昨年度と同じ作業を繰り返しているかも――ふとそう思った時、あらためて考えてみてください。踏襲しているやり方が最善の方法なのか?非効率な業務を見直すことなくそのまま翌年に引き継いでいないか?と。

業務のデジタル化や自動化に着手する際、初期投資をどの部門で負担するか、投資に見合う効果が得られるかなど、さまざまなことが気になり、躊躇してしまうかもしれません。目の前に山積みになっている業務を片付けることが先決、という意見も耳にします。

しかし、業務に追われる状況を変えていくには、まず業務そのものを見直すことが必要です。デジタル化に消極的な現場においてデジタルトランスフォーメーション(DX)推進メンバーができることは何か、PwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)の取り組みをもとに考えてみましょう。

分析ツール導入で、データ加工の時間削減とエラーチェックを実現

監査人は、まず被監査会社が置かれた環境、規模や複雑性を考慮し、管理組織のレベルや内部統制の整備・運用状況、取引の実体などを分析して、監査を効果的かつ効率的に実施するための監査計画を作成します。監査計画の立案における重要なポイントは、監査人が財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性をいかに低く抑えるか、という点です。

日々刻々と変化する被監査会社の状況に応じて、監査人は監査計画を随時見直し、どのような監査手続を、どの時期に、どのくらいの範囲に対して実施するのかを決定しています。そのため、監査業務には、長い年月をかけて監査人が培ってきた知識や経験が凝縮されているのです。

いつも業務が山積みになってしまうような状況にある場合は、一度足を止めて、業務全体を俯瞰してみることが重要です。

例えば、勘定科目ごとの残高を比較する資料を四半期ごとに表計算ソフトで作成する場合、勘定科目を検索条件として関数を組み、残高を横並びにする作業を年4回実施することになります。使用する勘定科目が増減すれば、関数を更新しなければなりません。関数の更新漏れや検索条件に不備があるとデータに誤りや欠落が生じてしまうため、検索条件と検索結果の行がずれていないか、合計値が貸借で一致しているかなど、毎回確認する必要があります。

この作業にデータ分析ツールを導入したらどうなるでしょう。PwCあらたの場合、クリック一つで比較表を作成できるようになるだけでなく、作成と同時にエラーチェックも行えるようになりました。エラーが発生しても、設定を見直してクリックすれば数分もかからずに更新版の比較表が出来上がり、異常値の有無の確認など、その後に行う判断業務に注力できるようになります。

ツールの活用は、データ加工にかかる時間を大幅に削減できるだけでなく、関数の更新漏れや検索条件の不備などによるデータの誤りや欠落を防止することにつながる可能性があります。さらに、ツールと相性のよい業務を選定する中で、重複していた作業を一本化するなど、業務のスリム化が実現されることもあります。

DXが進まない現場ほど、デジタル人財が重要

通常の業務に追われてDXが進まない現場ほど、業務そのものを見直しデジタル化することで、より大きな効果を得られます。そして、そのような現場ほど、業務のデジタル化を計画・実行・改善できる人財を育てることが重要になります。

私たちが所属する消費財・産業財・サービス部(CIPS)では、監査業務のデジタル化を計画・実行・改善することができる人財を一人でも増やすため、監査業務のデジタル化を全面的に支援するデジタルチャンピオン/デジタルアンバサダーと呼ぶ取り組みを行っています。

デジタルチャンピオン/デジタルアンバサダーは、DXの取り組みを現場に浸透させるため、監査実務を担当する各部門で選任された、デジタル文化の醸成やデジタルツールの実務導入をリードするメンバーで構成されています。

まず監査チームとデジタルチャンピオン/デジタルアンバサダーが会話を重ね、ツールと相性のよい業務の選定やデジタル化を阻む課題および問題点を洗い出します。そして、デジタルチャンピオン/デジタルアンバサダーは、ツールを監査現場へ導入するにあたり、計画から実行までを年度を通じてサポートするだけでなく、運用する中で把握した新たな課題や問題点を翌年度に向けて改善するところまで、継続的にサポートします。さらに、この取り組みを監査業務のデジタル化のモデルケースとして社内ポータルサイトで紹介し、身近な人の成功体験を知ることで現場に、デジタル化に前向きな雰囲気を醸成していくことを目指しています。

実際にツールを導入した現場からは、「従来、数時間掛かっていた作業をボタン一つ、わずか数秒で完了できるようになって大幅に効率化できた」という声が多く上がっています。初めはデジタル化に対する心理的抵抗が少なくなかったCIPSですが、ツールの活用により余力が生まれ、さらなる業務の見直しとツールの導入を行うという好循環が生まれてきつつあります。

ツールがもたらしたのは、効率化だけではありません。従来よりも被監査会社とのコミュニケーションや職業的専門家としての判断を求められる業務により多くの時間を割くことができるようになり、監査品質の向上にも寄与しています。

この取り組みの特徴は、汎用的なデジタル化の方法を講習するのではなく、あえてDX推進メンバーが実際の現場に入り、その現場に合わせたデジタル化を一緒に計画・実行・改善まで行うことにあります。DX推進の中では、現場で細やかなサポートを行い、一人ひとりのマインドセットを変え、デジタルスキルを着実に向上させることを一番の優先事項にしています。小さな成功体験を積み重ねることでスキルアップした社員がデジタル化の進め方や事例を発信し、周りにいる社員の共感を少しずつでも得ていくことで、DXの輪を確実に広げられ、大きな変革の礎になると確信しています。

著者紹介

大野 真実 シニアアソシエイト, PwCあらた有限責任監査法人