ERPは"単独では"セクシーではない

私がERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)と初めて遭遇したのは、1990年代にSAP社が日本に参入してきたときです。当時はマイクロソフトに勤めており、SAPの日本法人からプレスリリースのエンドースメントの依頼が来たのです。「SAP AGって、なんの会社だ?」ということになり、Software AGじゃないよな、というような話をしたのを覚えています。その後、SQL Server 7.0を発売するタイミングで、国内の大手エンタープライズ企業の1社がWindows NT/SQL Server上でSAP R/3を導入するという話になり、どっぷりとそのビジネスに関わった記憶があります。

日本では当時、国際会計基準への準拠のために会計システムを入れ替えるというトレンドがあり、大手企業で一気にSAP R/3が浸透していきました。筆者は日ごろ製造業の見込み顧客と話をする機会が多いですが、実はこの印象はまだまだ強く残っているようで、相手が「ERPは当社にはあまり関係ない」とおっしゃることが多々あります。OBC(オービックビジネスコンサルタント)の奉行シリーズのテレビ広告の影響もあるかもしれませんね。

これはとても不思議な話で、ERP=Enterprise Resource PlanningのもとはMRP=Material Resource Planningで、生産活動に必要となるリソース量の計画を立て、それに基づいた仕入れ・生産を行う管理手法です。

ERPは、MRPおよびMRP 2を経由して進化したと言われており、資材だけではなく、人材、設備、お金、生産、サプライチェーンに関わるすべてを管理する手法です。バリバリ製造業向けですよ。ERPはSAPの印象、そして、もしかしたらOBCの奉行シリーズのテレビCMの印象が強いのかと思います。

データサイエンティスがセクシーな仕事であると言われていることに掛けて、筆者は普段から、「ERP単独ではセクシーではない」と言っています。ERP単独では、基幹システム=当たり前のシステムだからです。もちろん生産性の向上や在庫の最適化、サプライチェーンの見える化など、数々のメリットはあります。しかし、蓄積されるデータの経営での利用、PLM(製品ライフサイクル管理で、製造業が利益を最大化するために、製品の企画・設計・生産・販売・廃棄までの一連の工程における情報を管理)、MES(製造実行システムとは、工場の生産ラインの各部分とリンクすることで、工場の機械や労働者の作業を監視・管理するシステム)などの他のアプリケーションとの連携があって、初めてセクシーになると考えています。

ERPを導入するとDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進できるというベンダーがいますが、そんなことは無いです。レガシーシステムが置き換わることのメリットはありますが、DXの目的はビジネスのトランスフォーメション(変革)ですから、基幹システムを変えただけでは、ビジネスモデル、組織モデル、オペレーションモデルのトランスフォーメションは起きません。きっぱり。

ERPにまつわる5つの最新トレンド

さて、最新のERPでは以下のようなトレンドがあります。そして、それぞれが密接に関係していると思います。

・マルチテナントのクラウド化
・コンポーザブルモデル
・アジャイル導入(内製化)
・Fit To Standardでの導入
・ビジネスインテリジェンス・アナリティクス

以下、各項目について解説していきます。

オンプレミスからのクラウド化は、特にERPだけでのトレンドではないです。ただ、ERPも確実にクラウド化へ向かっています。マルチテナントとは何かというと、1つの実行イメージを、複数の実行インスタンスで共有するモデルです。つまり、1つの実行イメージが変更されると、すべての実行インスタンスが変わるということです。この特徴を生かして、クラウドベンダーは、毎月や、半年に一度などの周期で、アプリケーションをどんどん進化させていきます。

すべてのユーザーの実行インスタンスに変更が反映されます。その進化を使うかどうかはユーザー側で選択できます。いまだにこのクラウドで懸念されるのはセキュリティの問題です。ただ、冷静に考えると、AWS(Amazon Web Services)やMicrosoftなどはセキュリティに莫大な投資をしているわけですから、1企業での努力よりもはるかに強化なセキュリティを実現しているはずです。

次の「コンポーザブルモデル」は、ガートナー社が提唱しています。要するに、アプリケーションがモジュール化しており、必要なモジュールだけを柔軟に構成して使うモデルです。一枚岩になっているモデルよりも軽量で柔軟であり、追加のモジュールを接続することで機能が拡大できるメリットがあります。ポストモダンERPとも言われています

アジャイル導入は、ERPでも海外では普通です。海外ではアプリケーション開発だけでなく、エンタープライズアプリケーションの導入もIT部門が内製でやるため、社内に人材がいます。それが当たり前なので、内製化という言葉は無いのです。そして、業務の改革に合わせて、改善されるマルチテナントのクラウドの機能を利用して、ERPの適応を進化させていくのです。日本はまだまだビックバンでウォータフォール型によって時間をかけて導入して、更新は何年後、という状況が多いと思います。これでは、これからの脱炭素への取り組みや市場環境の変化に追従していくのが難しいと筆者は考えます。

