筆者はインドファンである。いや、本人はよくわかっていないのだが、周囲ではそう言われている。多分、80回以上もインドに行ってるのだから事実だろう。嫌いだったらそんなに行くわけがない。当の本人である筆者は中華料理が大好きで、中国にも友人は多い。それでも中国の友人たちからは「竹田さん(Zhutian)はインドの良いことばかり言っている」と言われる。しかし、インドの友人たちの間では、筆者のコラムは不評である。「インドの悪いところばかりを書いている」とのことだ。筆者はある意味でタミールナドゥ(TN)州とチェンナイの宣伝マンのつもりなのだが、そうは思われていないようだ。もう少しインドの良い面を書くことにしよう……と思ったのだが、今回ばかりは無理である。インドに通い始めてから十数年、これほど腹の立つことはない……ということが起きたからだ。

2年前のカリスマ首相の事故死

テレビの画面が突然変わった。

「WHERE IS ANDHRA CM?」(CM: Chief Minister)。チャンネルを回しても、同じ文字しか出てこない。これは一昨年の9月2日、チェンナイに住む日本人宅で食事していた時のことである。隣のアンドラプラデッシュ(AP)州のレディ首相が乗ったヘリコプターが行方不明になったのだ。テレビ画面の背景の映像はAP州とTN州州境の山岳地帯を上空からのものだ。

同じ頃、チェンナイ周辺の国道は大渋滞となった。普段のチェンナイ警察ではなく国家警察による検問が行われたのである。チェンナイでは珍しく、緊急テロ対応となった。戒厳令間近と思わせるような警戒である。

当時現地では「何が起きたのか」ということについて様々な噂が飛び交った。「隣のAP州の首相がテロリストに誘拐された」「チェンナイ近くで誘拐された」「ヘリコプターのGPSが切られていたらしい」「そんなことはテロリストでは無理だ。政敵による暗殺か」

そのような背景もあり、インドのテレビはこの報道一色となったのである。

報道によると、この日の朝、TN州近くの街まで行こうとしたAP州のレディ首相を乗せたヘリコプターが9時過ぎにレーダーから消えた。無線もつながらない。軍隊が動員され、夜間も暗視装置を使って大捜索が行われたとのことだ。隣のTN州でも国道が封鎖されて検問が続いていたのだから、「テロリストによる誘拐」も現実問題として想定されたのだろう。

結局、翌3日の朝になってヘリコプターの残骸が発見され、事故と断定された。そこではレディ首相以下、搭乗者全員の死亡が確認された。

レディ首相は貧しい農民の借金取り消しなどの政策でカリスマ的人気があった。葬儀には何十万人という民衆が殺到し、泣き叫んでいた。後追い自殺やショック死までもが続出し、そのような死者の数も最終的には350人近くまで達した。カリスマ首相の死によって、その後のAP州はテランガナ地域の州昇格問題などで混乱に陥った。

問題は事故原因である。悪天候云々と言われているが、驚いたことに、墜落したヘリコプターは、整備を3年間も行っていなかったのである。それでは事故が起きない方が不思議である。

繰り返されるヘリコプター事故

そして、今年になってまたもや同様のヘリコプター墜落事故が発生した。

インド最大の通信社であるPTI通信によると、インド北東部アルナチャルプラデシュ州(略称は同じAP州)で4月30日、同州のカンドゥ首相ら乗客乗員5人が乗ったヘリコプターが消息を絶った。国営企業が運航するヘリコプターは同州タワングから州都イタナガルへ向かっていたが、タワングを離れて約20分後に通信が途絶えたのだ。

今回筆者は日本にいたので、インド国内での雰囲気はわからない。ただ、おそらくレディ首相の事故の時と同じであろう。そして今月4日、ヘリの残骸とカンドゥ州首相ら5名の遺体が同州ロボタングの山中で見つかった。

事故原因が何であったのか、そして何年間整備していなかったのかといったことについてはまだわからない。また、「悪天候」が原因とされるのか。多分、担当者は「昨日は何事もなく飛ぶことができていた」と言っているに違いない。

筆者はいつも、「インドは保守技術を軽視している。作れば良いと考えている」と批判しているが、まさかこんな事故が続くとは夢にも思わなかった。

しかし、もっとひどい話があった。

安全性懸念で原発の着工許可見送りとのことだが

共同通信によると4月28日、タミールナドゥ州で計画されていたクダンクラム原子力発電所建設計画の一部について、インド政府の環境評価委員会が着工許可の決定を見送ったそうだ。福島第一原発の事故を受け、インドでも沿岸に計画される原発の安全性に対する懸念が高まっており、当局も慎重な判断に傾いたとのことである。

インドにはこれだけの原子力関係機関・施設が存在する (出典:「インドの原子力関係機関・施設の分布他」 社団法人 日本原子力産業協会)

最初にこのニュースを見た時、筆者は特に何も感じなかった。「インドにも影響が出ているんだ。良いことだな」といった程度のものである。しかし、この記事を読み直してみて驚いた。

原子力発電所建設許可見送りの理由として、「提出された地図と安全性データが古かったため」とある。

筆者の会社の事業計画書ではない、仮にも原子力発電所の建設計画である。そこで使われている地図とか安全性データが古い? 古いことがどれだけの影響度があるのかは知らない。しかし、あまりにもいい加減すぎる話である。

筆者はかねがねインドについて、「作る技術は一流、メンテナンスしないのが問題」と考えていた。

たとえば水道水。

「インドの水道水は不衛生で飲めない」と言われている。事実である。しかし浄水場から出る水の品質は日本と何ら変わらない。水道管がひび割れ、周りから汚水が染み込むから問題になる。これは、水道管の保守が行われていないからである。

排水も同じだ。雨季になるとチェンナイ市内などは「汚水の街」となる。下水がないのか。いや、そんなことはない。下水の排水管が詰まっているから流れないだけである。保守・点検をすれば良いだけである。

スーパーコンピューターも原子力発電所も人工衛星も、核兵器までをも自前で作る技術大国インド……そう思っていたが、どうも筆者の認識は間違っていたようである。ま、あまり他国のことを言えた状況ではないが。

著者紹介

竹田孝治 (Koji Takeda)

エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「(続)インド・中国IT見聞録」も掲載中。

Twitter:Zhutian0312 Facebook:Zhutian0312でもインド、中国情報を発信中。