今回のお題は“MAGMA”である。といっても、マツダの衝突安全ボディとは何の関係もない。BAEシステムズが3年ほど前に発表した実験機のことだ。そして、MAGMAには操縦翼面がないのだ。
3つの噴出口が姿勢変化の肝
以前に本連載で取り上げたように、固定翼機の操縦に際しては可動式の操縦翼面を使用するのが一般的だ。横転/ロールは補助翼(エルロン)、機首の上げ下げ(ピッチ)は昇降舵(エレベーター)、機首を左右方向に振る動き(ヨー)は方向舵(ラダー)を使用する。このほか、低速飛行時の高揚力装置としてフラップを用意することが多い。
ところが、BAEシステムズが2017年に発表したMAGMAでは、こうした可動式の操縦翼面がない。代わりに、胴体の後端部と左右の主翼後縁部に設けた吹出口から噴出する気流の向きを変えて、姿勢変化につなげている。
MAGMAは小型の無人機で、開発にはマンチェスター大学が協力した。ステルス無人戦闘用機みたいな外見をしているが、あくまで操縦システムの技術実証だけを目的とした機体で、戦闘任務に使うつもりは全くない。
横操縦の特徴
まず横操縦だが、これはエンジン抽気を後縁部のスロットから超音速で噴射する “wing circulation control” という仕組みを利用する。左右でそれぞれ、噴射によって発生する力の向きを変えれば、横転が可能になる。そこで登場するのがコアンダ効果。というと何事かと思われそうだが、STOL(Short Take-Off and Landing)実験機「飛鳥」の高揚力装置で使われていた原理に通じるものがある。
「飛鳥」の場合、主翼上面にエンジンの排気口を設けている。そして主翼の後縁部に設けたフラップを降ろすと、気流がそれに沿って流れて、結果的に下方に向かい、機体を直接支える分力を生み出す。それによって低速で機体を支える力を増せば、結果的に離着陸時の滑走距離が短くなる。
それに対してMAGMAでは、主翼後縁に設けた凸状の突起の上下にスロットがあり、そこから抽気が吹き出す仕組みを用いている。上のスロットを使えば、気流は突起に沿って下向きに流れるし、下のスロットを使えば逆になる。両方を使えば、気流が合わさって機軸に沿った流れになる。
ということは、どちらのスロットからどれぐらいの気流を出すかによって、上下の動きをコントロールできる理屈となる。左右の主翼で逆の動きをさせれば、横操縦が可能になる。
ピッチとヨーの特徴
次にピッチとヨーだが、こちらは空気の噴出によってジェット・エンジンの排気を偏向する “fluidic thrust vectoring” という仕組みを利用する。エンジン排気口の先に凸状の突起を設けて、そこに設けた穴から空気を噴出させることで曲がった気流を生み出し、それを使って排気の向きを変える。ノズルの左右に突起を設ければ左右の、上下に突起を設ければ上下の偏向ができる理屈。
BAEシステムズではこれらを総称して、”blown-air Technology” と呼んでいる。空気の噴出を利用するという動作原理、そのまんまのネーミングである。
“blown-air Technology” のメリット
では、扱い慣れた操縦翼面を捨てて新技術を開発するメリットはどこにあるか。
機体の構造の簡素化
まず、機体の構造が簡素になる。可動式の操縦翼面を設置するには、主翼や尾翼の一部を切り欠いて、ヒンジを介して操縦翼面を取り付ける必要がある。しかも、その操縦翼面を作動させるために、小型機なら操縦桿やラダーペダルから索やロッドを直接つなぐし、大型機なら油圧系統や電気系統を介してアクチュエータを制御する必要がある。メンテナンスや調整が面倒な部分である。
ところが、“blown-air Technology” では可動式の操縦翼面がないから、その辺の構造がシンプルになると期待できる。ただし、エンジンから主翼の後縁まで抽気を送るダクトが必要になる点には注意が必要だろう。ダクトが狭いと流れを妨げるし、ダクトを大断面にすると主翼の形状に響く。MAGMAが全翼機みたいなレイアウトになっているのは、主翼の厚み(=ダクトを通すためのスペース)を確保しやすかったから、かもしれない。
ともあれ、構造がシンプルになれば、整備にかかる費用の低減も期待できる。構造のシンプル化は、整備にかかるマン・アワーだけでなく、使用するパーツにかかるコストにも関わってくる。
ステルス性の向上
また、意外なところで、ステルス性の向上にも効果があるかもしれない。通常の操縦翼面は当然ながら可動式だから、定位置にいる時と、作動した時とでは位置関係が変化する。すると当然ながら、機体のレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)にも影響が生じる。それに加えて、ヒンジ部分にどうやってステルス性を持たせるか、という課題も生じる。
しかし、可動式の操縦翼面がない “blown-air Technology” では、そうした問題を根本から解消できる可能性がある。ただしもちろん、吹出口の部分でいかにしてステルス性を維持するか、という課題は残る。
低速時の舵の効力向上
このほか、特に低速時の舵の効きが良くなるかもしれない。通常の操縦翼面は、気流が当たることで機体の姿勢変化につながる力を生み出している。すると、速度が速い時と遅い時とでは、効きに違いが出てくる。しかし、抽気やエンジン排気を使用すれば話は違う。実際、F-22みたいに推力偏向ノズルを備えた戦闘機は、速度が遅い状態でも推力偏向を駆使してクルンと向きを変えることができる。
固定翼の飛行機は、常にそれなりの速度で飛んでいるからまだいいが、艦船だと低速航行時には舵の効きが悪くなり、操船/操艦が難しくなるらしい。おっと、本稿は飛行機の連載だった。
これはあくまで実証機
2019年頃まで、MAGMAの飛行試験に関する発表がなされていたが、その後の新たな動きは伝えられていない。あくまで技術実証機だから、所要の試験をすべて消化して、必要なデータを得ることができれば、目的は達成できることになる。
なにも、この技術を使っていきなり実用機を作ろうとしているわけではない。それに、この技術が本当にモノになるかどうか、サブスケール機ではなく人が乗れる規模の機体でも通用するかどうかは、試験で集まったデータを解析してみないとわからない。
ただ、こういう新たな取り組み、ユニークな取り組みが出てくるところが、この業界の面白いところだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。