高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第15回に登場いただくのは、クラウド事業やCDN(Content Delivery Network)事業を手掛けるアカマイ・テクノロジーズ(以下、アカマイ)の職務執行者社長である日隈寛和氏。同氏はアメリカの医学博士・心理学者であるスペンサー・ジョンソン氏の童話『チーズはどこへ消えた?(原題:Who Moved My Cheese?)』(Vermilion)を選んだ。
この話に登場するのは、迷路のような世界に住む2人の小人(ヘム、ホー)と2匹のネズミ(スニッフ、スカリー)。彼らは迷路の中で、チーズが置いてある「チーズステーションC」を発見したのだが、ある日突然、チーズステーションCからチーズが消えてしまう。その後の2人と2匹の行動から、変化に直面した際の行動について考える、というテーマだ。
同書の「変化が起きたとき先のことを恐れずに行動したものがチャンスを得る」というメッセージ性から、短い童話でありながらビジネス書としても有名だ。
ITから趣味のゴルフ・車まで幅広く読書でリサーチ
--普段の読書の様子について教えてください
日隈氏:日常の中で疑問に思ったことを本で調べたい性格なので、さまざまなジャンルの本を読みます。例えば技術書であれば、ネットワークの仕組みや、TCP/IPプロトコル、半導体製造プロセスなどの本を読みました。
また、私は趣味でゴルフをプレーするのですが、実はゴルフは本から我流で学びました。好きなコーチがいるので、その人の解説をよく読みます。
最近は、技術書やゴルフの解説は電子書籍で読むことが多く、まずはサンプルのページを確認して、自分の知りたい内容やレベルに合っているかを確認します。難しすぎず、優しすぎず、ちょうどいい本を探すようにしています。
電子書籍であればゴルフの練習場にも持ち運びやすいので、「こういうとき、どう打つんだっけ」と気になったら、すぐに読み返すことができます。
他にも、『オーイ!とんぼ』(ゴルフダイジェスト)、『頭文字D』(講談社)、『MFゴースト』(同)、『昴と彗星』(同)など、漫画も多く読みます。漫画も最近は電子書籍で読んでいます。
以前は紙の本もたくさん持っていたのですが、断捨離も兼ねて処分してしまったので、それ以降はなるべく電子書籍で集めるようになりました。
本でも映画でも同様なのですが、私は気に入っている話を何度も見返すことが好きです。例えば、トム・クルーズが主演を務めた映画『トップガン』は、画を見ればどの場面かわかるくらい何度も見ました。
セールスの転換点で出会った大切な一冊
--『チーズはどこへ消えた?』を読もうと思ったきっかけを教えてください
日隈氏:最初に読んだのは2003年で、今でもはっきりと覚えています。当時、私はアルテラ(Altera)という半導体の会社に勤めていました。以前のアルテラはプロダクトアウト戦略を基本としており、少しでも速くて安い半導体を製造して売っていました。
しかし2003年ころに転換期を迎え、お客様の課題を解決するソリューションセリングへと舵を切ることになります。そのとき、ボストン出身のジョージ・パパという上司がセールスのトップを務めており、1年間をかけてソリューションセリングの会社に変革するためのトレーニングを始めました。その研修の最初の宿題として課題図書になったのが、『チーズはどこへ消えた?』です。
私は当時アルテラ日本法人の社長をしており、オフィスに課題図書が送られてきました。「このチーズの本が、ソリューションセリングとどう関係あるんだろう?」と疑問に思ったことを覚えています。
--課題図書として読んで、いかがでしたか
日隈氏:100ページにも満たない薄い本なので、1時間ほどですぐに読み終わりました。読み終えて、最初はシンプルに「おもしろいな」と感じました。
あらすじとしては、迷路のような世界に住む2人の小人と2匹のネズミが、チーズがたくさん置いてある「チーズステーションC」を発見するのですが、ある日突然、チーズステーションCからチーズが消えてしまいます。その後に小人とネズミがそれぞれどのような行動を取るのかが問題です。
この物語は、変化が起きたときにどう動くべきかを表現していると思います。2匹のネズミはチーズがなくなるとすぐに迷路に飛び出して、新しいチーズステーションを探しますが、2人の小人はなかなか一歩を踏み出せません。やがて、1人の小人は恐れながらも迷路に踏み出しますが、もう1人はその場にとどまり続けます。
このストーリーから、変化を受け入れて、変化に対応して行動することの大切さが学べます。ですので、従来のアルテラの売り方から大きな変革を進めるタイミングで、この本を読むという課題が出されたのでしょう。
研修のトレーニングを通じて、「変化に対応しなければいけない」と口で言うのは簡単ですが、実際に行動に移すとなるとギャップがあったように感じます。アルテラの社員も物語中の小人とネズミのように、ソリューションセリングの売り方を受け入れた人と、なかなか受け入れられなかった人に分かれました。
--印象に残っているエピソードや内容はありますか
日隈氏:チーズステーションCからチーズがなくなったときに、2匹のネズミはすぐに次のチーズを探して迷路の中に飛び出します。しかし2人の小人は「チーズはいつか戻ってくる」と信じて、その場にとどまってしまいます。
やがてしびれを切らした小人ホーは勇気を振り絞って迷路の中に進みます。この場面が好きですね。やはり最終的には勇気を出して、変化を受け入れて、行動を起こさなければいけないと強く感じます。勇気の大切さは、人生のどんな場面にも通じますよね。
転職・転居など大きな変化を受け入れるマインドが人生の軸に
--この本を読んで、ビジネスに影響はありましたか
日隈氏:影響は大いにあると感じます。私が入社した当時のアルテラはグローバルで社員が200人程度だったのですが、それから20年ほどして3000~4000人規模まで増えました。
その間ずっと半導体業界にいたのですが、次に日本マイクロソフトへ執行役員として転職しました。当時のマイクロソフトは日本だけで3000人ほどの社員がいて、業界も規模もアルテラとは異なるので大きな決断でしたが、この変化を受け入れて前向きに努力できたと思います。
4年半ほど前にアカマイに来たときも同じです。アカマイは社歴の長い社員が多く、「アカマイウェイ」という独自の文化があります。1万人ほどの社員がいるのですが、スタートアップのような雰囲気が残っています。
例えば、会社組織の階層はもちろん分かれていますが、「何か問題が起こったら上司ではなくCEOのトム・レイトンに直接相談してみたらいいじゃん」といった雰囲気があります。それが許される文化があるくらい、定型化されたフローやプロセスには縛られていません。
私がこれまでに働いていた企業はかしこまった文化が強かったので、アカマイで他の人と意見がぶつかる場面があると、以前はストレスに感じていました。ところが、「相手の意見も受け入れてみたらいいじゃん」と思うことで、多様な考えを受け入れられるようになりました。
アルテラの時代からさまざまな変化に対応してきましたが、アカマイに来てから以前よりもさらに変化を受け入れられるマインドが整ったような気がします。
最近でも、何か変化に直面している社員がいたら、この本を渡すようにしています。これまで10数人には配ったでしょうか。
振り返ってみると、私は子どものころから転居が多く、変化の多い人生だったと思います。海外でも長く生活していましたし、日本に来てからも転職や転居がありました。最近でも生活の中でいくつか大きな変化を迎えています。
こうした人生の変化に対して、私の中の変化を受け入れるための基本的な軸を形成しているのは『チーズはどこへ消えた?』だと思います。


