新型コロナウイルスのパンデミックが発生してから、通信業界は変化しています。在宅勤務の拡大とともに、家庭内でのインターネットの接続状況に不満を持つ顧客が少なくなく、ネットワークの重要性や脆弱性があらためて露呈することとなりました。これをきっかけに業界を超えたDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速し始め、通信関連の企業はカスタマーエクスペリエンスの改善に再び力を注ぐようになっています。

多くの通信事業者はここ数年にわたり、メディアやエンターテインメントの領域へと多角化を進めようとしていました。しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う在宅による勤務や学習の拡大を受けて、通信事業者は、「信頼性の高い接続を顧客に提供する」という、当初の使命を果たすことを見直すようになり、より多くの投資を顧客へのサービス改善に向けるようになったのです。

その投資の中で比重が高まっている領域の一つがAI(人工知能)です。他の多くの業界と同じく通信業界の企業も、テクノロジーの活用がもたらすメリットに気付きつつあります。テクノロジーはサービスの改善に資するだけでなく、“人”中心で進めていた役割を担い、日常的なタスクをより簡単に処理することが可能だからです。

数年後の6Gの提供開始を控え、シームレスなサービス提供に対する消費者の要求がかつてなく高まる現代においては、高性能の接続を提供することがカギとなります。こうしたミッションの達成にAIを用いるために、通信事業者は大量の高品質データへのアクセスを得る必要があります。

AIはネットワークのダウンタイムを抑制できる

通信ネットワークは非常に複雑なものです。構成するテクノロジーは何世代にもまたがり、さまざまなシステムが相互に接続されています。そのため、ネットワーク障害やダウンタイムを予測したり防いだりすることが極めて困難になっています。

また、天候やネットワーク上のトラフィック量など、物理的な要素への対処も必要です。AIは、このいずれの領域における問題に対しても、大きな力を発揮します。事実、Accenture analysisによると、AIは通信事業者のネットワークのダウンタイムを最大50%抑制できる可能性があると見積もられています。

なぜそれが可能かというと、AIシステムは人間にはできないことをまたたく間に実行できるからです。ネットワークの停止や障害を例に考えてみましょう。

AIは、過去のインシデントを学習した機械学習(ML)アルゴリズムに対し、レイヤーとして設定できる天候パターンを特定します。AIとMLは過去の悪天候の事例や再発の可能性を分析することで、ネットワークの機能停止を防ぐための対策をエンジニアに提案できます。例えば、通信が遮断される事態を防ぐため、AIが風の強さの度合いを予測し、電波塔の対策を強化すべきかを提案するといった事例があります。

AIとMLは、エンジニアを膨大な量の予測に関わる業務や単純作業から解放することで、問題が深刻化する前に対処を行えるようにします。大規模な問題の発生時も、AIを活用して意思決定を行うことで、復旧にかかる平均時間が大幅に短縮されます。

トラフィックの急増を予測し、顧客に助言を行うといった業務にもAIを活用できます。システムの学習によりネットワーク負荷の自律的な管理や最適化を実現することで、通信事業者は、需要が増大する場合にはどのテクノロジーを活用すべきか、情報に基づく判断を下せるようになります。

需要に対処するためのテクノロジーとしては、2G~5Gの無線ネットワークから銅線、光ファイバーによる有線ネットワークまで、さまざまな選択肢が存在します。多くの通信事業者は、これらのテクノロジーを活用するようになるでしょう。そのいずれもさまざまなソリューションにとって有益であり、通信事業者の柔軟性を実現します。

ただし、それには条件があります。ネットワークの安定性を実現するためにテクノロジーをどのように活用すべきか、通信事業者が正しく理解していなければならないのです。

例えば、コロナ禍にはネットワークに非常に大きな負荷が生じました。両親は自宅で仕事をし、子どもたちはスマートフォンやタブレットで動画のストリーミングやオンラインゲームなどを楽しんでいたためです。その結果、光ファイバーネットワークの利用量が増大し、速度が大幅に低下してしまったことも少なくありません。

しかし、通信事業者によっては、AIで分析を行ってボトルネックを特定することで、問題を解決する方法を見つけ出し、サービス品質を最大限に高めるための方法を顧客に提案できたのです。例えば、光ファイバーではなく無線ネットワークで動画をストリーミングするよう両親に提案するなど、意外な解決策であることも珍しくありませんでした。

こうした対応により、ネットワークの安定性の維持に大きな違いが生じ、質の高いサービスを提供し続けられた通信事業者は顧客の満足度が向上したのです。

AIの品質はデータが決める

AIは今後も成熟を続け、新たなユースケースが現れるでしょう。そうした中、企業は理解しておくべきことがあります。AIは、ネットワーク上で利用するまでに学習したデータを上回る品質を実現することはありません。企業のデータの一部で学習したモデルは、重要なインサイトを見落としたり、事実とは異なる回答を返したりすることがあります。

米国での予測値になりますが、2021年には12億ドルの規模であった全世界における通信業界の企業向けAI市場は、2030年までに約400億ドルに拡大すると予測されており、AIソリューションが業界の未来を担うことは間違いありません。だからこそ、クリーンで正確なデータを基礎とし、偏見がなく、公平かつ安全で、バランスの取れたテクノロジーが必要不可欠なのです。

そのために、企業は確固とした土台の上にAIのユースケースを作りあげ、完全なデータセットへのアクセスを付与しなければなりません。ここで必要となるのが、統合型データプラットフォームを中心として構築された先進的データアーキテクチャです。これによりAIは、クラウド環境からオンプレミスのデータセンターに至るまで、全社のデータを対象として、インサイトを抽出できます。また、あらゆる領域で常に厳格なガバナンスを実施し、コンプライアンスを確保することも必要です。

AIが接続性を強化する

通信事業者が中核的な事業に改めて注力する今、サービス品質の向上のためにAIは重要な役割を果たすことになるでしょう。6Gの提供開始を控え、通信を巡る状況はいっそう複雑になることが予想されます。そうした事態に今から備え、データの統合により中断のないサービスを提供することがきわめて重要です。

AIモデルの強化にあたり高品質なデータを利用しなければ、AIがミスをしたり、コンテキストを理解しそこなったりするリスクが生じるでしょう。適切ではない提案をすることで、ブランドの評価を損なう可能性すらあります。

通信業の企業がAIの潜在能力を最大限に引き出すには、偏見のない多様なデータを厳選するとともに、データ保護の実現に向けてデータに関する取り組みを十分に検討することを重視する必要があります。AIは通信業界を革新する可能性を秘めています。そのためには、強固な基盤を欠かすことはできないのです。

著者プロフィール

大澤 毅(おおさわ たけし) Cloudera株式会社 社長執行役員


IT業界を中心に大手独立系メーカー、大手SIer、外資系 IT企業のマネジメントや数々の新規事業の立ち上げに携わり、20年以上の豊富な経験と実績を持つ。Cloudera入社以前は、SAPジャパン株式会社 SAP Fieldglass事業本部長として、製品のローカル化、事業開発、マーケティング、営業、パートナー戦略、コンサルティング、サポートなど数多くのマネジメントを担当。2020年10月にCloudera株式会社の社長執行役員に就任。