気が付けば、マーケティング歴25年である。さまざまなメーカーのマーケティングを担当してきたことで、見えてきたことがある。例えば、世の中にはさまざまな市場データや調査データが公開されているが、これらの中には悪意のあるデータもある。そこで今回は、読者の方に正しい市場を把握いただくべく、調査データの正しい読み方のポイントを紹介する。

調査データは3種類ある

調査データには、ヒアリング系と実数調査系があり、さらにヒアリング系はメーカーヒアリングとユーザーヒアリングに分かれ、合計3種類あることになる。

メーカーヒアリングは、調査会社がメーカーに質問状を送って、メーカーが回答するものだ。「昨年度の出荷本数は何ライセンスですか? 金額も教えてください。また、その裏付けとなる決算書も提出ください」といった感じだ。メーカー側で決算書の提出の承認が降りないこともあり、裏付けのない報告になってしまうこともある。

それゆえ、出荷金額の調査は気を付けて見たほうがいい。加えて、近年、多くの分野でオープンソース・ソフトウェア(以下、OSS)が普及している。OSSはライセンスがゼロ円のことが多いので、出荷をするという概念がない。よって、出荷金額の調査では、OSSはシェアゼロになってしまうことがあるのだ。

1つ例を挙げれば、Linuxがそうだ。そもそも、Linuxにはさまざまなディストリビューションがあるため、調査データでLinuxをひとまとめにしてよいかという話もあるのだが、さておき話を進める。

現在、Webサーバの大半にLinuxが採用されており、全世界のサーバOSシェアでは当然上位に入るはずだ。しかし、以下のニュースの売上金額のシェアにおいて、Linuxは24.8%であり、Linux市場だけで見るとレッドハットが83.1%のシェアを持っているとある。

2017年の国内サーバーOS市場、Linuxが2桁成長を維持--IDC Japan

一方で、Webサイト向けLinuxのシェアを見てみると、Ubuntuがシェアトップとなっている。

Ubuntu増加 - 12月Webサイト向けLinuxシェア

  • 2019年12月Webサイト向けLinuxディストリビューションシェア/円グラフ - 資料: Q-Success

2017年の調査ではシェア83.1%のレッドハットが、2019年12月のWebサイト向けLinuxのシェアを見てみると、1.9%しかない。この2つの調査データはおそらくいずれも正しい。

単純に、市販していないLinuxが国内サーバOSの売上シェアに含まれていないだけなのである。サブスクリプション形式で提供されている有償のレッドハット製品だけが売上集計の調査データにカウントされているのだ。注意していただきたいので繰り返すが、メーカーヒアリングによる売上金額シェアではOSSの大半がカウントされないので、OSS抜きの集計データになりやすいということである。

さて話を戻すが、調査方法の2つ目が「ユーザヒアリングによる調査」である。これは、実際に使っているユーザーを対象とした調査なので、比較的ブレが少ない。注意すべきはその調査母数と、調査対象である。調査母数が少ないと調査結果がぶれやすい。

そして、注意してほしいのが調査対象である。例えば、ある技術Aに関するイベントの来場者を対象とした技術Aに関する調査は、無作為抽出のユーザー調査よりもAに関する評価が高くなるのは間違いない。さらに、調査票を企画・作成した経験から話すと、調査票の作り方次第で、ある程度結果を誘導できるのである。

調査票を心理学に基づいて作成すると、かなり結果が違ってくるのだ。質問票を公開している調査データは信頼がおけるので、興味がある方はそのソースまで調べてみるとよいだろう。

最後の調査方法は実数調査方法である。Webサーバなどでは、どのサーバが何を使っているかが見えてしまうので、その集計を機械的に行う方法である。Webサーバ系の調査においては、集計方法が公平であれば、正確な結果が出る。

売上金額調査を全体調査に見せかける調査データに注意

また、OSSが強い分野において売上金額で集計した調査データが、OSSを含めた全体調査として公開されていることがあるので、注意していただきたい。

顕著な例を挙げれば、CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)がそうである。Webで検索すると、国内トップシェアを取っているCMSが3つ出てくる。1つはOSSのCMSであるWordPressであり、残りの2つは非OSSのCMSである。WordPressがトップシェアを取っている市場調査は実稼働でしているCMSをカウントしている。以下の調査では、全Webサーバのうち、WordPressが稼働しているサーバは35.1%という結果が出ている。

WordPressとShopify増加 - 12月Webサイト向けCMSシェア

  • Webサイト向けCMSシェア推移グラフ - 資料: Q-Success

日本はどうかというと、W3Techs 2020年1月の調査結果によると、81.8%がWordPressと出ている。

一方、前述の2つの非OSSであるCMSがトップシェアと出ている調査データは、売上金額と出荷金額で集計している。WordPressは無償でダウンロードして使えるので、当然、売上金額も出荷金額もゼロ円なのである。2つの調査データは売上金額も出荷金額で集計した正しい結果だと思いたいのだが、商用CMS全体の結果と表記しているところに注意してほしい。

昔、非OSSのソフトウェアのライセンスを商用ライセンスと呼んでいた時代があり、非OSSのCMSを商用ライセンスCMSと呼ぶ人が現れた。この呼び方だと、OSSが商用に不適切であり、非OSSが商用向きのように誤解を与えてしまう。

そして今は、非OSSのCMSを商用CMSと呼ぶ人たちが出てきている。マーケッターとして、誤解を生むような言葉を使うことやそのような調査データを公開することは、お客さまを欺くことと同じなので、やめていただきたいものだ。

読者の皆様には、今回紹介したようなことがあるので、調査データは正確に理解していただきたいし、今回紹介した誤解を生むような表現をされている企業は正確な表現に直していただきたいと思う。

著者プロフィール

吉政忠志


業界を代表するトップベンチャー企業でマーケティング責任者を歴任。30代前半で同年代国内トップクラスの年収を獲得し、伝説的な給与所得者と呼ばれるようになる。現在は、吉政創成株式会社 代表取締役、プライム・ストラテジー株式会社 取締役、一般社団法人PHP技術者認定機構 代表理事、一般社団法人Rails技術者認定試験運営委員会、BOSS-CON JAPAN 理事長、一般社団法人Pythonエンジニア育成推進協会 代表理事を兼任。