強化法案」では起業を促進する法律が盛り込まれます。働き方の多様化が進め、起業もそのひとつと位置付けるのと同時に、消費増税による景気減速対策としての側面もあります。知人の電気工事会社社長は、勤務先のやり方に納得できないと自分で会社を作りました。彼は言います。「意外と何とかなるもの」と。かく言うわたしも、そのひとり。勤務先の方針に逆らったがために会社を追われ、やむなく起業することとなり、気がつけば12年。超零細企業ながらも、マイホームを手にするぐらいの収入は得ております。自慢話ではありません。起業するのはそれほど難しいことではないということです。
早晩廃れると生暖かい視線で観察を続けていた「ノマド」。なかなかしぶとく生き残っています。ノマド(ワーカー)の語源は遊牧民で、特定のオフィスを持たず、スタバなどのカフェで仕事をする人々を指すと定義されています。働き方は人それぞれ。ただし、ノマドでの起業は論外=0.2。その理由は3つあります。
ノマドワーカーのカリスマ達
国内でノマドの付け火をしたのはITジャーナリストの佐々木俊尚氏。2009年7月の『総合図書大目録』というサイトの連載コラム「活字メディア未来地図レポート」で「カイシャ世代よさようなら遊牧民のように自由に働くノマドワークスタイル」と題した自著の宣伝記事で、旅行のクチコミポータルサイト「フォートラベル」の創業者 津田全泰氏が創業当時、渋谷駅前のマクドナルドをオフィス同然に利用し、客席を12時間も占有していた事例を紹介します。
去る8月17日の日経電子版に「カフェでネバる限界時間とコスト」というコラムが掲載されました。「都市部のカフェでは最近、長時間の利用を控えて欲しいとの注意書きが目に付く」と始まり、各カフェの客単価を引き合いにし、迂遠な表現ながらノマドの自制を呼びかけます。ノマドの全面禁止を掲げると、利益を損なう会社もあることから、迂遠な表現でお茶を濁すところに日経新聞らしさを見つけます。しかし、客単価から「利益」にまで踏みこめば、ノマドの問題が簡潔に見えてきます。
客単価で考える
銀座マロニエゲートのスタバはプレスリリースによれば約110坪。若干古い2011年度下期のデータでは銀座の商業施設の月額賃料の坪単価は45,100円で、月の家賃は496.1万円。これを30日で割り、営業時間を15時間とすると11,024円が営業時間単位での賃料となります。それを120の客席で割ると91.87円。すべてのアルバイトの時給を1,000円とし、接客や清掃を含めて客ひとりに対して5分を割いたとすれば人件費は83.34円。スターバックスの原価率は26%(IR情報)で、300円のコーヒーの原価は78円。しめて253.21円で、残る粗利は46.79円。これに光熱費や販管費が加わり、なにより「満席」での計算です。着席率(客数)が半分になれば「席料」は倍で粗利は消滅します。カフェの利益は朝や昼飯時などの「回転率」が支えているのです。その生命線とも言える回転率を悪化させるのがノマドです。
来客の少ない時間なら、問題がないと反論があるかも知れませんが、先の津田氏は渋谷駅前という一等地のマクドナルドの客席を12時間占拠しています。そもそもノマドが店の利益を考えて行動し、混雑時は席を空けるなどと気遣いを見せていれば、日経の記事にある注意書きは掲示されていません。
家賃を原価にできない0.2
居座り続けることでカフェの利益を損ねています。利益に無頓着な人はビジネスに向きません。個人経営の喫茶店にノマドが繁殖すれば、あっと言う間に廃業に追い込まれることでしょう。他人の利益を損ねても気にしないというのなら、ノマド以前に人間として問題を抱えています。それはノマドでなくパラサイト(寄生)です。ノマドでの起業を否定するひとつ目の理由です。
ノマドを選択するのは、起業直後の家賃負担を避けるためという主張も耳にします。ならばどうして自宅から始めないのでしょうか。電気会社もわたしも、小さなアパートの一室から始めました。そもそも「家賃」は経費であり原価の一部です。これを売上に計上できないようなら起業しないほうが賢明。これがふたつ目の理由。これだけでもノマドでの起業が0.2とおわかりいただけることでしょう。ちなみに『あまちゃん』の脚本家 宮藤官九郎氏はカフェで脚本を書いていると広言していますが、クリエイターを一般の「起業」の枠組みで語るのはナンセンスです。
先のフォーサイト創業者は「8人目の楽天社員」でストックオプションを持っており、楽天退社後に結婚し、新婚旅行は1カ月半掛けての世界一周(※ドリームビジョンインタビュー記事より)。そして新婚の奥様(同じく元楽天社員)もいれた3人で創業します。マクドナルドへの「通勤」は週の半分で、残りは自宅で仕事をしていました。すると自宅兼事務所にずっといるのでは息が詰まるからと、デートも兼ねてマクドナルドへ足を運んでいた可能性もあります。つまりカフェを仕事場とする「ノマド」と定義できるかも怪しいのです。ノマドでの起業を否定する最後の理由は、紹介されるノマドの成功事例は我田引水が多く、一般論として通じる再現性が担保されていないからです。ちなみに「ノマド」の伝道師 佐々木俊尚氏の記事では「奥様」にも「非ノマド」での労働についても触れていません。
ところでノマドと言えば安藤美冬氏。我が愛する足立区を小馬鹿にしたことで、以前の本稿でも紹介しましたが、いまだに彼女の確たる本業が見えきません。先日はフェイスブックで、彼女がプロデュースという広告をしつこく見かけました。神田うのでも目指しているのでしょうか。ならば目指すゴールはノマドではなくセレブです。
エンタープライズ1.0への箴言
「自分の利益しか考えない人は商売に向かない」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」