地球温暖化や気候変動への対策として企業の役割が注目されるなか、脱炭素経営(GX経営)に取り組む動きが盛んになってきている。なぜ、今GX経営が求められているのか。地球の気候変動の実態とは。そして、今の状況をどう捉え、何をしていけばよいのか。

わかりやすい解説で定評のある気象予報士、株式会社 ウェザーマップ 会長 森田正光氏に話を聞いた。

  • 株式会社 ウェザーマップ 会長 森田正光氏

日常の気候にも少しずつ変化が現れている

――森田さんから見て、近年ではどのような気候の変化がありますか。

ご存知のとおり、地球全体の温暖化が進行中です。

かなり大まかに考えると、気温が1℃高くなる地点は、100km程度南になります。100年前に比べて東京の年間平均気温は約3℃上昇しているので、現在の東京は、約300km南にある鹿児島あたりにまで移動していることになりますよね。

近年、鹿児島は東京よりも桜の開花が遅くなっています。開花が遅れるのは、一定期間寒さに触れる「休眠」の時間が足りていないためと考えられていますが、こうした私たちの目に見えにくいところで気候の変化は日々起きています。

ただ、これらを日常のニュースの1つとして消化していくだけで、あまり自分ごととして捉えていない方も多いのではないでしょうか。

2021年、地球温暖化への影響を予測するモデルを開発した研究で、気象学者の真鍋淑郎博士がノーベル物理学賞を受賞しました。大気中の二酸化炭素濃度が増えると地球表面の気温上昇につながるという1960年代の発見が評価されたかたちです。

気象学の分野からノーベル物理賞が選出されたのは、これが初めてのことです。ノーベル財団がこれまで対象にならなかった分野に賞を与えたということは、地球温暖化の危機が深刻化しているというメッセージを世界に対して発信したかったのだと捉えています。

――二酸化炭素が温室効果ガスだとされているのはなぜなのでしょうか。

地球の平均温度は現在、生命維持に適した15℃程度に保たれています。しかし、仮に温室効果ガスが大気中にまったく存在しなければ、地球の平均温度は-20℃程度になると考えられています。

地球は、太陽からの熱によって温められ、そのうち一部の熱が宇宙に放出されますが、温室効果ガスは、この宇宙に放出されるはずの熱を地球に留めます。この温室効果ガスの1つが二酸化炭素というわけです。

人類の歴史のなかで、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス濃度が増加しはじめたのは、産業革命の際に石炭などの化石燃料を使うようになってからといわれています。

――温暖化によって大気中には実際にどのような影響が出ていますか。

空気は温めると膨張、冷やすと圧縮される性質があり、温度が高いと、大気中の空気の層の厚さ「層厚(そうこう・そうあつ)」が厚くなります。

たとえば、等圧面天気図における500hPa(ヘクトパスカル)の基準を見てみると、昔は上空約5700m地点だったものが、現在は約5800mにまで高くなっています。これは、地球表面の空気が温まり膨張しているということです。

日々の天気は低気圧・高気圧に支配されており、低気圧・高気圧の通過パターンは昔から変わっていません。ただ、低気圧が通過して気温が下がっても、膨張した空気のなかではすぐに温度が元に戻ってしまいます。実際に最近では、寒波が来てもすぐに温かい天気に戻るパターンが増えていますよね。

海面温度上昇によって生じるさまざまな影響

――集中豪雨などの異常気象が増えているのも、地球温暖化が関連しているのでしょうか。

こういった話は定量的に示さなければ本当かどうかわからないので注意が必要です。

たとえば、気候変動で台風が増えているというイメージを持っている方も多いかもしれません。しかし、2023年に発生した台風は16個でしたが、平年では1年間に25個程度発生しています。ですので、台風に関して言えば、数が減っているのが実情です。

ただ、台風が発生する場所は変わってきているといえるかもしれません。まだ断定できるほどのデータが蓄積されていませんが、昔の台風は、西日本を中心に上陸していたのに対して、最近は東日本のほうにずれてきています。

2016年には、岩手県 大船渡市や北海道 釧路市付近に上陸した台風がありました。台風の発生は海面温度が関連しているといわれているので、結果として進路に影響している可能性はあると思います。

――海面温度も上がっているということですね。

はい。海面温度が上昇することによる気象への影響は大きいです。

海水温の上昇につれて、大気中の水蒸気量は増加します。その結果として、雨量も多くなると考えられます。

近年、集中豪雨が増えている印象があると思いますが、実際に日本全国の1時間降水量80mm以上の年間発生回数は増加しています。

また、降水量の総和についても、かつてはなかったような値が見られるようになってきています。現状では外れ値といえますが、これがだんだんと通常になり、平均が移動していくという流れで変化は起きます。つまり、現在はまさに気候変動が起きはじめている状況といえるでしょう。

――一方、アフリカなどでは干ばつが深刻化しています。

雨が降るということは、どこかからその雨のもととなる水が来ているはずです。つまり、大雨は干ばつとセットです。

2023年8月のハワイの山火事がわかりやすい例です。この山火事は、メキシコ沖で発生し、ハワイの南を通過したハリケーンの影響を受け被害が拡大しました。

南にあるハリケーンに向かって風が吹きこむと、その反対側の山の斜面、つまりこのケースではハワイの山の北側に上昇気流が生じます。このときに北側で大雨が降りますが、その時点で大気中の水分を失うため、山を超えて斜面を吹き下りる下降気流は乾燥したものになります。

