デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第11回目のテーマは、マーケティングはつまらない? 関橋英作に見る"何でもアリ"

バレンタインデーのチョコレートのように、毎年大学や高校などの入試の時期にひとつのお菓子がなにかと話題になります。なんとか受験に合格したいという気持ちを代弁する名前のお菓子、そうキットカットです。

キットカットは単なるチョコレート菓子ですが、その商品名が「キットカット=(受験に)きっと勝つ」ということを連想させて、お守りとして受験生に送る文化が日本では定着しはじめました。そのお菓子に込められた友達や恋人や親御さんの受験生に対する応援の気持ちが、小さなスナック菓子をして、まるでありがたい高価なお守りのように思えてくるから不思議です。

そんなストーリーをマーケティングに昇華して、キットカットをそのまま郵便で受験生に送れるという「キットメール」のキャンペーンは、2009年度のカンヌ国際広告祭でメディア部門のグランプリを獲得しました。郵政民営化の流れをチャンスと捉えて、ウエハースチョコレートであるキットカットを郵便局と結び付けたユニークな発想が評価されての受賞でした。

そんなマーケティングキャンペーンを主導した人物がいます。MUSB(ムスブ)のクリエーティブ戦略家 関橋英作さんです。

関橋さんは、マーケティングの世界では非常に有名な方です。このキットカットのブランド育成以外でも、皆さんが映画館などでよくご覧になったと思われる「Shall we Haagen-Dazs?」というセクシーなCMの企画にも関わりました。そのCMでは、大人も食べていいアイスクリームというハーゲンダッツの高級イメージを醸成することに成功しました。

もともと、関橋さんはコピーライターからキャリアをスタートした方ですが、最終的には外資系の広告代理店の副社長までを務め、現在はご自分の会社を経営されており、日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラーというユニークな肩書もお持ちです。

そんな関橋さんですが、先日、ご自身のマーケティング論をまとめた書籍を出版されました。そのタイトルは、なんと『マーケティングはつまらない? 』 - マーケティングの本なのに、それはつまらない!という挑戦的なタイトルの本です。私が以前「音楽主義」というフリーペーパーに書いていたヒット分析のコラムのタイトルは「ヒットの法則あるわけネェだろ!!」というものなので、なんとなくシンパシーを感じます。

実は、かように関橋さんと私とは、僭越ながら同じような発想や考え方をしている人間同士ということで最近楽しくお付き合いさせていただいています。八戸の漁師の息子の関橋さんと鯨捕りの息子の私とは、なにか同じような感性が海つながりであるのかもしれません。

関橋さんは、その書籍の中で、マーケティングの極意をさまざまな角度から書いています。そのやり方は常識を捨てよう、何でもアリというもので、タイトル同様、内容自体も人を食っています。その何でもアリということは、実は日本人がずっと持っている考え方で、関橋さんはそんな日本人のことを「創造性豊かな民族」とおっしゃいます。外資系の広告会社に勤めていた関橋さんは、一元論的欧米型マーケティングを超えて、創造性のある日本ならではのマーケティングがあるのではないかともおっしゃっています。

書籍タイトルの「マーケティングはつまらない?」の「つまらない」という言葉が並ぶ章タイトルには「広告はつまらない?」「ブランドはつまらない?」「トレンドはつまらない?」などなど。そして「つまらない」とともに章タイトルに並ぶもうひとつの言葉は、反対の「おもしろい」です。「そもそも日本はおもしろい!」「地方はおもしろい!」「小さなお店はおもしろい!」という具合です。

どうも関橋さんは、その二極 - 「つまらない」と「おもしろい」がすべてのポイントであり、実はつまらない中におもしろさが潜んでいるのではないかとも考えているようで、「つまらないは、おもしろい」と書いています。この「つまらない」にしても「おもしろい」にしても、両方とも人間の心に注目していることに変わりはありません。

さらに、ブランドは消費者の心の中で育つということで、情緒価値がブランドにおいて最も重要な価値だと書いています。要はそのブランドが人の心をどう動かすことができるかということです。そして、そのやり方は何でもアリなんだということなのです。

私が、「ヒット学」で定義してきたヒットの過程と人の心の変遷理論「見つける」「気持ちが動く」「つい手が出る」「堪能する」「また欲しくなる」の5つの関門は、まさに関橋さんが提唱している「情緒価値」のブレイクダウンそのものです。

これまで、関橋さんが手掛けて成功してきた「キットカット」や「ハーゲンダッツ」などのキャンペーンの成功の秘訣はどうやらその辺にありそうです。理論から導き出すマーケティングではなく、人間の心、人間の気持ち、そしてそれに寄りそうマーケティングのあり方が重要なのです。それらの過程で人間に向かう関橋さんの気持ちがキャンペーン成功の鍵だと思うのです。

その関橋さんが常に意識している座右の銘があります。それは「クリエーティブ根性」。21世紀はアートの時代と言っている私と、またまたハモってしまう名言を伺いました。マーケティングはつまらない?なので、おもしろくするマーケティングを考える。それが関橋流の「クリエーティブ根性」の発揮どころなのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。