本連載では、コロナ禍において急速に普及が進む電子契約について取り上げます。2回目の今回は、電子契約の法的有効性、押印、印紙の必要性について解説していきます。

紙の契約書における押印の役割

契約は、必ずしも文書がないと成立しないものではありません。口頭での約束でも双方が合意したなら契約が成立したことになります。しかし、口頭の約束では記憶があいまいになったり、約束事を忘れてしまったりすることがあります。そこで、企業間取引を始め、金銭が関係する契約など重要な契約においては、約束した内容を忘れないように文書で記録しておくことが一般的です。文書に残しておけば、契約内容に関して揉め事になったときに、裁判所に契約書を有力な証拠として提示できるからです。

紙の契約書では、これまで印鑑の押印が契約の成立の上で重要な役割を果たしていました。それは押印によって「二段の推定」ができると法律・判例によって認められているからです。二段の推定とは、次のような考え方です。

一段目の推定 印影に記されている本人が印鑑を押したという事実上の推定(判例により認められている)
例:浅井という印鑑が押してあれば、浅井本人が押印をしたと推定できる。
二段目の推定1 押印があれば文書は真正、本物であるという法律上の推定(民事訴訟法228条)例:浅井は契約書の内容を確認して、押印したと推定できる。

このように法律と判例による「二段の推定」により裏打ちされた「押印」は、当事者に安心感を与え、これがむしろ「押印がなければ契約書として有効ではない」という受け止め方をされるほど「押印」至上主義になってしまっていました。これが、コロナ禍においても押印のために出勤せざるを得ない原因ともなっていました。こうした中、2020年6月に内閣府、法務省、経済産業省が連名で「押印についてのQ&A」という文書を公開しました。この文書の要点をまとめると、次のようなことが書かれています。

・押印は要件ではなく、契約に当たり押印がなくても、契約の効力に影響は生じない
・文書の作成者が真正であることを示す「形式的証拠力」の確保は、押印以外の手段で代替できる
・新規取引の本人確認では、運転免許証などの提出や、本人確認情報の入手経路、成立過程の記録、保存をする
・文書の成立の真正を証明する手段として、メールアドレスやメール本文、送受信履歴、電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)がある

つまり、契約書においては、押印は要件ではなく、その他の手段によって本人性の確認、文書の成立の真正を示せれば、法的に有効な証拠となるということが政府から明示されたのです。今までも、契約書の有効性は押印の有無とは関係がありませんでしたが、政府の見解というお墨付きを得たことで、押印廃止、そして電子契約の導入という潮流が生まれるようになりました。

電子印鑑とは?

電子契約サービスの中には、印影を電子データとして各種ドキュメントに載せられるサービスがあります。Adobe Signでも、本人の署名によるサインに加えて、印影画像を載せることができます。

  • 印影画像を載せたサンプル

    印影画像を載せたサンプル

単純に画像ファイルを載せるだけでは、本人性の確認、非改ざん性の検証とはなりませんが、多くの電子印鑑サービスでは、印影をいつ、誰が、どの文書に押したのか、記録を保存しています。この記録によって、システム的に本人性の確認、非改ざん性を担保していることになります。

電子印鑑は必須のものではありませんが、日本企業の従来の商習慣にならって、印影を残す場合は、活用できる仕組みです。

印紙の取り扱いは?

紙の契約書を交わす場合は、契約書の種類と金額に応じて印紙税が課税されるため、契約する当事者双方で負担することになります。契約書を2通用意し、契約者がそれぞれ1通の契約書に所定の金額の印紙を貼り付けて押印し、お互いに契約書を原本として保管するという運用が一般的です。

日本の商習慣には根付いている印紙税という仕組みですが、実は日本以外の先進国では現在はほとんど運用されていません。そのため日本企業が海外の企業と契約する場合、海外で締結するのであれば、印紙を貼る必要はありませんでした。同じ取引でもどこで契約を締結するかによって印紙税の適用が変わるため、グローバルな取引が増加している今日においては、運用しにくい場面が増えているのです。

一方、電子契約の場合はこの印紙税が一切発生しません。法律で定められている印紙税は紙の契約書に対してであり、電子的な契約書は該当しないからです。印紙税がかからないことは、電子契約の導入の一つのメリットであり、数千万円単位でのコスト削減につながった事例も数多くあります。

押印、印紙がなくても契約として成立する

今回は電子契約の法的な有効性についてお話ししました。紙の契約書でなくても法的に契約として成立すること、紙の契約書でさえ押印がなくても契約は有効であること、電子契約では印紙は不要であること、の3点がおわかりいただけたのではないでしょうか。さて、次回は電子契約の導入時の注意点や気をつけるべきことについて解説します。

【著者】浅井 孝夫(あさい・たかお)

アドビ株式会社 法務・政府渉外本部 本部長

2000年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程卒業。2001年弁護士登録後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所にて勤務。2007年韓国最大手の金・張法律事務所にて勤務。2008年米国カリフォルニア州立大学バークレー校ロースクール(LL.M)卒業後、米国ニューヨーク州にて弁護士登録。2009年北京滞在を経て法律事務所に復帰。2011年アドビ に入社。