大手テックベンダーが生成AIに関する取り組みや新サービスの発表を相次ぐ中、長く沈黙を守ってきたAppleが同社の生成AIである「Apple Intelligence」を発表した。Google Geminiと競合するサービスではないが、AppleはApple IntelligenceのサポートとしてChatGPTを採用したことを発表しており、Geminiユーザーとしては気になる動きを見せている。今後Apple IntelligenceでGeminiが使われる可能性があるのか、そのあたりを取り上げる。
連載「Google Geminiの活用方法」のこれまでの回はこちらを参照。
大手テックベンダーでありながら、生成AIについて沈黙してきたApple
執筆時点で汎用的に使用できる生成AIチャットサービスはいくつか存在している。そんな中でも無償で使用することができ、日本語に対応していて、かつ、それなりに第一線の性能を提供しているものは限られている。条件を満たしている汎用生成AIチャットサービスは今のところ次の3つと言えるだろう。
- OpenAI ChatGPT
- Microsoft Copilot
- Google Gemini
上記以外の大手テックベンダーも生成AIに対する取り組みを実施し、相次いでサービスの発表を行っている。こうした動向の中、大手テックベンダーのひとつであるAppleは沈黙を守り続けてきた。そのAppleが先日、同社の生成AIに関する取り組みを発表した。
Appleが「Apple Intelligence」を発表
Appleは2024年6月10日、iPhone、iPad、Macに新しいパーソナルインテリジェンスシステム「Apple Intelligence」を導入すると発表した。iOS 18、iPadOS 18、macOS Sequoiaから提供される機能で、2024年秋以降の提供開始が予定されている(参考「iPhone、iPad、MacにApple Intelligenceが登場 - Apple (日本)」)。
Appleで最高経営責任者(CEO:Chief Executive Officer)を務めるTim Cook氏は次のように述べている。
私たちは、Appleのイノベーションに新たな章が加わることを大変嬉しく思っています。Apple Intelligenceによって、ユーザーがApple製品でできること、そしてApple製品がユーザーのためにできることが生まれ変わります。Apple独自のアプローチは、生成AIとユーザーの個人的な背景を組み合わせ、真に有用なインテリジェンスを提供します。また、Apple Intelligenceは完全にプライバシーとセキュリティが保護された方法で情報にアクセスでき、ユーザーが自分にとって最も大切なことを行うのを支援します。これはAppleだけが提供できるAIであり、実際にどんなことができるのかをユーザーに体験してもらう日が待ち切れません。
Appleは発表の中で、Apple Intelligenceが同社の製品やサービスのさまざまな機能を拡張することになると説明している。実際にどの程度使い物になるかは実際に製品を使ってみないと分からないが、これまで沈黙を守ってきたAppleがひとつの回答を示したことではある。
チャットサービスだけではない生成AI
汎用生成AIチャットサービスは人間のように会話を理解し、その膨大な量の学習データから質問に回答してくれるシステムだ。備えているデータ量はひとりの人間が記憶できる量を遥かに凌駕しており、人間にとって強力なツールとなっている。
この生成AIがもたらす機能は会話だけではない。文章の理解や書き直し、要約生成、新規文章の提案、コンテンツ理解と優先順位の振り分け、画像の自動生成、既存の画像の再構築、画像のスマート編集、手書き文字の認識、音声の認識や生成、動画の認識や生成、ソースコードの生成など、応用範囲は多岐に渡っている。
現に、Microsoft Copilotを提供しているMicrosoftは同社の生成AI機能をチャットサービスのみならず、Microsoft 365をはじめさまざまな同社の製品やサービスに統合し、多種多様な機能の提供に取り組んでいる。生成AIは既存の製品やサービスに新しいインテリジェントな機能を追加する要となる技術であり、価値の引き上げを実現するものとなっている。
これはGoogleにとっても同様だ。GoogleはGoogle Geminiをチャットサービスとして提供しているだけではなく、この技術を同社のGoogle Workspaceに統合するなどして機能の強化に取り組んでいる。生成AIは既存のソフトウエア技術では実現することが難しかったことを実現できる技術であり、その応用範囲は限りなく広い。
Apple IntelligenceはAppleプロダクトのために
次の3つの生成AIはユーザーが汎用的に利用することができる。
- OpenAI ChatGPT
- Microsoft Copilot
- Google Gemini
