国家の安全保障がかかっている防衛関連企業の買収の難しさ
現在、世界各国の国防支出を合計すると、約半分を米国が支出している状況にある。よって、米国以外の国の防衛企業が自国あるいは自国周辺地域だけではやっていけないと判断した場合、米国市場に目をつけるのは間違いない。市場規模が大きいところに企業が引き付けられるのは、どこの業界でも同じだ。
しかし、米国(に限ったことではないが)では安全保障上の理由から、基本的に自国企業からしか調達しない。そのため、他国の企業が米国市場に進出するには、以下のような方法を用いる必要がある。
- 米国に現地法人を単独設立
- 米国企業と組んで、米国にジョイントベンチャーを設立
- 米国企業と組んで、そちらを主契約社にする形で製品・コンポーネントを供給
- すでに米軍からの受注実績がある米国企業を買収する
このうち1~3については本連載で取り上げているので、今回は4について説明する。
防衛産業界に限らず、他国の市場に進出する足がかりとして、実績がある現地企業を買収するのはよくある話だ。また、企業を買収するとはそこで働く社員を買収することでもあるから、防衛企業の場合、すでに軍からセキュリティ・クリアランスを得ている社員をそっくりそのまま手に入れられる可能性もある。
ところが話はそう簡単ではない。自国の安全保障がかかっている企業をおいそれと他国の企業に渡すわけにはいかないからだ。そのため、防衛関連企業の買収に際しては、株主からの承認だけでなく、政府当局からの承認も必要になる。英国の話だが、政府がBAEシステムズ社の黄金株を保有して発言権を確保しているのも、これが理由だ。
こうした事情から、米国企業、特に相応の規模を持つ防衛関連企業を他国の企業が買収した事例はあまりない。裏を返せば、どのような企業は買収が認められ、どのような企業で買収が認められなかったかを知ることは、その国の政府の考え方を窺いしる材料になると言える。
実際、英国で唯一の装甲戦闘車両メーカーとなったアルヴィス・ヴィッカース社を米国のゼネラル・ダイナミクス社が買収しようとした時、土壇場で地元のBAEシステムズ社が参入してかっさらっていった例もある。どう見ても買収阻止のための動きとしか思えない。
米国でM&Aに成功した企業と失敗した企業の違い
もっとも、ヨーロッパの防衛関連企業による米国でのM&Aがまったくないわけではない。BAEシステムズ社など、英国企業は米国で積極的なM&Aを展開している。この辺に米国と英国亜の「特別な関係」が透けて見える。
例えば、M113やM2ブラッドレーといった装甲車やM109自走榴弾砲などを手掛けていたユナイテッド・ディフェンス社や、同じく装甲車などを手掛けていたアーマー・ホールディングス社が、現在ではBAEシステムズ社の傘下に入っている。すでに、BAEシステムズ社は米国で防衛関連大手の一角に食い込んでランキング上位の常連になっている。2009年10月に同社が明らかにしたところによると、同社の売上のうち60%は米国におけるもので、米軍のサプライヤーとしては6位につけているとのこと。
このほか、M&Aによるアメリカ進出を果たしている英国企業にコバム、ロールス・ロイス、キネティックなどがある。ロールス・ロイス社の場合、航空機エンジンや軍用車両用の変速機などを手掛けているアリソン社を買収して傘下に収めている。キネティック社の傘下には、爆弾処理ロボットのメーカーとして知られるフォスター・ミラー社がある。
英国以外の数少ない例としては、電子機器や軍用車両を手掛けているDRSテクノロジーズ社が、2008年にイタリアのフィンメカニカ社に買収された例がある。買収額は52億ドルという巨額案件だった。
一方、フランス企業の動きはこれほど派手ではなく、タレス社がレイセオン社と合弁でレーダーなどを手掛けるタレス・レイセオンシステムズ社を設立している例ぐらいだろうか。もっとも、フランスとて自国の大手防衛関連企業は政府が大株主になって外資参入の障壁を構築しているからお互い様だ。
日本の企業が再編の枠外にいる理由
このように、欧米の防衛産業界では国境をまたいだ進出や業界再編が日常的に発生しているが、日本のメーカーはこうした動きとは縁がない。武器輸出三原則によって対外輸出を行えず、自国向けの小さな需要だけで商売をしていることと、防衛関連以外の比率が高い大規模な総合メーカーが多いために買収の対象にしにくい事情が、背景にあると考えられる。もちろん、日本の防衛関連企業を迂闊に買収しようとすれば、政府が阻止に動く可能性も少なくない。
そのため、欧米企業は日本に進出する際、日本企業と合弁会社を設立したり、現地法人を置いたりする場合が多い。最近だと、EADS社が2009年に日本に現地法人を新設した。傘下のエアバス社は以前から日本に現地法人「エアバス・ジャパン」を置いており、ユーロコプター社も合弁企業を発展させる形で現地法人化しているが、そこに親会社が改めて出てきたのは興味深い。日本における事業を強化するための布石だろうか。