事業開発は、まるでスロットマシンのように、適当にアイデアを出して運任せで当たるのを待つものではありません。成功には明確な仕組みと戦略、そして「破壊的イノベーション」を推進するパラダイムが必要です。今回は、事業開発を成功に導くための具体的なアプローチと、生成AIが開発速度をどう向上させるかについて解説します。

新規事業の創出は、多くのアイデアの中から選りすぐられたものが事業化に至るという、厳格な漏斗のようなファネルモデルをたどります。リクルート社の事例では、700件の事業化案からテストマーケティングに進むのは18件、実際に事業化されるのはわずか4件だと、書籍『リクルートの すごい構創力 アイデアを事業に仕上げる9メソッド』(日本経済新聞出版 著者:杉田浩章)では解説されています。

あの天下のリクルート社ですら、この確率です。このため、新規事業の開発は多産多死だといわれます。これを乗り越えるには、仕組みが重要になります。多産多死をコントロールするのです。

アイデアを事業に変えるステージゲート法

多産多死のプロセスを効率的に進める方法の一つが、ステージゲート法です。ステージゲート法は、以下の5つのステージとゲートから構成されます。

第1ステージ 「査定」(Scoping):プロジェクトの技術的なメリット、市場規模、競合などを迅速かつ費用をかけずに査定します。
第2ステージ 「レポート作成」(Build Business Case):プロジェクトの成功を左右する重要なプロセスで、定義、理由付け、計画の3要素を含むレポートを作成します。
第3ステージ 「開発」(Development):レポートに基づき、緻密な工程表やマーケティング計画を作成し、次のテスト計画を明確にします。
第4ステージ 「テストと検証」(Testing & Validation):製品自体、製造工程、顧客支持、採算性など、プロジェクト全体の最終的な検証データを提供します。
第5ステージ 「発売」 (Launch):本格的な生産と販売を開始します。ソフトウェア製品の場合は、顧客からのフィードバック(VoC:Voice Of Customer)を受けながら継続的に改善を行います。

各ステージの間にはゲートが設けられ、次のステージに進むかどうかを判断します。このプロセスを通じて、開発のVelocity(スピード)とConversion Rate(次へのステージへのコンバージョン率)を向上させることが重要です。ゲートを超えない場合は、死を迎えることを意味します。

SaaS製品の開発プロセスも、ステージゲートと同様です。複数のゲートをたどっていきます。最初はMVP(Minimum Viable Product:最小限の機能を持つ製品)です。文章やUI(User Interface)のプロトタイプからスタートし、顧客からのフィードバックを得ます。

フィードバックは100回得よ

顧客のフィードバックは100回程度短期で反映することが有効だと、書籍『新規事業の実践論』(NewsPicksパブリッシング 著者:麻生要一)は述べています。短期間で100回は大変ですね。なにより、それに付き合ってくれる顧客を確保するのが、一番難しいかもしれません。

MVPをベースにプロトタイプを開発して、顧客評価とフィードバックを繰り返すことでPMF(Product Market Fit)、つまり製品が市場のニーズに合致している状態を確認します。PMFは「この製品が使えなくなったらどう思いますか?」という質問に対し、40%以上が「非常に残念」と答えることで、達成の可能性が高いとされています。PMFが確認できれば、製品化に向かって投資を継続し、確認できない場合は勇気ある撤退を決断します。

ここで大事なのは、PMFまでは事業開発チームに変な横やりが入らないように守ることです。新規事業のプロでない外野が売れる売れないと判断するのは困難だからです。それらは雑音でしかありません。

これを乗り越えると、アルファ版、ベータ版を作成して、製品を仕上げ、市場投入の準備をしていきます。今回は、この過程は省略します。

  • エンタープライズIT新潮流56-1

アイデア量産の重要性

偉人たちは、多くのアイデアを生み出し、試行錯誤を繰り返して偉業を成し遂げました。トーマス・エジソンは電球を発明するまでに、9千回以上の実験を行い、蓄電池では約5万回の実験を重ねたそうです。ピカソは2万点以上、バッハは少なくとも週に1度作曲していたと言われています。

これは「1000のアイデアから3つの事業しかできない(1000→3)」という言葉が示すように、事業開発において「アイデアを大量に出し、ふるいにかける」ことの重要性を示しています。一発では当たらないのです。

アイデアの源泉としては、R&D、PoC(Proof of Concept)、VoC(顧客の声)からのインプット、ビジネスモデルナビゲータの活用、海外ベンチャーや他社の研究などが挙げられます。ビジネスモデルナビゲータとは、ビジネスモデルの典型例55パターンの組み合わせや創造的な模倣によって、新しいビジネスモデルを創出するツールです。例えばSaaSで一般的なサブスクリプションモデルは、古くから新聞や雑誌の購読で使われていたものです。

事業開発を加速させる生成AIと演繹的思考

近年の生成AIの進化は、ソフトウェア開発のVelocityを劇的に向上させる可能性を秘めています。報道によると、DeNAの一部門では、新規プロダクトの企画時に生成AIで作ったプロトタイプの提出が必須となり、企画書のみの提出は認められなくなったそうです。

これは、生成AIを活用したAI駆動型開発によって、PMFまでの時間を大幅に短縮できるという判断に基づいています。時代です。ただし、生成AIを活用する際には、ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成すること)対策や、レスポンス時間の許容範囲の確認といった留意事項があります。

事業開発においては、演繹法の思考が不可欠です。演繹法とは、前提から仮説を立て、それを検証することで結論を導き出す思考プロセスです。そういう人、日本ではなかなか少ないです。

これに対し、機能改善などでは「帰納法」が用いられます。「帰納法」は、現象から結果を導きだす思考法で、我々日本人が得意とする思考ではないでしょうか。新規事業の開発に向いたイノベータ人材は、全体の3-5%くらいしかいないといわれています。この発掘と育成が鍵になると思いますね。

S字カーブと独占企業への道

事業の成長は一般的にS字カーブを描きます。立ち上がり、急成長、踊り場を経て、新たなイノベーションによって次のS字カーブへとつながります。この連続したS字カーブをスピーディに作り、より大きなS字カーブを描くことが事業成長の鍵となります。

筆者は最近、この踊り場をどう乗り越えるかが、企業の本当の実力のような気がします。うまくいっているときは、波に乗れますからね。

最終的に目指すべきは、独占企業となることです。書籍『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版 著者:ピーター・ティールら)によると、独占企業となるための要素として、他社より10倍優れた「プロプライエタリ・テクノロジー」、ユーザーが増えるほど価値が高まる「ネットワーク効果」、「規模の経済」、そして強力な「ブランド」が挙げられます。

これらの要素を戦略的に組み合わせ、革新的なビジネスモデルを構築することが、これからの事業開発には求められています。