「パワハラ度5」につながる行動について話し始めた佐々木に、山下はさらに突っ込んで質問を続けた。

山下: 会議室ではなく、みんなのいる前で、ですか?

佐々木: そうですね。自分の後輩だと思って甘やかしてはいけないという思いがありましたから、皆の前でけじめとして怒りましたね。あのときは、リストラで人が足りないときで、全員、普段の仕事以上のことをたくさん抱え込んでいて、ちょっとぐらいの病気でも押して出勤して頑張っていましたから。「なんで休んだんだ?」と聞いても、「申し訳ありませんでした」と言うだけで、あとはダンマリでした。

山下: ダンマリを続けられるというのは、佐々木さんも対応に困られたのではありませんか? それでどうされたのですか?

佐々木: これでは周りにも示しがつかないので、何か罰を与えねばと、皆の嫌がる仕事をするように命じたんですがね。

山下: 佐々木さんご自身は、そのような忙しいときに病気で休まれたことはありますか?>

佐々木: とんでもない。よほどでない限り、休むなんてことは許されないと思ってましたよ。体の管理もできないのは、軟弱か、管理能力のない者だと思っていましたから。

山下: 今もそう思われますか?

佐々木: 今は、そう思わなくなりました。自分のやり方が古いやり方で、若い者には通用しないことがわかってきました。ワークライフバランスなんて言葉は以前は馬鹿にしていたのですが、今の人達には大事なものなんですね。

山下: 以前に佐々木さんが、犬にも「心の病気」があることを教えてくださいましたが、「心の病気」になる社員についてどう思われますか?

佐々木: 心の病気になることは、「軟弱」とか「性格に問題がある」ということではないことは、よくわかりました。人間ですから、風邪をひくことがあるように、心も風邪をひいたりして病気になることがあるのだと気づきました。変な話ですが、犬のことになると、「心の病気」は何の抵抗もなく当たり前のこととして受けとめられたのですが、自分や部下のこととなると、見方が違っていましたね。特に「心の病気」ということになると、なぜか「頭がおかしくなった」とか、人に知られるのが嫌な病気のように思い込んでいました。

山下: そうですね。日本では、まだ、「心の病気」に対する周り、社会の受け止め方が厳しいですね。カウンセラーに行くことと、風邪でお医者様に診てもらうこととの隔たりがとても大きいようですが、佐々木さんはどう思われますか?

佐々木: そうでしょうね。うちの会社にも悩みの相談室のようなものがありますが、まず、利用していないんじゃないんですか。そんなところに行っているところを見られると、「あいつどこかおかしいんじゃないか」と思われてしまいますから。先ほども申し上げたように、うちの会社では、まだ「頑張ることが良し」とされている社風が強いんで、ちょっとぐらいの風邪で休んでいると、「あいつ…」と指差されますから、無理して仕事をしている社員が多いですね。

山下: 加賀さんもずっと無理して仕事をしていらっしゃったようですね。

佐々木: そうですね。パートの子を入れてもすぐに辞めてしまって、人手不足のしわ寄せで、かなりの仕事を抱え込んでいた上に、私がまた余分な仕事を与えてしまっていましたから。今、考えると、家に帰ってからも仕事をしないとこなしきれないほどの仕事量をもっていましたからね。まじめな奴だから、最初はすべてこなしていたので、私は、問題なくやりこなしていると思い込んでいたんで、次々と仕事を与えたんですが…そのうち、仕事のミスが増えたり、だんだんと期日に遅れたりして、お客様に迷惑をかけるようなことが出てきたんです。

山下: 今だったら、加賀さんにどう対応されると思いますか?

佐々木: そうですね……今までの加賀と明らかに違う様子が見えたら、もっと注意を払うでしょうね。

山下: 明らかに違う様子に気づかれたとき、佐々木さんは具体的にどうされますか?

佐々木: お茶を飲みながらでも話をするような機会を増やし、仕事のことだけではなく、どれだけ仕事を楽しんでいるかについて話をしながら、加賀の体調、そして心の状況にも心遣いするようにと考えています。まあ、実際、どれだけそんな理想的なことができるかわかりませんが、上司として仕事の結果だけを問い詰めるのではなく、部下の体/心のバランス管理をサポートするのも自分の責任だと思い始めています。

佐々木は、最初は女性である山下に対してコーチングをうけることに抵抗を感じていたが、押し付けがましくなく自分を誘導してくれた山下に、感謝の気持ちが出てきた。会社の中では言えないことも、山下には言えるというのも、佐々木の気持ちを楽にしていた。いったん自分が「パワハラ」をやっていたことを認めると、変な話だが、山下だけに自分の心をオープンにできるので、セッションが楽しみにさえなってきた。

自分の中に「パワハラ上司」のようなネガティブな側面があることをを認めるのは、なかなか難しい。だが、逆にいったん認めてしまうと、気持ちがずいぶん軽くなるのも事実だ。まずは現状をそのまま受け入れること - そのためにはやはり、外部の人間の力を借りたほうがスムースに進みやすい

(イラスト ナバタメ・カズタカ)