5Gのけん引役として期待されていた、企業向けソリューションへの活用が進まない一方、モバイル通信のビジネス活用で活況を呈しているのが、旧世代の4Gを用いたIoT向け通信サービスです。企業はなぜ、最先端の5Gではなく古い4Gに熱視線を送っているのでしょうか。
活況呈するIoT向けモバイル通信、顧客の奪い合いも
企業がビジネスで活用するモバイル通信といえば、業務用の携帯電話やタブレットなどが主でした。ですが現在はその形も大きく変わってきており、機械にモバイル通信が導入されるケースが増えています。
自動車をネットワークに接続し、管理や保険などに役立てるテレマティクスや、電気・ガスのデータを定期送信するスマートメーターなどがその代表例といえますが、最近では他にも非常に多くの機器にモバイル通信が搭載され、あらゆるモノにインターネットがつながるIoT(Internet of Things)の実現に貢献しているようです。
それゆえ、IoT機器向けのモバイル通信サービスは、企業からの引き合いも多く利用が急速に伸びていることから、力を入れる企業が増えています。
実際、IoT向けモバイル通信サービスを手がける、KDDIのグループ企業であるソラコムは、2023年に契約数を600万に拡大するなど急成長を遂げ、2024年3月26日には東京証券取引所グロース市場への上場を果たしています。
また、NTTドコモ傘下で法人事業を担う、NTTコミュニケーションズ 代表取締役社長 社長執行役員の小島克重氏は、2024年10月10日に実施された「docomo business Forum'24」で、今後の注力分野として特に期待しているのがIoT向け通信だと話していました。
同社は2021年にNTTドコモと経営統合しており、NTTドコモのネットワークを活用できるようになったことを受け、この分野への注力を推し進めているようです。
一方で各社の顧客争奪戦も激しさを増しているようで、そのことを示しているのが、ポケトークが2024年10月に販売を開始した新機種「ポケトークS2」です。
ポケトークはモバイル回線を通じて話した言葉などを他の言語に翻訳してくれる自動翻訳機で、従来機種ではその通信用回線として、親会社のソースネクストも出資しているソラコムの通信サービスを使用していました。
しかし、ポケトークはポケトークS2でソラコムの競合となるドイツの1NCEという会社の通信サービスを採用しています。実は1NCEはソフトバンクが出資しており、2022年にソフトバンクが日本を含むアジア19の国・地域で独占的に1NCEのサービスを独占的に取り扱うことに合意しています。
そうしたことからこの動きは、KDDIグループの大口顧客であるポケトークをソフトバンクが奪ったと見ることもできる訳で、それだけIoT向けモバイル回線を巡る争いが急速に激しくなっている様子を見て取ることができるのではないでしょうか。
5Gを後目に人気の4G、圧倒的な安さが魅力に
そうしたIoT通信で、かつて期待を集めていたのは、新しい通信規格の「5G」でした。従来の通信規格である「4G」はスマートフォンの高速通信に重点を置いて進化してきたのに対し、5Gは一層の高速大容量の通信が可能であることに加え、ネットワーク遅延が小さく、しかも非常に多くの機器を同時に接続できるなど高度な機能を備えていることが特徴とされています。
そうした特徴を生かし、5Gは自動運転や遠隔医療、ドローンなど新しい機器やソリューションの実用化に大きく貢献するとして期待されていたのですが、実際にはそうした取り組みの多くが現在も実証実験レベルにとどまっており、ほとんどが実現に至っています。
しかし、それでも企業のIoT向けモバイル通信利用は大きく拡大しており、その理由は4Gにあります。あえて旧式の4Gを活用した企業向けのモバイル通信サービスが非常に活況を呈しており、携帯各社やその系列企業も、法人向けには4Gを活用したサービスの提供に力を入れているのです。
一体なぜ、ビジネス向けのIoT回線として4Gが人気なのかというと、要は安くて充実しているからです。4Gは古い規格ということもあって既に技術が確立されており、ネットワーク整備もほぼ完了していることから、4Gに限定した通信サービスは価格を抑えやすいのです。
実際、先に触れた1NCEが提供する通信サービスの1つ「1NCE IoTフラットレート」は、10年間で500MBのデータ通信と250通のSMS送信が利用でき、それでいて料金は10年間で2000円(税抜き)とSIMカード代だけ。スマートフォン向けの通信サービスと比べ、低スペックではありますが非常に安価な価格設定となっていることは理解できるでしょう。
それに加えて、4G用の通信モジュールやゲートウェイなどの調達コストも、やはり技術が枯れているだけあって5Gと比べると圧倒的に安い。それでいて、とりわけ日本の携帯大手3社の4Gネットワークは、全国の人口カバー率99.9%を超えるなど非常に充実しています。それだけにスマートメーターのような、あまり大容量通信を必要としない機器やソリューションであれば、4Gのメリットが圧倒的に大きい訳です。
しかも現在はVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、あるいは4K・8K映像の伝送など、高い頻度で大容量通信が求められるソリューションを開拓できていません。それだけに、激安で場所を選ばず通信ができる4Gのメリットが一層際立っているというのが、正直なところではないでしょうか。
もちろん、今後はネットワークカメラの高精細化や、それを活用したAI解析などのニーズが増えるなどして、5Gのニーズが高まってくる可能性はあるかもしれません。また。5GでもIoT向け機器のニーズに応える「RedCap」(Reduced Capability)の国内導入に向けた取り組みが総務省で進められていることから、将来的にはIoT向け通信のニーズも5Gに移行していくと考えられます。
ただ、日本では4Gのネットワークの完成度が非常に高い一方で、5Gでは携帯4社がともに投資抑制の動きを強めており、ビジネスで利用できる環境が整うまでのスピード感が4Gの時と比べても明らかに遅い。そうしたことを考えると、IoT向け通信として4Gが主流を占める時期はかなり長く続くことになるのかもしれません。