ブランディング・プロセスの課題解決にはスピードが求められる

ブランディングの担当者は、自社のブランドの現状を考える際に、「ブランド・ファネル」をよく用います。これは、獲得する顧客数を最大化するためにも、認知を広め、可能な限り潜在顧客に興味・関心を持ってもらい、ブランドとの関係性を深い段階へと移動させることが重要であるとの考えからです。

従来、ブランディング担当者は、こうしたブランディング活動、ブランド・ファネルの深化のために、自社内の購買データ、各小売店・代理店から購入したPOSデータなどを分析して、市場のシェアを毎月・毎週のようにモニタリングしてきました。また、消費者調査を通して、その市場の変化に至った要因・背景を分析するために、ブランドイメージや宣伝効果(またはブランドトラッキング測定、広告測定)を測定してきました。

クアルトリクスでは、購買データやPOSデータ、売上データなど、既にお客様で所有されているデータはOデータ(オペレーション データ、業務データ)と呼び、ブランド イメージ認知、ブランド イメージなど、一次データをXデータ(エクスペリエンス データ、体験データ)と呼んでいます。

ブランド体験(顧客にとってブランディングで得られる一連は体験と判断されるため、顧客視点に立つと“ブランド体験”となります)の最適化を考えた際、市場シェアが現状の姿となった背景を把握するためにも、消費者調査などからブランド体験のXデータを取得することが必要となってきます。

しかし、これまでブランディングやマーケティング担当者は、競合との市場シェアのデータは月次でみていたものの、そうしたシェアに至った原因である市場の声や気持ちを、市場シェアと同等レベルで、しかもスピーディーに取得することはしていませんでした。

その背景には、予算的な問題に加え、そもそも調査の実施から市場の声の収集、改善アクションへの落とし込みを高速で回すことは、人的リソース的にも難しいケースが多かったからと推測できます。 しかし、コロナ禍等の社会的変化を経験し、消費者の行動は大きく変わっています。世界的パンデミック、ウクライナ危機、物価高、円安など経済・経営環境はめまぐるしく変化しており、日本でも消費者ニーズの急変は顕著です。

例えば若年層では、購買の流動性、所有しない消費、脱物質・経験志向、省力化の4つの特徴がある「リキッド消費」の傾向が顕著だともされており、データの鮮度がより重要性を増していると言えるでしょう。

顧客のニーズが急変する中、リアルタイムで市場の声を聴き、ブランディング・プロセスの課題を探り、それを解決するためには、競合と比較しながらリアルタイムかつスピーディーに理解やアクションを進めていくことが求められます。

以下、スピーディーに調査していくことについて、架空の会社「QMUSIC社」を例に詳しく解説していきます。

ブランド・ファネルをスピーディーに調査してみる

「QMUSIC社」の場合、ブランド・ファネルの状況をリアルタイムで知るために、「認知」「検討」「1回購入」「複数回購入」した人の割合を1カ月ごとに数値化しています。このようにブランド・ファネルを可視化することにより、自社ブランドの立ち位置やボトルネックの位置を把握できます。

またブランディングでは、ブランド独自の価値を消費者に認識してもらうために、市場における(競合と比較した)ブランドの立ち位置を明確化することでブランドイメージを醸成し、競争優位に立つことが重要になります。競合とのポジショニングの違いを知るツールとして、コレスポンデンス分析というブランドマッピングを用いて、自社のポジショニングを把握します。

例えば、QMUSIC社のように音楽配信業界の場合、品質と機能が競合との差異に関わると仮定できます。そこから下図のように、縦軸で品質について横軸で機能の部分を分析していけば、自社が「高品質」で「使い勝手の良さがいい」とイメージ付けられていることがわかります。一方で、比較的近い位置にある「フランネル社」とは、イメージの差異が理解されていないことがわかります。

ポジショニングと併せて必要となるのは、ターゲットに合わせて、どのように認知されているのか、また検討のドライバーとなるものを把握・計測することです。これにより、自分たちがターゲットとしている消費者の行動の裏には、どんな考えや気持ちがあるのか、どのようにメッセージングすればいいのかなど、ブランディングをする際の解像度を上げることができます。

換言すれば、ターゲットの持っているイメージが、ブランドの伝えたいイメージとどんな差があるのか、市場とのギャップを見ることもできます。ここまでの粒度で計測していけば、「今」伝えるべきブランド・イメージが判明してきます。

加えてクアルトリクスでは、多変量解析を使いながら、ブランディングを強化するための要因、効率的にブランディングの目標を達成できる要因、キードライバーとなる要因を導き出しています。こうしたテクノロジーや統計分析を応用しながら分析していくことで、効果を出すことができる具体的な改善アクションが見えてきます。

このように、ターゲット消費者のブランドに対するイメージや、競合との比較を通じて得られた自社の立ち位置、どのようなブランドイメージを伝えれば購入に至るのか、どの部分がまだ伝わっていないのかなどに対し、最大の効果が得られるメッセージが見えてきます。

次に大事なことは、そのメッセージを出すべきチャネルの決定です。これまでの広告場所で「最近自社ブランドの広告を見ましたか」と測定することで、新聞か、SNSか、はたまたインフルエンサーか、一番効果的なメッセージングの場所を把握することができます。ここにチャネルごと、月割りでの広告費というOデータを掛け合わせて分析すれば、どの月のどのチャネルで出した広告の費用対効果が最も高かったかを分析することもできます。

「守り」から「攻め」のブランディングへの変革で大事なこと

ここまでは、ブランディングにおいてリアルタイムでデータを取得することの価値について、ブランディングで行われているブランド・ファネル、競合との差別化、ドライバー分析、広告の効果測定といった例で説明してきました。繰り返しになりますが、これまでの市場において、「気持ち」のデータの取得は年に数回が限界でした。

しかし適切なテクノロジーを使えば、ここまでの粒度で、かつスピーディーにPDCAサイクルを回すことができ、「今」の瞬間に合わせた効果的なブランディング施策を展開することができます。

アクセンチュアが2021年4月に行った消費者調査によると、2020年以降に同じタイプのブランドを購入しなくなった消費者の割合は63%に上ります。消費者の嗜好は、かつてないほど急速に、大規模に変化しています。消費者とのつながりを維持したまま、自社ブランドがどのように理解され、どう受け止められているかを素早く理解することが、これからのブランディングに求められるのは明白です。

これまでのブランディングの考えでは、ブランド・イメージをいかに守るかに重きを置いている企業が多い傾向にありました。しかし、これからは消費者のニーズに合わせて、ブランド・イメージをどう適応させるかが重要になってきます。

「守り」から「攻め」のブランディングへの変革においては、テクノロジーを使ったリサーチを高速・高頻度で回していきながら消費者の声をブランド戦略に反映させ、ブランドを成長させることが、かつてないほど重要となってくるでしょう。

著者プロフィール


Qualtrics 小田浩樹 シニアディレクター・リサーチオペレーション

1997年社会調査研究所(現インテージ)入社。国内でアドホックリサーチを経験後、2003年に中国(上海)に赴任し日系企業のリサーチ業務を担当。2012年にはインド(デリー)に赴任し、マネージングディレクターとして現地法人を立ち上げ。同時にリサーチャーとして主に日系企業案件を担当し、リサーチを介して顧客の現地理解と事業戦略をサポート。2020年に帰国し2021年にQualtrics社に入社。現在に至る。