今回Appleが発表した「Apple Intelligence」はこれら汎用的な生成AIチャットサービスとは異なる。ユーザーが自由に使えるようなものではなく、あくまでもAppleの提供するiPhoneやiPad、Macに統合された機能であり、それぞれの機能を拡張するものと位置付けられている。
つまり、Webブラウザからチャットを行うことができる上記3つのサービスと比較して、Apple Intelligenceを使うにはこの機能に対応したハードウエア(iPhone、iPad、Mac など)を持っているというのが大前提だ。大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)としての規模も上記サービスで使われているモデルと比べるとかなり小さい。そもそも、クラウドを経由して使うといったタイプのサービスではなく、デバイスの中で処理が完結する仕組みになっているためコンパクトな設計だ。既存の汎用生成AIチャットサービスとは趣向が異なるものであることを認識しておく必要があるだろう。
登場は今秋、日本での利用は2025年以降
Appleは2024年秋に提供する予定の「iOS 18」「iPadOS 18」「macOS Sequoia」の一部としてApple Intelligenceの提供を予定している。当初の予定はベータという位置付けであり、かつ、英語(米国)での利用のみが予定されている。
さらに、提供が予定されているハードウエアは次のようになっている。
- iPhone 15 Pro Max
- iPhone 15 Pro
- M1以降を搭載したiPad
- M1以降を搭載したMac
日本語での提供に関しての具体的なタイムラインは明示されていないが、これまでの動向を加味すると2025年に提供が行われる可能性が高いものとみられる。
これら条件を加味すると、日本のユーザーがApple Intelligenceを使うには少なくともあと1年は待つ必要がある上に、当初は利用できるユーザー数はそれほど多くないことが予測される。数年経ってiPhoneのリプレースが進むことで利用できるユーザーが増えていくことが予測されるが、少なくとも現時点ではApple IntelligenceはGeminiはChatGPT、Copilotのような汎用生成AIチャットサービスに代わるものではないということが分かる。
ChatGPTと連動するApple Intelligence
Apple Intelligenceの機能は対象となるハードウエアの中で完結するように設計されていることから、ChatGPTやGemini、Copilotといった汎用生成AIチャットサービスであれば回答できるようなユーザーの要求に答えることができないケースも多いと予測される。
Appleはこうしたケースに対応する機能としてApple IntelligenceにおけるChatGPTの統合を挙げている。
ユーザーがアクセスを許可する必要があるが、ユーザーが許可さえすればApple IntelligenceはChatGPTにアクセスして処理を行ってくれる。すでにChatGPTで有償版契約を行っている場合などはそのアカウントも使うことができるとされており、ChatGPTの高度な機能が利用可能になるという。
GeminiとApple Intelligenceの可能性
AppleがApple IntelligenceにChatGPTを統合しGeminiを採用しなかった理由を知る術はない。Appleが選択しなかったのか、Googleが契約を断ったのか、どのような経緯があったのかは分からない。現時点で明らかなのは、Apple IntelligenceにGeminiは統合されていないということだ。
しかし、これは近い将来覆る可能性がある。複数のメディアが報じているが、例えば「Craig Federighi says Apple hopes to add Google Gemini and other AI models to iOS 18 - 9to5Mac」は、AppleのCraig Federighi氏がGoogle Geminiといった異なるモデルとの統合も視野に入れていると発言したことを伝えている。
Craig Federighi氏は発言の中で今すぐに発表できることは何もないと説明しているため、具体的な話が進んでいるわけではない可能性がある。しかしながら、AppleとしてGeminiを統合することに対して特に制限を設けているわけではないニュアンスが出ており、今後iPhoneやMacにGeminiが統合される可能性も存在していることが分かる。
汎用的に使用できる生成AIとしてOpenAIのChatGPTはひとつ抜きん出た存在感を示している。Appleが同社の最初の大きな生成AIの発表となる「Apple Intelligence」にChatGPTを統合してきたのは当然の選択肢だったのかもしれない。しかしGoogleもGeminiの改善に取り組んでおり、性能の向上は実現している。Apple Intelligenceが広く利用できるようになるまでまだかなり時間がかかるが、その先にはGeminiとの統合がある可能性が存在していることは覚えておきたい。