本来の干ばつは数年にわたってこうした現象が起きることにより発生していますが、ハワイの山火事ではこれがわずか数か月という短縮された期間で起きていたのです。こうした短期間に起きる干ばつは「フラッシュ干ばつ」と呼ばれています。

前述のとおり、このハリケーンはメキシコ沖で発生しましたが、その発生海域自体も珍しく、気候変動を示す事象の1つといってよいと思います。

――さまざまな現象が関係しあっているんですね。

こうした気象に関するニュースは日々報道されていますが、他のさまざまなニュースに埋もれてしまい、点と点が繋がりにくくなってしまっているように思います。

世の中は"ジグソーパズル"です。ピースの1つひとつにこだわることももちろん大切ですが、一歩引いて離れて見てみると、完全にピースが揃っていなくても全体像が見えてくるようになります。

私はみなさんにできるだけ、"ジグソーパズル"の大きな絵を見ていただくことが大切だと思っています。気象に限らず、物事を考えるときには、何をどこからどう見るか、自分のなかにさまざまな視点を持っておくことが大事です。

急速な環境変化のスピードに、人間も含めた生物の適応が追いついていない

――温暖化がどれだけその現象に影響しているのか示すことは難しそうです。

気象学では近年「イベント・アトリビューション」という考え方が注目されています。

異常気象が起きた際、人間活動による気候変動がどれだけ影響しているのか定量的に評価する試みで、気象学のなかでもっとも新しい研究分野です。

温暖化していない仮想の気候と温暖化した気候とをコンピューターでシミュレーションして比較し、どの程度差があるのかを見積もります。実際に2023年の西日本豪雨は、地球温暖化の影響が大きく寄与したと報告されています

――地球温暖化、ひいては人間活動の影響はやはりあるということですよね。

3億6000万年前〜2億8600万年前の「石炭紀」と呼ばれた時代の地層には、名前のとおり石炭が多く含まれています。

現在、地球大気中の二酸化炭素濃度は410ppm程度ですが、石炭紀のはじめにはこの10倍ほどの二酸化炭素が大気中に存在していたと考えられています。このため、石炭紀は気温も高く、巨大なシダ植物が繁栄しました。そして、大気中の二酸化炭素を大量に吸収した植物が石炭化していきました。

石炭をはじめとする化石燃料を使うということは、数千万年という膨大な時間をかけて作られた二酸化炭素のカプセルを一気に取り出しているということです。急速な勢いで石灰紀当時の環境を再現しているといえるでしょう。

――急速な環境変化のスピードに、我々人類も含めた生物の適応が追いついていないということなんですね。

そうですね。ただ、人間社会に関していえば、これまで農作物を作りにくかった土地が農産地になるなど、温暖化によってメリットを受ける人や地域もあるでしょう。結果として、利益を受けるところと受けないところの争いが生まれてしまいます。

世界は徐々に変化していくことが理想ですが、あまりに急速に変わり始めているため、社会としての対応も難しくなっています。

もちろん、そもそも地球全体で見た場合には、現在の生物の多くにとって生存に適さない場所が増えていくことになります。ですから、世界的に対応を急いでいるわけです。

「知らないうちに環境のためになる行動をしていた」という状況を作り出す

――今後の取り組みによって地球温暖化を食い止めることは可能なのでしょうか。

さまざまな学説がありますが、私の立場からは明確なことはいえません。

ただ、人間が放出した化学物質の影響で南極上空のオゾン濃度が極端に少なくなる「オゾンホール」の問題は、国際的な生産や消費の規制によって年々回復傾向にあります。

また、意外かもしれませんが、東京は今、歴史上最も空気がきれいな時代にあるといえます。江戸時代から明治はじめ、東京から富士山が見えたのは年間約70〜80日だったと推定されています。これが、高度経済成長期に入ると、光化学スモッグなどの大気汚染によって30〜40日程度にまで減少します。しかし、大気汚染の対策が行われたうえ、コンクリートやアスファルトで地面が固められ土埃が飛ばなくなった今、東京から富士山が見える日は100日を優に超えます。

もちろん二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度は増えて、気温は上昇しているわけですが、大気汚染という観点では、だいぶ改善されているわけです。

大切なのは、印象や切り取られた情報から議論するのではなく、大局的な観点も併せ持つこと。歴史も踏まえつつ、さまざまな視点から定量的にあらゆる現象を捉えていくことが必要ではないでしょうか。

――企業としてはどのような取り組みが求められるでしょうか。

人々が自然とよりよい選択を取れるようにする「ナッジ理論」という行動経済学の考え方が近年注目されています。

環境問題においても、人々に行動を強制するのではなく、人々が知らないうちに自然と環境によい行動をしてもらえるような状況を作り出すことが重要だと思っています。

企業としては今、その具体策を研究・実行していく姿勢を持つことが求められているのではないでしょうか。