「Fit To Standard」での導入もかなり確実になってきました。以前はFit & Gapという考え方で、業務にERPがフィットしない場合のギャップはカスタマイズするという導入が主でした。その結果、膨大なカスタマイズが行われることになり、レガシーなERPが塩漬けになる状況を生みました。ERPももう30年以上の歴史があり、世界中のベストプラクティスが含まれ基本機能はかなり充実しています。過去の反省を生かし、できるだけERPの標準機能だけで実装するFit To Standardでの導入が日本でも確実に進捗しています。

ただ、懸念もあります。会計を中心にERPがクラウドの最新のものに置き換わりつつありますが、生産管理系のERPはその進捗が緩やかです。過去、生産管理系のERPは、業務やオペレーションにあわせて大量のアドオンが開発され、システムを業務に合わせてきました。Fit To Operationsというのでしょうか。それは、ERPのスタンダードを合わせて、業務やオペレーションを変えるとなると一大事で、そこになかなか踏み込めないからだと思います。

どれだけカスタマイズを我慢できるかということと、必要な追加機能があれば自社でカスタマイズするのではなく、ベンダーに交渉して必要な機能を追加させるのがポイントだと思います。また、そうしないと導入に多大な人と金が必要になり、この人手不足の環境では、プロジェクトが成り立たない可能性もあります。

ビジネスインテリジェンス・アナリティクス統合は、もはや当たり前です。ERPだけでしたら、Systems of Recordでトランザクションデータの処理、蓄積でしかありません。せっかくの蓄積されたデータを、需要予測、予防保全などで活用するというのは当たり前の流れです。海外では、データ活用のためにERPをマイグレーションするケースが多いです。

これらのERPのトレンドは、さまざまな要素が密接に絡み合っていることをお分かりいただけると思います。

  • エンタープライズIT新潮流7-1

今後の2つのキーワード「非会計情報の開示義務」と「Industry 4.0」

今後、このERP関係で2つの大きなトレンドが来ると予想されます。それは、「非会計情報の開示義務」と「Industry 4.0」です。

前段で、国際会計基準の対応でERPが導入された歴史について述べました。非会計情報の開示義務でも同じように、IFRS財団における「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」の設立などによって、非財務会計情報の開示義務が近づいているのです。経済産業省でも「非財務情報の開示指針研究会」を立ち上げ、準備をしています。

非財務会計では、人的な情報やサステナビリティに関連する情報を開示する必要があります。システムの観点から見ると、HCM(Human Capital Management)やサプライチェーン管理でこれらの情報を取得して、ERP側に統合していく必要が出てくるということです。これは義務になりますから、IT部門は準備を進める必要があります。

もう1つのトレンドは、第4の産業革命と言われているIndustry 4.0の進捗です。Industry 4,0の象徴であるスマートファクトリーにおいては、「From Shop Floor To Top Floor」という考えがあります。Shop Floorとは生産現場のことで、Top Floorはバックオフィス系のことを指します。つまり、生産現場からバックオフィスまで統合しようという考えです。

Industry 4.0においては、製造現場ではセンサーを活用したIoTが導入され、それを製造現場のアプリケーションであるMESを介してERPに統合していきます。3階層のモデルです。SAPやInforなどのERPのロードマップを見ると、明らかにそちらの方向に進んでいるのが分かります。IoTでは、センサーをインターネットに接続してデータを取り分析するところに目が行きがちですが、この3階層のモデルで、より統合されたスマートファクトリーを目指す方向です。

いかがでしょうか、ERPも少しはセクシーに見えますでしょうかね。将来のトレンドも見ると、基幹業務であるERPの見直しのタイミングは確実に来ていると考えます。ただ、単に見直すというわけにはいかないです。マッキンゼー社のレポート「The ERP platform play: Cheaper, faster, better」で、EPRの見直しは、「まず戦略を設定し、次にプラットフォームアーキテクチャを設計することである。」と述べられているように、まずはビジネス戦略からスタートすべきです。

また、「ほとんどのIT組織にとってマインドセットの転換が必要である。従来、企業はERPソリューションを購入し、ベンダーとシステムインテグレーターを管理してカスタマイズを行うことに焦点を当ててきた。これは、ほとんどが標準的なプロセスに依存している分野ではまだ十分であるが、企業がニーズに合わせたものを必要とする分野では十分ではない。」とも述べており、業務の効率化と差別化を明確に優先順位付けして、どのモジュールを使うか、Fit To Standardか、カスタマイズかなど、ERP導入を戦略的に計画しないといけないです。