ソフトバンクは2026年3月7日、全国の森林保全や植林等を支援する「NatureBank」の取り組みの一環として、徳島県でデジタル技術を活用した植林イベントを実施。衛星通信の「Starlink」や、高精度の測位サービス「Ichimill」など活用を活用して植林を効率よく進める様子が披露されましたが、通信環境を常設できない山林で快適な通信環境を提供するための工夫とは、どのようなものなのでしょうか。→「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の過去回はこちらを参照。

なぜ林業に通信が必要とされているのか

コロナ禍を経て以降、さまざまな事業分野でのデジタル化が進められていますが、さまざまな要因からデジタル化を進めにくい分野も存在します。林業などもある意味、デジタル化に関する技術を導入しづらい分野の1つといえるでしょう。

その林業のデジタル化に向けた取り組みを進めている企業の1つがソフトバンクです。同社は以前より、通信やIT、ロボティクスなどの技術を用いて“林業のデジタル化”を進める取り組みを実施。

2022年にも森林研究・整備機構の森林総合研究所と、自営網のsXGPなどを用いたスマート林業や、四足電動ロボットによる荷物の運搬などの実証実験を実施しています。

一方でソフトバンクは、2025年7月30日から全国47道府県市の森林保全を支援する「日本森林再生応援プロジェクト」、そして消費者のエコ行動を可視化・促進する消費者参加型の植林貢献プログラム「NatureBank」を開始。労働人口の不足などにより、植林や間伐などが十分になされていない現状の課題を解決する取り組みも進めています。

そのNatureBankの取り組みの1つとして、ソフトバンクは徳島県と2026年3月7日に、徳島県那賀町の水崎県有林で、デジタル技術を活用した植樹イベントを実施し、企業版ふるさと納税制度を通じて徳島県に寄付しました。同県ではそれを活用して林業を活性化するべく、県有林の整備やスマート林業技術の導入などを進めています。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第33回

    ソフトバンクと徳島県は2026年3月7日、「NatureBank」の取り組みの一環として植樹イベントを実施。携帯電話の電波が届かない山林内で、ネットワークとデジタル技術を活用しての植林が実施された

しかし、林業のデジタル化を進めるうえでは、その前提となる通信環境が存在しないことが大きな課題となります。今回のイベント会場も携帯電話会社の電波がほぼ入らない山中にあり、そのままの状態では通信することができません。

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    会場は山中にあり、周囲には民家もなく車も通ることができない場所だけに、携帯電話のネットワークも整備されていない

そして通信ができなければ、山林内で事故が発生した時に緊急機関への通報ができず、山を下りて連絡する必要があるため命の危険にも影響してしまいます。そのほかにも現在では、通信ができないことが多くの問題を抱えることにもつながっており、中でも代表的な要素として挙げられるのが雇用への影響です。

なぜなら通信ができなければ、休憩時間にスマートフォンでSNSなどを利用することもできません。それゆえスマートフォンが生活の一部となっている若い人たちが、そのことを嫌って林業に集まらないという課題も抱えているのだそうです。

そこで林業のデジタル化を進めるには通信環境を整備することが大前提となりますが、衛星通信でも高速大容量通信が可能な「Starlink」の登場でその環境は大きく変化したとのこと。

ただStarlinkの設備を持っていても、それを動かすには電源が必要ですし、常時設置しておく訳にもいかないので、林業従事者が簡単に設置し、片付けられる仕組みでなければ使ってもらえません。

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    山林でのネットワーク構築に役立つのは、高速大容量通信が可能な衛星通信の「Starlink」だが、実際に山林で活用するには多くの課題があるという

加えて、木は多くの水分を含むのでWi-Fiの電波を遮ってしまい、Starlink標準の設備では電波の到達距離がおよそ20mと、非常に限られた範囲しかカバーすることができません。林業は広いエリアで作業をする必要があるだけに、それだけの場所で通信を活用するには、より強い電波を射出する必要もある訳です。

