AIが仕事をするようになり、人間は解雇される、というディストピアSFのようなことが現実に起こり始めました。AIのIQは130を超えたと言われており、司法試験や大学入試試験をクリアできるようになっています。→過去の「柳谷智宣のAIトレンドインサイト」の回はこちらを参照。

中国では6月に1300万人以上が全国統一大学入試を受けましたが、その際、カンニング対策として、中国全土のAIツールをシャットダウンするほどAIの性能が脅威になっているのです。

ビッグテック各社でAIの活用が進む

人間より頭がよく、何百倍も仕事が早く、24時間文句も言わず働くAIが登場したのなら、企業は当然AIの活用に舵を切ります。AI化にも大きなコストがかかるので、業務効率を向上させた分、人件費をカットするというのも理解できます。

これは、将来のリスクではありません。労働市場ではすでに地殻変動が起きており、多くのホワイトカラーが仕事を奪われています。

  • 柳谷智宣のAIトレンドインサイト 第14回

    AIの普及により、人材の置き換えが始まっています

IBMは2023年から人事などのバックオフィス部門の業務をAIに置き換え、数百人が解雇されました。CEOのアービンド・クリシュナ氏は「今後5年で非対面部門職の約30%がAIと自動化で代替できるだろう」と言っています。

セールスフォースのマーク・ベニオフCEOは、AIエージェントの導入に成功したので、今年はエンジニアを雇用する予定はないと語りました。セールスフォースはAIエージェントプラットフォーム「Agentforce」を提供しており、当然、自社でもフル活用しているのでしょう。

  • 柳谷智宣のAIトレンドインサイト 第14回

    セールスフォースはAIエージェントを作成する「Agentforce」を提供しています

クラウドストレージサービス「Dropbox」も全従業員の16%にあたる500人を解雇すると発表。CEOのドリュー・ヒューストン氏はAI時代が来たことを理由の一つに挙げています。

Google、Microsoft、AmazonもAIの影響により、人員削減を行っています。Meta(旧Facebook)はAIによる業務効率化を推進し、全従業員のうち成績が悪い下位5%にあたる3600人を削減すると発表しました。

筆者のようなライターも無関係ではいられません。IT系オンライン媒体のCNETではAIで記事を執筆し始めており、編集者や記者の10%を解雇しました。今後もこの流れが続くことは間違いありません。

Anthropic CEOのダリオ・アモデイ氏は「今後1年から5年の間に、AIによって新卒レベルのホワイトカラー職の50%が消滅する可能性がある」と述べ、AIは大量の雇用を消滅させ、失業率を急上昇させる可能性があると警鐘を発しています。

ホワイトカラーの仕事がAIに代替されるという未来は対岸の火事ではありません。多くの人の明日に迫る大変革なのです。では、我々はどうすればいいのでしょうか。これまでリストラの情報を列挙しましたが、逆にAI人材のニーズは高まっています。人員削減と同時に、労働力の再構成が進んでいるのです。

NVIDIA CEOのジェンスン・フアン氏は「AIに仕事を奪われるのではない。AIを使う人に仕事を奪われるのだ」と言っています。AIは人間の能力を増強するツールであり、個人がAIスキルを習得することが重要だというのです。

ECプラットフォーム大手のShopify CEO トビアス・リュトケ氏はAIの活用スキルは選択肢ではなく必須条件だとする社内メモを公表しました。AIを「反射的に」使わなければならず、AIを学ばないなら停滞し、ゆっくりと失敗するだろうと述べています。

AI時代で必要な2つのスキルとは

このようにAI時代のビジネスシーンで生き残るためには、AIを使える人材になる必要があるのです。ビジネスの現場では新しいITツールを導入する際、必ず抵抗勢力が出てきます。「今うまく行っているのだからやり方を変える必要はない」「勉強している時間がない」「うまくいくはずがない」と、できない言い訳をたくさん探してきます。しかし、もうそんなことを言っている状況ではありません。AIの活用は必須です。

とは言え、何も全員がAIのスペシャリストになる必要もないのです。われわれが現在、インターネットで調べ物をして、WordやExcelでビジネス文書を作成し、外出先でもスマホで仕事を行っているように、AIを使って業務効率を向上させていけばいいのです。

これからは、AIを強力な協働パートナーとして捉え、煩雑な定型業務やデータ分析をAIに委ねることで、人間はより創造的かつ戦略的、人間的な対話が求められる高付加価値な業務に集中できるようになります。

