皆既日食のときに、太陽の周囲に、真珠色に淡く輝く部分が見える。これは「コロナ」と呼ばれる高温の大気で、その温度は100万℃にもなる、猛烈な熱さをもつ。

ところが、太陽の表面の温度は6000℃しかなく、さらにコロナは太陽表面から数百kmから数千kmも離れている。にもかかわらず、なぜコロナは太陽の表面より、100倍以上も高温になっているのだろうか。

この不思議な現象は「太陽コロナ加熱問題」として、数十年間にわたって多くの研究者を悩ませ続け、現在も未解決のままだ。

その謎を探るべく、国立天文台と宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所は、2013年に日本の太陽観測衛星「ひので」と、米国の太陽観測衛星「IRIS」(アイリス)による共同観測を実施し、さらにスーパー・コンピューター「アテルイ」による数値シミュレーションを組み合わせた研究が行われ、そして2015年8月24日、その研究成果が発表された。

はたして、太陽コロナ加熱問題に終止符は打てるのだろうか。

連載の第1回では、「太陽コロナ加熱問題とはなにか」について紹介した。

第2回となる今回は、2015年8月24日に発表が行われた、2013年に実施された「ひので」とIRISによる共同観測と、スパコン「アテルイ」による数値シミュレーションの結果からわかったことについて、見ていきたい。

「ひので」と並ぶ今回の主人公、NASAの太陽観測衛星「IRIS」。 (C)NASA

そしてもうひとつの主人公、国立天文台のスーパー・コンピューター「アテルイ」。 (C)NAOJ

「ひので」だけでは足りない

2007年に「ひので」が見つけたのは、「プロミネンスの振動は磁力線の振動であり、その原因はコロナ中の磁力線を伝播するアルヴェン波によるものである」ということ、そして「そのアルヴェン波の波動は、コロナの加熱に十分なだけのエネルギーを持っている」ということだった。確かにこれはすごい発見ではあった。

しかし、大事なことがわからなかった。「その波動がどうなったか」ということである。もしかしたら、アルヴェン波がコロナ加熱に寄与することなく、そのままコロナを素通りしてしまっている可能性もあった。

実は、アルヴェン波による加熱説には欠点があった。アルヴェン波は横波であることから、エネルギーの減衰が少なく、太陽表面から遠く離れたコロナまでエネルギーを運ぶことができるが、その反面、熱化しにくく、加熱に向かないという矛盾も抱えているためだ。このことは「アルヴェン波がコロナを加熱している」という仮説にとっては都合が悪かった。

著者注:ではアルヴェン波以外の波ではどうかといえば、それも難しいという。たとえば音波は縦波であることから熱化はしやすいものの、すぐに振動が減衰してしまうことから、太陽の表面からコロナまでの距離には到底届かず、コロナ加熱の原因としてはありえないのだという。

ただ、「加熱に向かない」のであって「加熱ができない」というわけではない。そこで、本当にアルヴェン波によってコロナを加熱することができるのか、もう少し詳しく言うと「アルヴェン波の波動が弱くなるにしたがって、そのエネルギーが熱となり、コロナの加熱に使われている」、その決定的な現場を直接観測しなければならなかった。

しかし、「ひので」はそういうことを見るために造られた衛星ではなかったため、そこまでの性能はもっていなかった。

波動の問題点 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

この問題点を解決するための課題 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

そんな中、米航空宇宙局(NASA)は2013年6月27日、太陽観測衛星「IRIS」(アイリス)の打ち上げに成功した。

太陽観測衛星「IRIS」

IRISはNASAの小型探査プログラム(SMEX、 Small Explorer program)の中で開発された衛星で、「小型」というところからして、質量も183kgと小さい。

実は、IRISが開発されたきっかけのひとつに、「ひので」の存在があった。「ひので」が太陽の、とくに彩層の観測で多くの成果を挙げたことから、米国をはじめ世界中の研究者が「太陽の表面付近がおもしろいらしい」と気がつき、NASAにミッションを提案。そして2009年に採択され開発がスタートし、その後わずか4年で打ち上げられた。

太陽観測衛星「IRIS」 (C)NASA

IRISの打ち上げの様子。小型衛星なので、ロケットも小型の「ペガサスXL」が使われた。 (C)NASA

IRISの最大の特長は、紫外線の分光観測ができるところにある。分光観測というのは、光を波長ごとに分解して観測することで、イメージとしては、理科の実験でおなじみのプリズムに近い。

