本連載では、エンジニアが全くいない企業が0からエンジニア組織を構築していくプロセスについて、筆者の実体験を交えながら解説してきました。最終回となる今回は、筆者が特別な想いを抱いているテーマに触れたいと思います。それはエンジニアにとっての「理想の職場文化」についてです。
多くの記事では目指すべき最終形の「理想の職場文化」について触れていますが、本稿では、開発組織の立ち上げ期、カオス期とも呼べる時期の「理想の職場文化」のつくり方について述べていきます。
前回までに、エンジニアの採用戦略やそれに伴うプロセス、そしてその成功のカギについてお伝えしました。しかし、無事数名のエンジニアが採用できた後には最後の“壁”が待っています。新しい技術やトレンドに追いつき、さらに超えていくためには、エンジニアたちが最大限のパフォーマンスを発揮できる環境づくりが必要なのです。
惹きつける要因と差別化の必要性
技術的なスキルや知識が身に付くのはもちろんのこと、豊富な福利厚生や良好なワークライフバランスが提供されることが、エンジニアたちを惹きつける要因となることは明らかです。しかし、他の企業との真の差別化、そして持続的な成長を達成するためには、それだけでは不十分です。
オリジナリティの力
ここで重要となるのが「オリジナリティ」です。一般的に考えられるメリットや、業界標準とされる利点だけでなく、会社独自の価値やビジョンを明確にし、それを伝えることが不可欠になります。驚かれるかもしれませんが、一見デメリットに見える要素を正直に伝えることで、エンジニアたちとの信頼関係を築くことができる場合もあるのです。このオリジナリティにより、他社には真似できない独自の文化や価値を築くことが可能となります。
エンジニアが真に求める職場文化
結局のところ、エンジニアたちが真に求めているのは、技術的な挑戦ができることだけではなく、自身の価値観やビジョンを共有し、共に成長していける職場です。それを実現するためには、企業独自の「色」を持ち、それを堂々と発信することが鍵となります。
立ち上げ期の採用で心がけた誠実なコミュニケーション
筆者が所属していたハッシャダイ(現DMM Boost)では、非大卒人材の育成プログラム「ヤンキーインターン」を提供していたこともあり、社員の多くが大学を出ていない方々で構成されていました。そのため、ITリテラシーも高くない組織状態、かつエンジニアが0人の状態からの開発組織づくりになりました。
立ち上げ当初は、技術書籍の購入費用を補助する制度や、作業用の椅子やモニターを自由に購入できるといった制度もなく、AIやIoT、ブロックチェーンといったトレンドの技術の導入も予定されていませんでした。しかし、その「0から1を生むフェーズ」を共に築き上げる魅力を強調し、採用に成功しました。この最初期に採用面接に来てくれた方々に、必ず伝えていたのは、下記のような言葉です。
「現段階ではエンジニアに魅力的な制度は一切ありません。技術書籍の購入費用を補助する制度や、作業用の椅子やモニターを自由に購入できるといった制度も、今はまだありません。AIやIoT、ブロックチェーンといったトレンド技術を扱う予定もありません。ただ1つ言えるのは、今制度がないから今後もやらないのではなく、今が本当の意味での0-1フェーズになるので、一緒にどんどん文化や制度を提案し、つくっていくことにワクワクしてくれるようだったら、ぜひ弊社に入社してほしい」
このように、何も制度が整っていないという事実をありのままに話すようにしていました。
真に価値を生む、立ち上げ期のエンジニア特性
筆者は、立ち上げ期において真に価値を生むエンジニアとは、完成されたカルチャーや制度を求める人材ではなく、それを0からつくり上げる過程を一緒に楽しめる人だと考えています。
制度の構築と変動のリアリティ
ハッシャダイ(現DMM Boost)では、企業文化を構築していく段階で、多くの制度の構築・廃止を繰り返しました。去年あった制度が今年からなくなるということも度々発生しました。ただ、採用の段階からこういったスクラップ&ビルドを行うことを明確に宣言していたので、結果的にはこの工程を楽しめるメンバーで構成することができたのです。
その結果、最終的につくり上げた初期の開発組織は、「ジャングルの状態から道路をつくり上げることに、ワクワクできる人たちの集まり」になりました。多くのメンバーは、組織をジャングルと捉え、制度を0からつくり上げていくことに楽しさを見出していました。採用面接時に強く発信したメッセージが、功を奏したと言えるでしょう。
組織文化構築の結論と重要性
最後に、筆者の結論をお伝えします。立ち上げ期の組織の文化構築は「ジャングルから道路をつくり出す冒険」のようなものです。制度やツールは大切ですが、それを築き上げる過程に楽しさを見出すメンバーの存在が、最も重要です。
特に強くお伝えしたいのは、文化構築の際、「現在の状態」と「目指す理想」を明確にすることの重要性です。「これを伝えてしまうとデメリットかな」と思うことを伝えず、良い部分だけを伝えていると、入社後に大きなギャップを感じさせることになってしまい、短期離職の可能性を上げることになります。理想のカルチャーを追求する過程で、現状の課題を率直に共有することが、強固な組織を築く礎となるでしょう。