毎年、アメリカで国防予算の審議を進める過程で「空軍のA-10攻撃機を用途廃止にする、しない」という話が出て来るのは恒例行事みたいになっている。ただし米軍の場合は特に、用途廃止がすなわちスクラップを意味するとは限らない。民航機も事情は同じで、「とりあえず保管」ということがある。

フリートを見直せば用廃機が出る

COVID-19の感染拡大で大きなダメージを被った業界の一つが、エアラインをはじめとする陸・海・空の運輸業界であることは論を待たない。「感染拡大防止のために人の移動を抑制」といわれたのでは、どうにもならない。そのため、エアライン各社ではフリートの見直しを図っている。という話は以前にも書いた。

フリートの見直しでは、単に規模を縮小するだけでなく、機種の整理統合を図ったり、経済性が良くない機体をフリートから外したり、といった施策が定石となる。では、こうした施策によって余剰になった機体はどうするか。日本のエアラインでも次々に用廃機が出ては、アメリカあたりに向けて飛び立っているが、その先は?

普通なら、あるエアラインで用途廃止になった機体でも、「捨てる神あれば拾う神あり」で、さらに古い機体を使用している別のエアラインが、中古機として買ってくれることがままある。ところが現在は、全世界で同時にエアライン業界が不況になってしまったので、まず買い手を探すのが難しい。

すると考えられる手は2つ。まず、バラして部品取りにする前提で、部品業者などに売却する方法。稼働機が多い、メジャーな機種であれば、スペアパーツの引き合いも多くなるから、この手が成立する可能性がある。

もう一つは、とりあえず非稼働状態で保管しておいて、景気が回復したら復活させる(かもしれない)という方法。そして今回の記事の本題は、こちらだ。

軍用機でははるか昔から、この手の話がよくある。古くなったから、能力的に第一線を張れなくなったから、といった理由に加えて、予算削減、あるいは軍縮によって余剰機が出ることもある。その余剰機をいきなり売却する代わりに、とりあえず保管しておくというわけだ。しかし、ただ置いておけばよいというものでもない。

機体を傷めない保管環境が必要

最近は例外が増えているが、飛行機の機体構造材は基本的にアルミ合金である。金属の一種であり、湿気や潮気が多い環境では傷みやすい。すると、高温多湿の土地、あるいは海岸に近い土地は、保管に不適ということになる。

ところがよくしたもので、アメリカではカリフォルニア州のモハーベ砂漠、あるいはアリゾナ州のデビスモンサン空軍基地にある309AMARG(309th Aerospace Maintenance and Regeneration Group。第309航空宇宙整備・再整備群)といった具合に、内陸部で、空気が乾燥した場所に「飛行機の墓場」ができている事例がある。

  • デビスモンサン基地で保管されているC-130輸送機。これでも保管機の一部に過ぎない。全体像はGoogle Mapsで見てみよう 写真:USAF

    デビスモンサン基地で保管されているC-130輸送機。これでも保管機の一部に過ぎない。全体像はGoogle Mapsで見てみよう 写真:USAF

もちろん、ただ単に無造作に置いておくわけではない。キャノピーのように、保護すべきところは保護するし、内部に塵埃などが入り込まないようにする措置もやった上でのことだ。また、エンジンは外してしまうのが普通だ。

これが、保管したままとは限らず、ときにはラザロのごとくに復活するのが面白い。例えば、米空軍のB-52H爆撃機。核軍縮条約によって、実戦配備可能な機数には上限が課せられている。しかし、それに合わせてギリギリの機数だけを保有していると、事故や老朽化で引退する機体が出てきた時に穴が開いてしまう。まさか今さら、B-52Hを再生産するわけにもいかない。

そこで、309AMARGで保管されている機体のお出ましとなる。状態の良さそうな機体を引っ張り出して、検査と整備を行い、現役復帰させる。ここ何年かの間に、そうやって2機が現役に戻っている。

まず、2015年に現役復帰した “Ghost Rider” で、これはシリアルナンバー61-007、つまり1961会計年度に発注した機体。続いて2020年12月に現役に戻ったのが “Wise Guy” で、こちらはシリアルナンバー60-034、つまり1960会計年度の発注。実際に機体ができるのは発注より数年後になるが、それでも筆者の生年である1966年よりは前だ。つまり、2機とも筆者よりロートルである。それでも、機体の状態に問題がなく、ちゃんと再整備できれば、現役復帰できるのだから恐れ入る。

また、自国で現役に戻す代わりに、他国に売る事例もある。時には、部品取りに活用する事例もあるのではないだろうか。

余談を少々

しかし、こうやって現役に戻れるのは運がいい機体で、おそらく、多くの場合は309AMARG送りになったら、ずっとそのままである。民航機も事情は似たり寄ったりではないだろうか。せめて部品取りに使ってもらえれば、一部は生きながらえて役に立つことになるのだが。

それができなくても、意外なところで出番が巡ってくることがある。その一例が「プレーンタグ」。用途廃止になった実機をバラして、機体構造材を「切り身」にして商品にする。そんな商品の一つが筆者の手元にもある。エア・カナダで飛んでいたボーイング767、登録記号C-GAUN。

といえば、ピンとくる方もいらっしゃるはず。単位の換算を間違えたせいで飛行中にガス欠になり、滑空して無事に着陸した、いわゆる「ギムリー・グライダー」そのものである。手元にあるものには「#8803 OF 10,000」と書いてあるので、1万個を作って販売したうちの8,803番目ということだ。

  • 筆者の手元にある「ギムリー・グライダー」の切り身。1万個を作って販売したうちの8,803番目を意味する「#8803 OF 10,000」と書かれている 撮影:井上孝司

    筆者の手元にある「ギムリー・グライダー」の切り身

余剰機も、やり方次第で商売のネタになるという一例だろう。もっとも、「ギムリー・グライダー」のように、なにかしら耳目を引きつける故事来歴が欲しいところではある。

ちなみに。先に名前が出て来た309AMARGはアリゾナ州ツーソンの近くにあるが、そのツーソンから東南東に33マイルほど行ったところに、ユニオン・パシフィック鉄道で用済みになったディーゼル機関車がズラリとつながれて置いてある場所がある。飛行機を保管できる気候条件だから、機関車だって保管できる理屈だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。