ちなみに、IRISという名前は「Interface Region Imaging Spectrograph」(「(太陽表面とコロナの)境界面を撮像・分光する衛星」という意味)の頭文字から採られているが、ギリシア神話に登場する虹の女神「イーリス」にもかかっている。虹は、太陽光が大気中の水分で分光されることで、あの美しい7色に見える。太陽の光を分光して観測するこの衛星にとって、まさにぴったりな名前だ。

IRISの紫外線分光観測では、特定の温度域のプラズマから出ている、マグネシウムの吸収線やシリコンの輝線といった光を調べることができる。このことから、ある温度のプラズマの物理的性質、とくに吸収線や輝線の波長遷移(ドップラーシフト)、つまり波の奥行き方向の運動を調べることができるのである。

さらにIRISは、複数の観測フィルターをもっており、異なる温度ごとに観測することで、温度変化を捉えることもできる。

そこで岡本さんらの国際研究チームは、「ひので」とIRISを使った共同観測を提案した。「ひので」は二次元的な動きの観測能力では世界最高の性能をもっている。そこにIRISが観測した奥行き方向の運動の結果を加えることで、太陽コロナを三次元的に見ることができる。さらに、IRISによる温度変化の結果も足すことで、アルヴェン波がコロナを熱化する様子と、そのメカニズムを、直接捉えられるのでは、と考えられたのだ。

そして2013年10月19日、その共同観測が実施された。「ひので」とIRISは共に、プロミネンスのまったく同じ場所に観測機器を向け、その目をこらした。

「ひので」とIRISによる共同観測 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

「ひので」とIRISが共同観測を行った領域 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

「ひので」とIRISの共演―プロミネンスは波で加熱されていた

「ひので」はまず、低温のプロミネンスを観測した。そのプロミネンスが時間経過とともに消えていくところで、IRISは高温の成分が出現したことを捉えた。この観測から、プロミネンスの温度が1万℃から、少なくとも10万℃へと上昇している様子が明らかになった。

また、観測されたプロミネンスの多くは波動を伴っており、この波動が加熱に寄与していることも示していた。冒頭でも触れたように、2007年の「ひので」の観測では「アルヴェン波の波動は、コロナの加熱に十分なだけのエネルギーを持っている」、というところまでしかわからなかったが、この観測により「その波動が加熱に寄与している」というところまでわかったのである。

「ひので」とIRISの共同観測によって捉えられた温度変化の様子 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

そしてもうひとつ、奇妙な振動の振る舞いも発見された。「ひので」が観測したプロミネンスを構成する磁力線の上下振動と、同じ部分をIRISが観測した奥行き方向の運動とを比較すると、上下振動の最上点と最下点において奥行きの速度が最大で、中心位置では奥行きの速度がゼロになっていることがわかった。

この結果だけを聞くとシンプルな説明のようにも思えるが、これはとてもおかしなことだった。通常の、振動というものは、上下振動の最上点と最下点で速度ゼロ、中心位置で速度最大となるはずであり、この観測結果はまったくの逆の結果だったのだ。

その理由を説明するために、研究チームは「共鳴吸収」という物理現象が起きているのでは、と予想した。

まずは「ひので」による2次元的な動きの観測。アルヴェン波による磁力線の振動(一度下がった後、上がる運動)が見える。ここまでは過去の観測でわかっていた。 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

左の図にIRISが観測した奥行き方向の速度の結果を重ねる。すると、振動の最上点と最下点で速度が最大になり、中央位置で速度がゼロになることがわかった。 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

普通の振動は「最上点と最下点で速度ゼロ、中央位置で速度最大」となるはず。そこで「共鳴吸収」が起きているのではと推測された。 (C)岡本 丈典(JAXA/現 名古屋大学)、Patrick Antolin

共鳴とは、ある特定の速度や振動数を持つ物理現象が、同じ性質を持つものに影響を与えること現象のことだ。たとえばブランコに乗っているとき、ブランコの動きにあわせて体を動かすと、より振幅を大きくすることができる。また理科の実験などで、2つの音叉の片方を鳴らしたときに、もう片方も鳴りはじめる現象を見た人も多いかもしれない。

今回の場合は、プロミネンスを振動させているアルヴェン波の波動の位相速度が、プロミネンス内の特定の層における波動の固有速度と同じとき、共鳴吸収によってこれらの波動が相互作用を起こしているのではないかと考えられた。

でははたして、本当に「共鳴吸収」で、この奇妙な振動の振る舞いを説明できるのか。そこで、国立天文台が運用する天文学専用のスーパー・コンピューター「アテルイ」を使い、シミュレーションが行われることになった。

