パワハラ加害者はセクハラ加害者の可能性大

コーチの山下は、佐々木との最初のセッションの後、もう一度診断結果を見直してみた。アルコール中毒者が「お酒を飲んでいることは認めるが、中毒にはかかっていない」と思い込んでいる段階と同じように、佐々木は自分の行為を認めながらも、「自分がパワハラをやっていることを否定する」という段階にいる。山下は、佐々木の場合、パワハラだけではなくセクハラの可能性もおおいにあることに気づいた。最初の日から10分遅れ、それに対して詫びもなしに横柄な態度で山下の前に座り込んだことでも、山下は感じ取っていたが、診断の結果、それはさらに明らかになった。

山下は、今までにも佐々木のようなマネージャは何人も見てきており、説得しようとしても効を得ないことは経験上わかっていた。焦らず、本人の気づきとなるような質問を繰り返し、山下が佐々木と一緒に過ごす時間は誰のためでもなく、佐々木のためのものだということを感じてもらうことが第一と考えた。このようにすることで、佐々木が「上司から言われたからやっている」という「やらされ感」から抜け出て、自分自身にエネルギーをシフトしていくことができるからである。

山下としては、佐々木に設定してもらいたい目標はいくつかあるが、そのことは述べずに、佐々木が気づいて自らの目標を設定するようにサポートすることがコーチとしての仕事だと考えている。コーチとして、診断の結果から一方的に目標を設定するほうが時間的にも効率がいいように思いがちであるが、本人が心から感じていない目標は、しょせんは本人の抵抗が邪魔して行動に移しにくいものとして終わってしまう。

今の段階で山下のような外からのコーチにとって大事なのは、コーチー(coachee: コーチングを受ける側)である佐々木とまず信頼関係を築くことである。佐々木のようにパワハラだけではなく、セクハラの可能性も大きいマネージャを相手にした場合は「抵抗、反発」がかなりあることを覚悟しておく必要がある。「抵抗、反発」をどう受け止めて、信頼関係に結び付けていくかが第一のチャレンジである。信頼関係ができて初めて、佐々木の内面に入っていくことができるからである。「私は、会社のためでもなく、ほかの誰のためでもなく、佐々木さんの成功のために、佐々木さんのためにだけにコーチとして雇われています」ということを信じてもらうことが大事である。外部のコーチは中に入ることはなかなか難しいが、いったん中に入って信頼関係ができると、上下関係などの内部事情に左右されないので、同僚や上司に言えない話もしてくれるため、コーチングをやりやすい場合が多い。

会社のために尽くしてきたこのオレの、どこがパワハラなんだ!!

今日は2回目のセッションである。社内の会議室でやるより頭を仕事から切り離すことができやすいという佐々木の希望もあり、前回と同じように静かなホテルのロビーで行った。佐々木は、時間通りに現れた。世間話をしながら、佐々木個人についても少しずつわかってきた。通勤時間がかかること、高円寺から電車で通勤していること、家族は4人で犬がいることなど、何でもないような断片的な情報であるが、山下にとっては、信頼関係を築くのに大事な情報であった。

山下は、タイミングを見計らって、前回の診断の結果を書いた用紙を佐々木に手渡した。そこには、診断の決め手となったいくつかの佐々木の回答が明記されていた。

  1. 部下の一人が精神的に弱くうつ病になったことがあり、最近の若い者は、精神的に弱いのが多いので、他の部下のためにもメンタルタフネスの研修を考えている
  2. 突然の休暇をちょくちょく取る部下がいる
  3. 仕事ができないくせに偉そうにしゃべる部下の話し方が気に入らなくて、割り込んで自分の意見を述べたことがある
  4. パートで雇った女性社員が失敗をしたので、立たせたままでよく説教をしたことがある
  5. 何かちょっと怒ると、すぐに無口になる女性の部下に対して、性格が暗いのはよくないと忠告をしてあげた
  6. 部下が失敗をしたときは、そのときにその場で気づかせるのが一番だから、怒るときに周囲の状況を気にしたことがない
  7. パートで雇った社員は甘い考え方の者が多く、せっかくこちらが時間をかけて教えてあげているのに長続きせず、今までに複数の部下が辞めている

山下は、佐々木が「パワハラ度5の段階」にいるという大きな決め手となったのは、上記の1番と2番と7番であることを述べてから、これについての佐々木の反応を聞いてみた。

佐々木: 精神的に弱いのは、本人のもともとの気質のせいでしょう。だからこそ、メンタルタフネスの研修を考えてもいるんですがね。それが、なぜパワハラと関係しているのか納得できませんね。

山下: 佐々木さんのお話では、精神的に弱い部下の方でうつ病になられた方が一人、そして甘い考え方をもったパート社員の方々が何人か辞められたそうですが、それに対して、佐々木さんは、メンタルタフネスの問題点を指摘され、そこからの対応策を考えていらっしゃるようですね。

佐々木: そうです。今の若い人たちはともかく考え方が甘いですよ。ちょっと叱ると、すぐにふくれるか、黙りっ子になってしまう。我々が若いときは、先輩によくしごかれましたがね。おかげでいい勉強になりましたよ。楽をしようという者たちが多すぎますよね。時間ぎりぎりに出社して、退社時間の15分前から帰る準備をしているんですからね。まあ、僕はマネージャだからしかたがないですが、通常の出社時間の1時間前には会社に来て、帰りなんて定刻に帰ったことなんかありませんよ。いつも11時ごろです。

山下: これだけ会社のため、社員のためにと思われている佐々木さんのお立場からすると、自分がなぜ、パワハラと関係しているのか納得できないのはごもっともだと思います。

佐々木: パワハラ、パワハラって言われる前に、自分のやってることの何がパワハラなのかはっきりさせたいですね。

山下: それはその通りですね。いかがでしょうか、今おっしゃったことをこのコーチングセッションの佐々木さんの目標にされては? 佐々木さんのやられていること、あるいは過去にやられたことの中で、何がどうパワハラに結びつくかを明確化し、それに対応するには具体的にどうしたらいいのかをみつけるというような目標にしたらいかがでしょうか?

佐々木: こんなのが目標でいいんですか? もちろん、自分としてはちゃんと納得したいことだから、これでいいですが……

このようにして、山下は、「佐々木の望む目標」を設定するところまでたどり着いて2回目のセッションを終了した。

女性や社会経験の少ない若い社員にとって、"大きな声を出す上司"は動く凶器に近い。だが、こういった上司は、自分のやっていることが"相手のためになっている"と信じ込んでいる者も多い。この間違った認識をどう変えていくか、コーチの腕の見せどころである

(イラスト ナバタメ・カズタカ)