今回も前回に続き、航空機において操作ミス・判断ミスを防ぐために取り入れられている、さまざまな工夫について見ていくことにする。なにも飛行機の話に限らず、ソフトウェアやハードウェアの設計に際してマン・マシン・インタフェースを設計する場面で、この種の話は参考になるかもしれない。
誤操作を物理的に防ぐ
操作するという意図に間違いがなくても、操作するスイッチやレバーをを間違えれば、これまた一大事になる。
とある市販の乗用車で、エアコン関連の操作パネルをタッチパネルにしたら盛大に批判されたことがあった。たまたまレンタカーで当該車種に乗ったことがあったが、現物を見て「これはあかん」と思った。何が問題なのか。タッチパネルの表面は当然ながら真っ平らだから、指先の感触でスイッチの種類や位置を判読することができない。すると、必ずパネルを目で見て操作しないといけない。それでは前方注視がおろそかになって危険である。
といっても、航空機でもタッチスクリーン式ディスプレイを導入する事例は増えつつある。有名なのはF-35だが、エアバスA350も導入を開始した。そのF-35のタッチスクリーン式ディスプレイには、面白いポイントがある。いわゆるタップ操作は受け付けるが、画面上で指先を滑らせる操作は受け付けない。揺れなどのせいで「ズルっ」と滑って、誤操作につながる事態を防ぐための工夫だという。
物理的な操作系があり、かつ外見で機能の区別がつくようになっていれば、指先の感触で違いを把握できる。第125回では降着装置の上げ下げを指示するレバーを引き合いに出したが、他にも例がある。
戦闘機の操縦桿やスロットル・レバーは、いちいち手を離さなくてもさまざまな操作ができるように、いろいろなスイッチやボタンがとりついている。いわゆるHOTAS(Hands on Throttle and Stick)である。そこでよくよく見てみると、スイッチやボタンはそれぞれ形状が違っていて、位置に加えて指先の感触でも区別がつくようになっている。
また、誤操作するとヤバいスイッチやボタンは、周囲を筒で囲んで「指先でしっかり押し込まないと押せない」ようになっていたり、蓋をつけて「蓋を跳ね上げないと押せない」ようになっていたりする。さらに、周囲を黄色と黒の虎縞で囲んで目立たせる工夫もしている。
F-35には、スイッチ操作ひとつで自動的に水平直進飛行に戻してくれる「AUTO RECOVERY」という機能があるが、これのスイッチは虎縞で囲んで注意喚起するだけでなく、平素は赤いカバーで蓋をしてある。そのカバーをはね上げないと操作できない。緊急時には不可欠のものだが、平素に間違って操作してしまっても困るので、こうなっている。
エアバスA220やA350のコックピットで撮影した写真を確認してみたところ、「誤操作するとヤバい」スイッチには蓋が取り付けてあるのだが、蓋に黒いものと赤いものがあった。後者のほうがクリティカルなのはいうまでもない。
ちなみに、押しボタンの周囲を筒で囲む方式は飛行機に限ったことではなく、新幹線電車でも使用例がある。これは0系新幹線で問題になった話だが、駅で停車する度に扱う「確認」ボタンと「パンタ下げ」のボタンが並んでいた。そこで間違ってパンタを下げてしまってはマズいということになり、後者を筒で囲んで誤操作を防ぐようにした。
根本的なことをいえば、この2つが隣り合って並んでいるからいけないので、離すほうが良い。実際、300系や500系や700系では、この両者は離して設置してある。もっとも、車種が変わる度にスイッチ配置がガラリと変わるのも問題があるので、そこの兼ね合いが難しいところではある。
タッチパネルではどうすれば?
物理的なスイッチやボタンやレバーがある時は、物理的な蓋を付けることで「うっかり誤操作」を防ぐことができる。しかし、タッチスクリーンになってしまったらどうするのだろうか。
その一例が、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)の無人機用地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)。国際航空宇宙展に持ち込まれたデモ機では、6面あるディスプレイのうち左下の1面を、機体のシステム管制にあてていた。そこには当然、うっかり操作が事故につながりそうなボタンも表示されている。
そこでどうしたか。まず、注意喚起のために虎縞で囲む。さらに、1回タップすると「蓋をはね上げた」ことにして、もう1回タップすると初めて「ボタンを押した」ことにする。意図的に同じ場所を2回タップしないと作動しない。
物理的な蓋を設けるわけにはいかないし、だからといってあまり不自然な操作を求めてもいけないので、「ダブルタップ」にしたわけだ。ダブルタップといっても拳銃を撃つわけではないけれど。
異常の把握を妨げない
信号機といえば「赤は停止」と決まっている。これに限らず全般的に、「赤は警告、あるいはやってはいけないことを示すもの」というルールを適用している事例は多い。身近なところだと、クルマのエンジン回転計(タコメーター)にレッドゾーンというものがある。
これは空の上でも同じこと。表示灯でもグラスコックピットの画面表示でも、警告・警報の類は赤で表示する。これを操作する側の視点から見ると、「赤いものが視界に入ってきたら、何かマズいことが起きていることの印」となる。
計器で「入ってはいけない領域」を示すのに、赤色表示、あるいは虎縞表示で、視覚的に危険を知らせる工夫を取り入れている。エアバスA220のPFD(Primaty Flight Display)を見たら、高度計の0より下が虎縞だった。降下中に高度計を見ていて、下から虎縞ゾーンがせり上がってきたら「地面が近いので注意」となるわけだ。
そこで問題になったのが、第125回でも取り上げた、クラシック747の前縁フラップ表示灯。前縁フラップが出ていなくても赤ランプは点かないから、「赤ランプは点灯していないので、ヨシ!」と思ってしまう可能性はついて回る。そして実際、「操作ミスが原因で前縁フラップを出し忘れたまま離陸を始めてしまい、失速して墜落」という事故が起きた。
物理的な表示灯を用意しないといけない世代の機体だから、こういう問題が起きてしまったのだが、当節のコンピュータ制御・グラスコックピットの機体なら、違う対処ができそうだ。離着陸時と巡航時を区別して、前者に限って「前縁フラップが出ていなかったら赤で警告を表示する」とするロジックは実現できそうだ。区別の手段は、速度か高度でどうだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。