高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第6回は、オープンソースソリューションプロバイダーであるレッドハットの代表取締役社長を務める三浦美穂氏。三浦氏はマッチングアプリで出会った男女の人間ドラマと、現代のリアルな価値観を描くミステリーチックな辻村深月氏の恋愛小説『傲慢と善良』(朝日新聞出版)を選んだ。
ジェーン・オースティンの小説『Pride and Prejudice(高慢と偏見)』に着想を得たという同書は、アプリで出会った男女の婚約とすれ違いや嘘を通じて、人間が持つ傲慢と善良の両面を描く。単なる恋愛小説には収まらない人間模様が魅力的なストーリーを生み出している。
読書はお風呂でのリラックスタイムに
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
三浦氏:普段はお風呂で本を読みます。私はもともとお風呂が好きで、良い香りの入浴剤やバスソルトを入れて半身浴を楽しんでいます。
どれだけ夜が遅くなっても週に5日くらいは浴槽でお風呂に入るようにしているのですが、そのタイミングで30分~1時間ほど本を読むようにしています。
特にきっかけやこだわりがあったわけではないのですが、お風呂の中はゆっくりとリラックスできるので、読書をする時間に当てるようになりました。仕事とは関係なくリラックスする時間にしたいので、ビジネスやテクノロジーに関連する本よりも話題の小説などを読んでいます。
--読む本はどのように決めているのですか
三浦氏:会社帰りに本屋さんに寄って、平置きの本や話題になっている人気の本を買っています。月に5冊くらいのペースで読むでしょうか。本屋さんで本を買うと紙のブックカバーを付けてくれるのですが、お風呂で読むので湿気でしわしわになってしまいます(笑)
特に、東野圭吾のミステリー作品や、『蜜蜂と遠雷』を書いた恩田陸の本が好きです。恩田さんの小説は表現が美しく、最近ではバレエダンサーがモチーフの『spring』を読みました。反対に、ちょっと難しい歴史小説はあまり読みません。
誰もが持つ"傲慢と善良"の多面性が印象的
--『傲慢と善良』を読んだきっかけを教えてください
三浦氏:この本もいつもと同じように、本屋さんで人気作品として紹介されていたのがきっかけです。『傲慢と善良』というタイトルが気になったので買ってみました。
--作中で特に気になったエピソードはありますか
三浦氏:この本は全体を通して、「自分が持っている常識は狭い範囲のもので、他人と必ずしも共有できるわけではない」ことが描かれています。それにすごく共感できました。「こういうことあるよね」と実感しながら読み進めました。
作中では婚約した男性と女性が結婚するまでのすれ違いや理解し合う過程が描かれています。その周囲の友人や家族を含めて、価値観の違いやギャップが詳細に表現されています。
その中のエピソードで、男性の西澤架が女性の坂庭真実の実家に行って母親と話す場面があります。お母様としては、真実が地元では有名な名門女子高(香和女子高校)を卒業したことを誇りに思っていて、「架君は真実が香和女子高校の卒業生だから気に入ってくれたのよね」と問いかけます。しかし、架は香和女子高校を知りません。
真実の母親は地元の常識が世界の全てだと思っていて、その他の世界との価値観の違いやギャップに気付いていません。こういったエピソードが一冊を通してさまざまな場面で描写されており、とても印象に残っています。
自分が持っている価値観は自身で思っているほど普遍的なものではなく、相手の価値観に合わせて見方を変えたり理解し直したりする必要があると、この本を読んで感じました。
この本はタイトルが『傲慢と善良』で、真実はすごく善良で素朴で控えめな女性として描写されています。ところが、交際後もなかなか結婚を切り出さない架に対し、「ストーカーに付きまとわれている」と嘘をつくんです。真実はそれをきっかけに結婚を考えてもらおうと考えたんですね。真実は作中を通して善良な女性に描かれていますが、なかなか傲慢な一面もあることが分かります。
一般的に表に見えている印象だけでなく、本人の中に持っている本心や、良いところも悪いところも含めて人間は多面的であるという表現が、おもしろいなと思います。
価値観の違いを知ることはビジネスにも有用
--この本を読んで、ビジネスに生かせるポイントはありますか
三浦氏:ビジネスでお客様にサービスを提案する際は、分かりやすい言葉を使うようにこれまでも心掛けてきました。この本を読んでより一層、相手の話を聞いて相手の価値観を一生懸命に考えてから提案活動をしなければならないと感じました。
最近では、部下やチームのメンバーにも「せっかくお客様にミーティングの時間をいただいたのだから、自分が話すよりも相手の話を聞くように」と伝えています。
--三浦社長の考え方に影響はありましたか
三浦氏:私には娘がいるのですが、娘とも価値観が違う場面があります。最近は男性でもお化粧や脱毛をされる方がいらっしゃいますが、私が「さすがにやりすぎじゃない?」と聞くと、娘はそれを「そういう時代だよ」と言っていました。やはり家族であっても年代が違うと、価値観が違うようです。
この男性のお化粧はあくまで一例ですが、異なる価値観に共感はできなくても理解するようにしないとな、と思っています。
『傲慢と善良』は人間の多様で多面的な価値観を描写していますので、他の読者もこういった日常の中で見つかるギャップに共感してくださる方は多いのではないでしょうか。