楽天モバイルは2025年4月23日、出資する米AST SpaceMobileの低軌道衛星とスマートフォンとが直接通信し、ビデオ通話をすることに国内で初めて成功したと発表しました。低軌道衛星を用いた通信では米Space Exploration Technologies(スペースX)の「Starlink」が先行していますが、AST SpaceMobileの低軌道衛星はStarlinkとどのような違いがあり、それによって楽天モバイルはどのようなサービスを実現しようとしているのでしょうか。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。
「au Starlink Direct」への対抗策を打ち出す楽天モバイル
スペースXが多数の低軌道衛星を打ち上げることに成功し、Starlinkを活用した通信サービスを実用化して以降、低軌道衛星を用いた通信サービスに対する関心が急速に高まっています。
そのサービスをけん引しているのはもちろんスペースXであり、同社は日本でも、新たに低軌道衛星とスマートフォンを直接接続するサービスの提供を推し進めています。実際、スペースXと提携関係にあるKDDIは、2025年4月10日に衛星・スマートフォンを直接接続する通信サービス「au Starlink Direct」を提供開始しています。
これはKDDIのメインブランド「au」のユーザーだけが利用できるサービスで、衛星を通じてテキストによるメッセージをやり取りしたり、テキストメッセージアプリを通じてグーグルの「Gemini」と対話したりできたりします。
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KDDIは2025年4月10日より、スペースXの低軌道衛星「Starlink」とスマートフォンとで直接通信ができる「au Starlink Direct」の提供を開始。圏外の場所であっても、衛星経由でテキストメッセージのやり取りなどができる
利用するにはKDDIのモバイル回線が圏外の状態であり、なおかつ空が見えて衛星と通信できる場所を確保する必要があるなどの条件を満たす必要があるのですが、地上の電波が届かない山や海上、そして地上の基地局が利用できなくなる大規模災害時などで大いに役立つサービスとなることは間違いないでしょう。
しかし、国内で衛星とスマートフォンの直接通信によるサービス提供を目指しているのはKDDIだけではなく、この分野により早くからチャレンジを表明しているのが楽天モバイルです。
同社の親会社となる楽天グループは2020年に現在のAST SpaceMobileと提携・出資しており、以後両社で衛星とスマートフォンの直接通信によるサービス提供を目指してきました。
そのAST SpaceMobileは2022年に試験用の衛星「BlueWalker3」の打ち上げに成功。2023年には米国で衛星とスマートフォンとの直接通信によるいくつかの試験を成功させており、2024年には商用サービス提供に向けた低軌道衛星「BlueBird」の打ち上げを進めてきました。
そして2025年4月23日、楽天モバイルは日本国内で、そのBlueBirdと地上のスマートフォンとの直接通信によるビデオ通話試験に成功したと発表。
それを受けて楽天モバイルは、衛星・スマートフォンの直接通信によるサービスを2026年第4四半期(10~12月)に提供する予定であることを打ち出すなど、衛星通信サービスの本格提供に大きく前進したことをアピールしています。
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楽天モバイルは2025年4月23日に、AST SpaceMobileの衛星とスマートフォンの直接通信によるビデオ通話の試験に、国内で初めて成功したことを発表。商用サービスに向け大きく前進したことをアピールしている
高出力のため構成をシンプルにし、衛星を大型化
ただ、今後順調に準備が進み、サービスを提供できるようになったとしても、楽天モバイルが衛星通信によるサービスを提供する時期はau Starlink Directからおよそ1年半は遅れることになります。
しかし、それだけの遅れがあってもなお、楽天モバイルはAST SpaceMobileとのサービス提供に強い自信を示しているようです。
その理由は、サービス提供開始当初より大容量通信を実現できることにあります。先にも触れたように、au Starlink Directで当初提供されるのは基本的に、通信量が少ないテキストによるメッセージのやり取りのみで、2025年夏以降にはデータ通信にも対応するとしていますが、どの程度の速度、容量で通信ができるのか現時点では分かっていません。
一方、AST SpaceMobileでは試験段階からビデオ通話を実現しており、当初からより大容量の通信を実現していることが分かります。なぜかといいますと、それは使用する衛星自体に違いがあるからです。
楽天モバイルは、BlueBirdのサイズが64.4平方メートルと、競合の衛星と比べ10倍近い大きさだとしています。さらに今後打ち上げが予定されている衛星は223平方メートルと、一層の大型化を進める予定だとしています。
衛星のサイズが大きいことのメリットは、その分アンテナのサイズが大きくなり、電波の出力を上げられることです。地上のスマートフォンは非常にサイズが小さく、電波の出力も弱いことから、およそ700kmの低軌道とはいえ、スマートフォンと距離が離れた衛星と通信をするには高い電波の出力が求められます。
それだけに、よりサイズが大きく出力が大きいBlueBirdを持つAST SpaceMobileは、それだけ地上のスマートフォンと通信がしやすく、衛星の数が少なくても高速通信を実現しやすい訳です。
そこで楽天モバイルは、au Starlink Directのように衛星通信ができるモードに切り替わるのを待つ必要なく、地上の基地局からの電波が入らなくなったらすぐ衛星からの通信に切り替え、シームレスに通信を維持できる仕組みを実現する予定だとしています。
なぜ、AST SpaceMobileがそれだけ大きいサイズの衛星を用意できたのかといいますと、1つはアンテナ部分を折り畳んだ状態で打ち上げた後、展開して大きなサイズを実現するという独自の技術を持っていること。そしてもう1つは、衛星自体の機能がシンプルだからです。
実はStarlinkを構成する衛星は地上との通信だけでなく、衛星同士で通信するなど、さまざまな機能を備えています。
他方、BlueBirdなどはそうした複雑な機能がなく、地上のゲートウェイ地球局から電波を受け、それをスマートフォン用の電波に変換して送り、通信することに特化したシンプルな構造であることから、衛星のサイズを大きく、また軽くできるのだそうです。
とはいえ、AST SpaceMobileはスペースXのように、ロケットを打ち上げる技術は持っていないことから、BlueBirdの打ち上げにはそれなりの時間を要するのも確か。楽天モバイルがサービス提供開始時期を1年半後に設定しているのも、地上を十分カバーできるだけの衛星が打ちあがるのを待っているからでしょう。
一方でロケット打ち上げ技術を持つスペースXは、その間にStarlinkの衛星数を増やし、“量”によって通信量を増やし、高速大容量通信を実現することが予想されます。
楽天モバイルが実際に提供するサービスの内容はまだ分かりませんが、2026年末頃に楽天モバイルがどのようなサービスを提供し、au Starlink Directがどこまでそれをキャッチアップできているのかは、大いに関心を呼ぶ所でしょう。