AIとの協働がAI時代における生産性向上の本質であり、ビジネスパーソンが目指すべき新しい働き方の姿といえます。そのために必要なのが、AIを使いこなすテクニカルスキルとAIには代替できない人間固有のソフトスキルの2つです。

テクニカルスキルの基盤となるのは、まずAIリテラシーです。機械学習や生成AIの基本概念を理解し、AIが得意な分野と不得意な分野を把握することが重要です。

次に、ある程度のプロンプトエンジニアリングのスキルも必要です。生成AIから望む結果を引き出すためのスキルで、曖昧な指示ではなく具体的で構造化された指示を与えることで、実用的なアウトプットを得ることができます。

また、AIが出力した分析結果を鵜呑みにするのではなく「このデータは信頼できるか」「バイアスは含まれていないか」といった批判的な視点で評価する能力も求められます。そして、AIツールを既存の業務システムと連携させ、ワークフロー全体を効率化するデジタルツールの活用力も重要な要素となるでしょう。

一方、ソフトスキルはAIが進化するほど価値が高まります。しばらくは課題発見や構想力も人間固有の価値となるでしょう。今のところ、AIは明確に定義された問題を解くことは得意ですが、ゼロから課題を発見したり、新しいビジネスモデルを構想することは苦手です。人間は何を解くべきか、なぜそれを解くのか、という問いを立てる役割を担うのです。

さらに、コミュニケーションや共感力は現在のAI技術では模倣が困難な領域です。相手の感情や非言語的なサインを読み取り、深い信頼関係を構築する能力は、コンサルティングや営業、マネジメントなどの分野で不可欠です。さらに、リーダーシップや倫理的判断力、一部のマネジメント能力も、人間にしか果たせない重要な役割として残るでしょう。

  • 柳谷智宣のAIトレンドインサイト 第14回

    これまでよりもコミュニケーションスキルがさらに重視されるようになるかもしれません

スキルの習得と同様に重要なのが、マインドセットの転換です。AI技術の進化スピードは従来の予想を上回る勢いで加速しており、一度得た知識に安住することはリスクを伴います。

今後、AI時代で重要となる学び続ける力

そこで重要になるのが学び続ける力です。過去の成功体験や古い知識に固執せず、時代の要請に合わせて新しいスキルを習得するアンラーニング(学びほぐし)とリスキリング(学び直し)のサイクルを回し続ける必要があるのです。

AIスキルの学習を習慣化するには、日常業務そのものを訓練の場に変えると効果的です。1日30分でも良いので、AIツールに触れる時間を確保し、小さな成功体験を積み重ねることから始めましょう。海外の最新情報を要約させたり、メール本文の下書きをさせたり、議事録を作らせてみましょう。

体系的に学習するなら、オンライン学習プラットフォームや資格取得を活用しましょう。「G検定」や「生成AIパスポート」などの基礎的な資格から「E資格」など専門的な資格まで、自身のレベルに応じて選択できます。GoogleやMicrosoft、AmazonもAI関連の認定試験を行っています。

これからのビジネスパーソンが目指すべきは、単にAIを使いこなすだけでなく、AIの能力と人間固有の能力を掛け合わせて相乗効果を生み出す「AIシナジスト」です。AIの高速な分析力と人間の深い業務知識、AIの網羅的な情報生成能力と人間の創造性、AIの効率性と人間の共感力を掛け算することで、新たな価値を共創することができます。

重要なのは、AIによる変化を受動的に待つのではなく、AIという強力なツールを今すぐに使い始めることです。現在、生成AIの出力は60%の品質かもしれません。しかし、それを人間の知識と経験で100%に仕上げる能力こそが、これからの時代に求められているスキルなのです。

「AIがもっと進化して100%の精度になるまで待てばいい」と考えるのは愚の骨頂です。そのころには、すでにAIスキルを身に付けた人たちが、進化したAIを使って120%、150%の成果を出すようになっているからです。

AIの進歩を傍観している間に、AIを使いこなす人材との差は開く一方です。今日AIに触れない人は、明日もっと高性能なAIが登場したときに、ますます使えないままになってしまいます。技術の進歩は等しく全員に恩恵をもたらすものではありません。その技術を使いこなす準備ができている人が、その恩恵を享受できるのです。

だからこそ、完璧なAIを待つのではなく、今すぐにAIを使い始めましょう。今日から小さな一歩を踏み出し、試行錯誤を重ねながらAIスキルを磨いていきましょう。今ある技術を積極的に活用し、絶えず学び続けることが、AI時代を生き抜く最初の、そして重要な一歩となるのです。