教科書で弾みがつく

日経MJが発表した「ヒット商品番付」で、今年の西の横綱に「7インチタブレット(多機能携帯端末)」が選ばれました。そんな言葉が流行していたのかと驚きます。業界の希望でつけられた番付は、本家の大相撲の言葉を借りれば「八百長」と呼ぶのですが。

呼び名はともかくタブレット端末が、これから普及するのは間違いありません。パソコンを起動する手間暇が不要でネットのブラウジング(見る)だけならタブレットで事足り、文字の拡大が簡単にできる高齢者に優しいツールだからです。そして一番弾みがつくと睨んでいるのが

「電子教科書」

です。

先日、あるコンサルタントのブログにこんな記述を発見しました。

動画でみせることで直感的に子ども達の記憶に焼き付けられる(筆者要約)

なるほどと納得する人は多いでしょう。文章だけではなく、実際の映像を見せれば理解しやすいだろう、だから電子教科書なのだ…と。そして産官学のすべてが儲かります。また付随する「広告」で儲かるのはマスコミもネット媒体も同じですからみんなで、大政翼賛的な「祭り」になります。ただしこのコンサルタントの「説」は、電子化すればすべてが幸せになると吹聴するデジタルユートピア的な「妄想」ですが。

デジタルチャイニーズ

T社長が経営する中華レストランは、大規模な宴会も可能な広間をもち、送迎バスも完備する地元で知られた有名店です。地主の三男坊である人脈から、地域の会合や法事などにも使われ、そもそも周囲に飲食店が少ない片田舎という立地から経営は順調でした。ところがデフレと不況の波がやってきます。財布の紐が固く閉ざれた結果、牛丼やハンバーガーといった本来違うジャンルのプレイヤーまでが敵となります。お客の胃袋はひとつしかなく、多くのお客は一日三食で、その限られた「空腹」を奪い合うからです。

ファストフードの価格に対抗すべく、担々麺や麻婆豆腐を半額にしたりと、大胆な価格政策を打ち出すも売り上げが上向くのは一瞬でした。毎日、担々麺を食べ続ける客は少なく、そもそも半額目当ての客が増えても儲けはでません。そこでこの春、T社長が目をつけたのは「タブレット端末」です。店内にWi-Fiをめぐらせ、各テーブルに設置した台湾製のタブレット端末をお客が操作して注文する「システムの導入」です。最新システムの導入による話題性に加えて、メニューの変更が即座にできることで、旬の食材を活かしたメニューや、天候によりサービス商品を差し替えるなど、機動的なオーダー提供が可能となり、注文作業のデジタル化によりホールスタッフの人件費削減にも繋がるという、システム会社の口説き文句に夢は膨らみます。

蓋を開ければ家電コーナー

導入後の店内、お客は物珍しげにタブレット端末を操作します。しかし、3割ほどのお客は操作に挫折し、店員を呼びつけます。店員は丁寧に操作方法を教えますが、その姿は家電量販店のパソコンコーナーです。地域性からかお客の年齢層が高いこともあるでしょうが、デザイン性と操作性の悪さもその理由です。赤や黄色を多用した画面デザインは視点を散漫とさせ、肝心のクリックボタンを探すのに苦労するのです。また、サイトの進む、戻るもシステム独自のルールで、いわゆるタブレット端末を操作する上での「お約束」を一切無視しています。見抜けなかったT社長にも責任の一端があるとはいえ、システム会社のプレゼンでは、自社のシステムに熟達した営業マンが見事に操作するので気づきにくいのです。それより問題は「コンテンツ」でした。

管理用のパソコンから写真と文章を自分たちで登録する仕組みです。メニュー用写真は厨房にあるステンレスの調理台の上で撮影したため殺風景で、ラーメンスープに蛍光灯が映り込んでいるのはご愛敬としても、作りたてのために昇る「湯気」によってピンぼけ写真のような仕上がりで、瑞々しい印象を与える「しずる感」など存在しません。なにより最悪なのが「説明不足」でした。もっともポピュラーな醤油ラーメンに付された説明は「昔ながらの醤油ラーメン」だけです。

情報と映像は同義語ではない

電子教科書を礼賛する声と同じく、タブレット端末を導入するメリットはその情報量にあります。ふんだんに写真を使い、ホールスタッフが暗記しきれないぐらいの情報をお客に伝えてくれるのがタブレットを導入する最大のメリットです。ところがT社長のそれは「紙のメニュー」でも事足りる情報しか掲載していない「タブレット0.2」です。むしろ端末操作に慣れない客に不便を強いることを差し引けばマイナスです。

電子化は手段に過ぎず「タブレット端末」ももちろんそうです。肝心なのは「コンテンツ」です。電子教科書が導入され、動画により理解が深まる可能性は否定しませんが、あくまで学習意欲を高め、記憶を助け、理解を深める「優れた動画コンテンツ」ができたときの話しです。単純になんでも動画を掲載しただけならば、子ども達は動画を鑑賞しておしまいです。子ども達は「直感的」に眺めているだけで終業チャイムがなることに気がつくでしょう。

エンタープライズ1.0への箴言


「端末を揃えてもコンテンツが揃っていなければIT化する意味がない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」