アテルイが明らかにしたこと

アテルイは国立天文台の天文シミュレーション・プロジェクト(CfCA)が運用するスーパー・コンピューターで、コンピューターの中で宇宙や天体の現象を再現し、模擬実験(シミュレーション)する、「シミュレーション天文学」専用に作られた。

たとえば、宇宙で起きている現象のほとんどは、地上で再現することなどできない。また、そうした現象を方程式にして、それを解いて理解するという研究方法もあるが、人間の脳では簡単に解けないものもある。そこでコンピューターの発達とともに、シミュレーション天文学が盛んに行われるようになってきている。

アテルイは2013年4月1日から運用が始まり、多くの研究者が利用している。また2014年9月にはアップグレードが行われた。現在のアテルイは、1秒間に約1千兆回、足し算や掛け算のような計算ができるほどの強力な能力をもっている。この性能は天文学専用のスーパー・コンピューターとしては世界最速のものだという。

国立天文台の天文シミュレーション・プロジェクト(CfCA)が運用するスーパー・コンピューター「アテルイ」 (C)NAOJ

「ひので」とIRISが観測した磁力線の奇妙な振動の振る舞いを明らかにするため、国際研究チームのアントリンさんは、このアテルイを使ってシミュレーションを行った。そしてその結果、共鳴吸収が起き、プロミネンスが振動すると、プロミネンスが最も振れた位置で、その表面の動きが最大速度をもつ、という結果が導かれた。これは「ひので」とIRISによって観測された特徴とほぼ合致していた。

さらに、プロミネンスの上下振動と表面の運動は、乱流(無数の小さな渦)を生じさせることもわかった。乱流は波のエネルギーを熱化させる上で非常に重要な要素となる。最初に「アルヴェン波は熱化しにくい」と書いたが、たしかにアルヴェン波そのもののは熱化しにくいものの、乱流によって生じた摩擦によって熱化が起きているとすれば説明はつくという。

また、この乱流の存在が、プロミネンス表面に生じる運動領域を、IRISで観測されうるサイズにまで拡大させていることも突き止められた。

アテルイによるシミュレーションの結果。振動をはじめると、磁束管の表面が振動による動きから次第にずれた運動をするようになる。これが共鳴吸収によるもので、磁束管の振動エネルギーが磁束管の表面付近の運動エネルギーに変換され、磁束管を取り巻くような動きが生じる。 (C)NAOJ

さらに詳しく見てみると、共鳴吸収で作られた表面の運動は、磁束管表面に乱流(渦)も生み出していた。この渦が磁束管表面を大きく変形させ、元々は局所的であった共鳴吸収の影響領域を大きく広げることになるという。 (C)NAOJ

影響範囲が広がった結果、特異な運動をもつ領域がIRISの観測に捉えられるくらいになり、今回の観測結果につながったと考えられるという。またシミュレーション結果から、観測と同様の図を作ってみると、上下振動と奥行き速度の関係が再現されていることがわかったという。 (C)NAOJ

また、数値シミュレーションの結果、この運動に伴い加熱も再現されていることが示されたという。磁束管表面の乱流の形成により、微細な電流層が発生し、そこで磁場のエネルギーが熱に変わる。 (C)NAOJ

シミュレーションのまとめ。波動に伴うプロミネンスの振動が、共鳴吸収を経て磁束管表面の運動を励起する。この運動が今度は磁束管表面に乱流を形成し、その乱流の中において加熱が起こる。これは観測された現象をうまく説明しており、これが共鳴吸収によるものであると結論づけられたという。(C)NAOJ

説明はついた、けれども……

これらの結果をふまえ、研究チームは「共鳴吸収とそれに関連する現象によって、プロミネンスの加熱や特異な振動パターンなどの観測された特徴を、矛盾なく説明することができた」としている。

実は、共鳴吸収で加熱されているのではということは、もう30年前から予測されていた古い理論で、間接的な証拠もあった。そして今回の観測によって、ついに直接的な証拠が見つかったのである。

さあ、これでついに波動加熱説が確かめられ、コロナ加熱問題は見事解決――とは、しかしまた、そうは問屋が卸さないのである。

(続く)

参考

・http://hinode.nao.ac.jp/news/1508Hinode-IRIS/
・http://www.nao.ac.jp/news/science/2015/20150824-hinode.html
・http://hinode.nao.ac.jp/panf/
・http://hinode.nao.ac.jp/news/1508Hinode-IRIS/Press2015_dist_Hinode-IRISrev.pdf
・http://www.nasa.gov/feature/goddard/iris-and-hinode-stellar-research-team