この連載は、ソフトウェアの開発を担う企業の社長に、主に現場のリーダーの方々に向けたメッセージをお伝えいただくコーナーです。記念すべき第1回は、常に「完成品」を世に送り出す宿命を背負ったパッケージベンダーのサイボウズ 青野社長に、昨今注目度が高まっているソフトウェアの品質についてお聞きしました。

グループウェア市場でシェア1位になった背景

サイボウズ 代表取締役社長
青野慶久氏
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。1994年、大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工株式会社入社。BA・セキュリティシステム事業部営業企画部に在籍する。1997年に同社を退社し、サイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当、事業企画室担当、海外事業担当などを務め、2005年4月から代表取締役社長に就任した。(撮影:永山昌克)

ノークリサーチが行った「ITアプリケーションの利用実態調査(2007年)」において、サイボウズがLotus Notes/Dominoの牙城を崩してシェアトップとなったことはご存知の方も多いと思う。価格の安さやイメージキャラクター「ボウズマン」、社長がママチャリ通勤している姿……などがブラウン管を通じて紹介されたこともあり、どちらかと言うとマーケティングの側面でのイメージが強い同社だが、それだけではシェア1位を獲得するまでに至った理由を語ることはできないだろう。
今回は、肝心のソフトウェア開発の重要なファクターである「品質」に対して、同社がどのように取り組んでいるのかを探ってみた。

個人依存の体制からチーム力が生かせる組織に

この数年で開発体制は大きく変わりました。以前はエンジニアが自主的にプロジェクトを立ち上げ、それぞれが独自に開発を進めるというケースが多かったのですが、現在はどんなプロジェクトでも社内で情報を共有し、設計・開発・テスト・社内運用を行う体制です」
青野社長は、サイボウズの近年の開発体制の変化をこのように語る。

1997年に創業メンバー3人のベンチャー企業としてスタートした同社も、いまや従業員200人、約80名もの開発人員を抱える東証一部上場企業だ。それでもまだ「ベンチャー」の雰囲気が漂う同社だが、プロジェクトを開始するには必ず社長決裁が必要になる。  「ウチは“SaaS屋”ではなく“グループウェア屋”。サービスではなく、あくまで“モノづくり”に重きを置いています」と青野社長が力説する主力のグループウェア製品は現在、国内で約2万6千社に利用されるようになっている。

当然ながら、事業の拡大に合わせて製品に求められるものは多様化した。
例えば、大規模向け製品ではミッションクリティカルな運用が不可欠だし、小規模向け製品では機能の豊富さよりも手軽さが求められる。このような相反する要件を満たすため、同社は2005年に組織改革に乗り出した。それは、個人ではなく、チーム力を生かせる開発体制にすることが目的だった。

具体的には、新技術の研究開発拠点としてサイボウズ・ラボを設立。その一方で、プロジェクトごとに分散していた品質保証チームを、独立した組織である品質保証部として再編成した。
また、部門横断型の委員会として技術委員会やプロダクト委員会、知財委員会などを設けるなど、技術情報や不具合情報、セキュリティ情報などについて社内で意見交換が促進されるような仕組みも整備した。
「プロジェクトごとに個々のエンジニアが開発を行う体制では、多様化した顧客のニーズに一定の水準を維持しながら対応することは困難です。また、専門スキルやノウハウが社内に蓄積されにくいという問題もあります。そこで、長期的視点から顧客に製品を提供するための枠組みを作ったというわけです」

SI事業への参入は自然な流れ

サイボウズはパッケージのダウンロード販売にとどまらず、パートナーとの間接販売(2002年~)やASP/SaaSサービスの提供(2001年~)なども手がけている。2008年2月にはSI(システムインテグレーション)事業へも進出した。
このような動きは、一見するとビジネスモデルの変更とも受け取れるが、青野社長は「あくまで自然な流れ」だと強調する。
「僕らはメーカーとして製品を作るのが仕事です。それがネットで提供されるのか、パッケージで提供されるのかといったことに本質的な違いはありません。SI事業も製品をベースとした大規模環境向けのカスタマイズが中心で、顧客の特性に合わせて製品を提供することが目的にあります」

