生成AIの登場により、企業でもさまざまな事業においてAIソリューションの導入・検討が進む中、顧客との窓口であるコンタクトセンターでもAIを活用して、人手不足の緩和や顧客体験(CX)向上を目指す動きが加速しています。

中でも、数年前まで導入事例がほとんどなかったボイスボット(音声AI応対システム)が、ここ1~2年でコンタクトセンターのDX(デジタルトランスフォーメーション)において活用される例が増えています。

本連載では、ボイスボットに焦点を当て、顧客体験を握る窓口であるコンタクトセンターの最前線について、コンタクトセンター構築業務に15年以上携わり、トゥモロー・ネットで取締役 CPO AIプラットフォーム本部 本部長を務める澁谷毅が解説します。

第1回となる今回は、コンタクトセンターの歴史および企業のDXにおいてボイスボットが注目されている理由をひも解いていきます。

コンタクトセンターの始まりは、各所の問い合わせを一挙に引き受ける専門部署の設立から

企業は長らく、カスタマーサービスやカスタマーサポートをコストと見なしてきました。コストはできるだけ低く抑えたい。そこで1970年代ごろから、店舗や事業所ごとに受けていた問い合わせの電話を集約することでコストを下げたのが、コンタクトセンターの始まりです。

専門部署であるコンタクトセンターでは、人的リソースを抑えられるというコスト削減だけではなく、これまで店舗や事業所でおのおのが受けた電話の内容をデータ化し、情報を蓄積できるようになりました。その結果、次に同じような問い合わせがあった際に質の高い対応につなげること、時期によって増加する問い合わせ内容を予測することが可能になり、CX向上にも寄与しています。

ある程度コンタクトセンターが増えると、東京・大阪・名古屋などの大都市圏ではオペレーターの時給が上がって、コスト削減効果が薄れてきました。そこで、コンタクトセンターは地方進出を始めます。

まず先進的な一部の自治体などが、雇用対策としてコンタクトセンターを誘致し、コンタクトセンター業界の有識者が集まってオペレーターの教育プログラムを作りました。その後、各地方自治体が同様の企業誘致を始め、日本各地に広まっていきました。大都市圏に比べて時給が安い傾向にある地域へ進出したり、企業誘致の助成金を活用したりしたことで、コスト削減効果を十分に得ることができました。

ところがここ数年で、人件費の高騰による人手不足が深刻化しました。また地方でも、人材の確保が困難になり、コンタクトセンターは縮小や撤退を余儀なくされ、東京などの大都市圏に回帰し始めました。

そんな人手不足を補うために活用され始めたのがAIソリューションです。初期の自動応答式のチャットボットが広がった理由は、コンタクトセンターの人件費削減やDXにとってイノベーションを起こすものに見えたからですが、電話ユーザーは、ある一定残るため、企業によってはあまり「電話削減」に直結しないケースも散見されました。そこで注目されているのが、AIを使ったボイスボットです。

では、なぜボイスボットが注目され始めたのでしょうか。

ボイスボットが注目される理由(1)DX推進の潮流

2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」では、「2025年の崖」という言葉が提示されました。DXを進めないと、国際競争力を失い、2025年以降に膨大な経済損失が発生することを「2025年の崖」と呼び、警鐘を鳴らしています。

DXにも資金が必要なため、多くの企業はコアの事業から手を付け始めました。コア事業の次に、無人化のためのデジタル施策などが進みました。コンタクトセンター関連は、当時、有効なDXソリューションが少なかったこともあり、着手の優先順位が後回しとなり、他事業と比べて若干のタイムラグが発生しました。

そんなDXの潮流を受けた国内の企業は、「高性能かつ使える」AIテクノロジーに興味を持ち始めました。

ボイスボットが注目される理由(2)CXの高まり

チャットボットが出始めた時期は、AIというより、あらかじめ設定されたスクリプトに沿って会話を進める自動応答システムが主流でした。

これはボットが提示した選択肢から回答を選択する仕組みであるため、FAQのような内容であれば問題ないものの、問い合わせ内容によってはユーザーが知りたいことを自由にカスタムして尋ねられないもどかしさを感じることが起こり得ます。

CXを低下させるにもかかわらず、すべての顧客対応にこの仕組みを使っている例をよく見かけます。DX推進国の海外事例などでは、このようなボットを顧客対応にはあまり使っていません。これは、考え方の違いがあるためだと考えられます。

冒頭で触れた通り、日本ではカスタマーサポートをコストと考えています。しかし、海外では認知から販売、使用して問い合わせまで、全体を通して顧客体験と捉えて、その体験全体をよくすることで、再販や併売につなげるという考え方をします。

消費者の立場に立てば、サポートが分かりやすくて応対がスムーズであれば、再購入の動機になり、別の商品にも興味を持つきっかけにつながりやすくなります。「カスタマーサポートの品質を上げることで、売上が上がる。だからCXを大事にする」という考えが、近年日本にも浸透してきました。

しかし、ここでの課題は、チャットボットへの流入が増加しても電話の件数は減らず、人的リソースやコスト削減に効果が薄かったことです。チャットボットでの問い合わせ完了率は50%以下という数値も出ています。

ボイスボットが注目される理由(3):AIソリューションの併用

CXの意識が高まり、カスタマーサポートの品質を下げないAIツールとして「ボイスボット」が注目されるようになりました。

ボイスボットには声でのやり取りによる長所や短所があり、一方、チャットボットにはテキストでのやり取りによる長所と短所があります。テキストと音声を組み合わせることができれば、それぞれの短所を補えるのでCXはさらに改善されます。

以下に、コンタクトセンターで使われてきた技術を比較しました。

  • コンタクトセンターで使われてきた技術の比較

どこのコンタクトセンターも本稿で紹介したような歴史を歩んできたことでしょう。人件費の高騰や採用難は止まることがなく、むしろ加速しています。また、コンタクトセンター業務を受託するBPO企業では、クライアント企業から「コンタクトセンターだけでなく、AIやDXを合わせた提案をしてほしい」と言われるようにもなってきています。

つまり、AIを活用して、100席のコンタクトセンターを20~30席に減らし、トータルのコストを下げるという方向性に行かざるを得ない。そうなると、これまでのような「しっかりとコンタクトセンター研修をして、オペレーターの品質がいい」というだけでは優位性が出にくくなります。

問い合わせ完了率の高い、優秀なAIボットを選ぶことは、自社コンタクトセンターを持つ事業会社にとっても、コンタクトセンター業務を受託するBPO企業にとっても、ますます重要になってきているのです。