昔と比べると、当節の飛行機では「機位不明」という事態があまり起きなくなった。有視界飛行専門で地文航法を行っていれば話は別かも知れないが、たいていの場合、自機の位置ぐらいは分かる。
INS、GPS、EGI
それを支えているのが、さまざまな測位技術・測位機材の充実である。その点で民航機の業界にエポックをもたらしたのは、慣性航法装置 (INS : Inertial Navigation System)を標準装備するようになったボーイング747だといっても過言ではないだろう。
INSそのものはもっと前から使われていたが、これは値の張る大掛かりな機材だったので、軍用機ならまだしも、民航機となると、おいそれとは搭載できなかった。しかし、大型でお値段の高い747では、搭載機器の値段が上がっても、それが占める相対的な比率は低くなる。
同じ20万円のカーナビをつけるのでも、50万円の中古車につけるのと1,000万円の高級輸入車につけるのとでは「価格的な重み」が違うのと似ている。かもしれない。
当初のINSはジャイロスコープを3つも使う(3次元の測位が必要だから3個要るのだ)大掛かりな代物だった。ハワイの真珠湾にある潜水艦博物館で、米海軍の原潜が使っていたINSを見たことがあるが、ひと抱えもある大物だった。
それが今なら、リング・レーザー・ジャイロを使用した、小型・軽量・高精度・高信頼性のINSを利用できる。機械式ジャイロと比べると、スピンアップして安定させるまでの時間もかからないだろう。
そしてGPS(Global Positioning System)である。カーナビや携帯電話やスマートフォンでおなじみのメカだし、本連載でも以前に言及したことがあるから、いまさら説明の必要はあるまい。
GPSは3次元で高精度の測位を行えるし、INSと違って出発前に現在地の緯度・経度を入力する必要もない。これがなければADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)も成り立たないといえる。(ADS-Bについては本連載の第4回を参照)
そして、手で持って歩けるようなサイズのGPS受信機が安価に出回るようになったので、これまで有視界飛行に頼っていた軽飛行機やグライダーでも精確な測位を行う道が開けた。
そして、INSとGPSを使うのが当たり前になったことから、両者を一体化したEGI(Embedded Global Positioning System/Inertial Guidance Unit)という機材ができた。平素はGPSだけで用が足りるだろうが、GPSが使えない、あるいはGPSの精度に不安がある場合にはINSを援用できる。別々に持つより一体にした方が場所をとらない。
航法も安全に関わる
常に精確な自己位置を把握できるというのは、安全の見地からいっても重要なことである。
たとえば山岳地帯を飛んでいて、天気が悪く、視界がきかない状況を想定してみればいい。そこで高い山が櫛比している中に自機が入り込んでしまっていて、しかも高度が周囲にそそり立つ山の頂より低かったらどうするか。下手をしたら山に突っ込んで一巻の終わりである。
その点、自機の緯度・経度・高度を常に把握できれば、それをチャート(航空地図)と比較照合して、危険な場所を回避できる可能性が高くなる。山岳地帯でなくても同様だ。悪天候に見舞われて視界がきかず、地文航法ができないような場面でも、現在位置を常に把握できることの意味は大きい。
実は、前述したボーイング747はINSを標準装備したことで、航法士を失職させた。昔の飛行機乗りから見れば、常に自機の緯度・経度・高度を把握できるというのは画期的なこと。しかも、それを専門に担当する航法士がいなくても良いのだ。
事故調査にも役立つ(かもしれない)測位技術
不幸にして事故が起きてしまったときに、事故機がいつ、どこを飛んでいたかを把握する際に、位置を把握するための技術や手法が役に立つことがある。
過去の航空事故の事例をひもといてみると、事故原因がどうとかいう以前に、まず、事故機がどういう経路をたどったのかを突き止めるところでスッタモンダしたケースがいくつもある。
たとえば、1966年にBOAC(当時)のボーイング707が富士山の近くで空中分解する事故が発生した。このときには、事故機がたどった経路を把握する際に、たまたま乗客が撮影していた8mm映画フィルム(時代だなあ!)の映像を陸上自衛隊の測量部隊に持ち込み、コマごとに、映っている範囲と角度を調べた。そこから逆算する形で機の位置と高度を把握しようとしたのだが、実際、それでうまくいったそうである。
別の事故で、事故機の経路に関して事故の直後に出てきたレーダー情報と、その後に集められた目撃証言の内容が食い違って、どちらが正しいかといって事故調査担当者の間で激論になったケースもあったという。
とどのつまり、事故機の軌跡を把握・記録する手段がなかったから、こういう苦労が発生することになる。事故機が自らGPSやINSを使って自己位置を把握・記録できれば、少なくとも「どこを通ったか」を調べる手間はなくなる。しかもありがたいことに、GPSは緯度・経度に加えて高度も分かる。
調べてみたところ、フライト・データ・レコーダーに記録する項目は「経過時間・高度・速度・機首方位・垂直加速度・ピッチ角・ロール角・エンジン出力・各無線送信時間・フラップ位置・操縦桿の位置・方向舵ペダル位置・横加速度・迎角」といったところで、測位システムによる緯度・経度の情報が必須記録項目になっているかどうかは分からなかった。
レーダーによる監視が行き届いていれば、機上で自己位置を把握しないと何も分からない、ということにはならないのだが、洋上長距離飛行になると、そうもいかない。機位を外部にブロードキャストして、それを時々刻々追跡・記録する仕掛けがあれば、マレーシア航空370便がどうなったのかを突き止める役に立ったかも知れない。なんていうことをふと考えた次第。
執筆者紹介
井上孝司
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IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。