同社はまた、世界市場へ向けた準備も進めている。2007年6月には中国上海に「才望子信息技術(上海)有限公司」を設立し、日本語と中国語に対応したSaaS型グループウェアの提供を開始した。ベトナムでのオフショア開発拠点も本格稼働させた。
青野社長によると、中小から大規模までの様々な企業の顧客とのやりとりで培った経験やノウハウは、世界市場での競争でも生きてくるという。
「米国企業のように斬新なアイデアで勝負するとか、中国やインドが物量作戦で攻めて来るとなったら、正直に言って日本企業はかなわないと思います。しかし、“気配り”の利いたソフトウェアを提供するという点においては、日本企業は世界でも通用すると考えています。そのためには、パッケージを販売して終わりというわけにはいきません。製品納入後も顧客を訪問し、意見を製品にフィードバックしていくことが必要です。品質は顧客あってのものだからです」

「社長の言うことは聞くな」がサイボウズのルール!?

青野社長は、製品づくりの現場でも「むちゃくちゃ口出しする」という。
同社では、リリース前の製品に対する評価を評価箱(通称:ダメ箱)に全社員が投稿・閲覧できる仕組みが作られている。そこでの次期製品に対する青野社長の投稿数は全社で3位……。
「ボタンの位置が悪いとか、説明がわかりにくいとか、細かい点まで気付いたらすぐに要望を上げます。実際には『そんな要望は青野さんだけですよ……』と思いっきりスルーされてしまうことの方が多いのですが(笑)。ただ、このようなやりとりは、気配りの利いたソフトを作るためには不可欠だと思います」
社長が口出しするとなると、さぞかし現場はやりにくいのでは……などと余計な心配をしてしまうが、興味深いのは、同社のソフトウェア開発における様々な枠組みの中で、「社長の言った通りにはするな」というルールも合わせて作られているということだ。
個人依存型の開発体制を見直し、チームでの開発体制に移行する中で、同社では様々なルールが整備された。エンジニアが自主的に開発を進める体制を見直し、すべてのプロジェクトに社長決裁が必要になったのもその一環だ。だが同時に、「社長の言ったことに単に従うだけではダメ」というルールも作ることで、エンジニアの自発性を損なわない工夫をしたわけだ。

「評価箱」の画面。青野氏の出荷前製品に対する評価投稿ランキングは全社で3位!?

ルールは自分たちが作るもの「縛られるもの」ではない

組織づくりでの工夫は、実質的に2009年2月から本番を迎える内部統制に対する取り組みでも用いられたという。内部統制はモノづくりの現場にはよからぬ影響を与えそうだが……。
「ルールの目的は効率化によるリスク軽減で、これは自分たちで決めるものです。効果が出ないようであればルールを変えてしまえばいい。ルールは決して“人を縛るもの”ではありません」
同社では「縛られる」と感じるどころか、むしろ「やっとルールができた!!」と前向きにとらえる社員の方が多いくらいだという(本当にそうらしい)。

受託開発でもパッケージでも「顧客指向」という考え方に大きな違いはない。「品質」に対する組織づくりの考え方に関して、同社の例は参考になる点があるのではないかと思う。
比較的歴史が浅い大企業向けの製品と、創業時から手がけている中小企業向けの製品では価値観がまったく異なる。それでも新人がいきなり大企業向け製品の開発に配属されるケースがあるなど、「価値観の問題はこれから出てくると思います」と青野社長が語るように、グループウェアの市場でシェア1位とはいえ、同社はまだ発展途上にある。今後の動向にも注目したい。

社長が薦めるリーダーのための1冊

「俺の考え」(本田宗一郎著、新潮社刊)

「夢を力に―私の履歴書」(本田宗一郎著、日本経済新聞社刊)

このコーナーは、「社長が薦める本ならいい本に違いない!!」という勝手な前提条件の下、ご登場いただいた社長が現場のリーダーの方々に対して「読んでおくべき」だと考えている本を紹介するコーナーです。
今回は青野社長に、本田宗一郎氏の著書を2冊ご紹介いただきました。
「技術者の本田宗一郎氏が『ホンダ』という企業を作り上げ、経営者としての視点を身に付けて成功へと導いたプロセスを知ることができます。プロジェクトを任されているリーダーにとっても参考になるはずです」(青野社長)とのこと。ご一読を。

『出典:システム開発ジャーナル Vol.6(2008年9月発刊)
本稿は原稿執筆時点での内容に基づいているため、現在の状況とは異なる場合があります。ご了承ください。