「SatPack」と「植林ナビ」で植林をデジタル化

そこでソフトバンクは、これら問題を解決してStarlinkを山林内で活用できるよう「SatPack」を開発しています。

これはStarlinkの設備に加え、ポータブル電源や電気ボックス、長距離の通信が可能なWi-Fiのアクセスポイント、そしてポールなどをセットにしたもの。必要な機材をまとめて収納し、コンパクトカーにも積載できるのに加え、工事不要で最短10分での設営が可能だといいます。

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    今回の会場で使用された「SatPack」。Starlinkの設備に加え、電源やWi-Fiのアクセスポイント、ポールなどをセットにして持ち運びやすくし、通信に詳しくない林業従事者でも設営しやすいのがポイントとなる

ポータブル電源のバッテリ容量で約10時間連続稼働することから、林業の実働時間内であれば十分通信が可能。しかも専用のアクセスポイントを用いることで、見通しが良い場所であれば約300mは電波が届くことから、より広範囲での通信が可能となります。

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    Starlink標準のものではなく、より高度なWi-Fiのアクセスポイントを用いることにより、見通しのよい場所であれば約300mは電波が届くようになる

今回のイベントでは、SatPackを活用し「植林ナビ」というアプリによる植林のデジタル化も打ち出していました。実は現在の林業において、木を伐採する部分では機械化が進んでいる一方、伐採後の植林は機械化があまり進んでおらず、人の手によるアナログな作業が多いため生産性向上が進んでいないのだそうです。

そこでソフトバンクは、GPSなどのGNSS(全球測位衛星システム)から受信した信号を利用し、RTK(Real Time Kinematic)測位をすることで誤差数cmの測位を可能にする「ichimill」を用い、正確な植林計画に基づいた効率的な植林ができるようにする「植林ナビ」というアプリを提供。

これを用いることで、アプリ上の地図から植林が必要な位置をリアルタイムで正確に確認し、その場所に電動オーガ(掘削ドリル)で穴を掘ることで、植林の正確性と作業効率を大幅に高められるといいます。

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    植林に用いる電動オーガに設置された「植林ナビ」。専用のアンテナで受信した情報をBluetooth経由でスマートフォンに送り、アプリの画面上で植林する正確な位置を確認できる仕組みだ

その測位をするには通信環境が必須なので、通信環境がないエリアで植林ナビを導入するには、SatPackが不可欠となるようです。ですがSatPackで山林内に通信環境を整備しやすくなったことで、今後植林ナビだけでなくさまざまなデジタル技術を活用した林業の効率化ソリューションを導入できる可能性が出てきたことは、大きな意味を持つでしょう。

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    実際に植林をしている所。急な斜面で木の根などもあり、場所を確認しながら手作業で計画的に植林するのは手間がかかる場所だが、植林ナビと電動オーガでスムーズに進めることができていた

ただソフトバンクではSatPacをWi-Fiにとどめるのではなく、さらにセルラーの技術を導入し、データ通信だけでなく音声通話も可能になるサービス提供も考えているとのこと。

具体的には、屋内向けとして活用している小型の基地局「BizCell」を、Wi-Fiのアクセスポイントの代わりに設置してソフトバンクの通信エリアにすることを検討しているそうです。

セルラーの技術を用いればWi-Fiよりもさらに遠くまで電波が届き、実証実験では約650m離れた場所から音声通話やデータ通信が利用できたといいます。当初は4Gから対応を進めていく考えのようですが、その実現に向けた大きな壁となるのは技術面ではなく法制面のようです。

というのも誰でも使える周波数帯を用いるWi-Fiとは異なり、携帯電話基地局は免許が必要な周波数帯の電波を用いるため法制面での課題が多く、現状では専用の従事者が、決められた場所に設置しなければ違反となってしまいます。

それゆえ、実現には法制面での規制緩和が不可欠だといいますが、その実現によって林業を取り巻く通信環境はさらに大きく変わると考えられるだけに、規制緩和に向けた取り組みの加速を期待したい所です。