旅客機の機内を対象とする与圧・空調については、第17回で取り上げたことがある。基本的な話はそこで押さえてあるのだが、当節はCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の問題が出てきたのに伴い、飛行機に乗る度に空調・換気に関するアナウンスが行われている。そこで今回は、それに関連する話を。

毎分20~30回の換気

空調・換気に関するアナウンスの趣旨は「機内の空気は2~3分ごとにすべて入れ替わっております」と「高性能フィルターを設置しております」といったところがメイン。

そこで「もうちょっと具体的な話はないものか」と考えて調べ回ってみたら、なぜか英国議会のWebサイトで「ボーイングがまとめた覚書」なるものが見つかった。2007年に掲載されたものだが、基本的なところは今も変わっていないだろう。

その覚書によると、機内換気の頻度(ventilation rate)は1時間につき20~30回。これはまさに、機内アナウンスにある「2~3分ごとに入れ替わる」と符合する。2分ごとなら30回、3分ごとなら20回だ。

  • A350-1000のキャビン頭上にある空気吹出口。環境制御システムで適切な気温・気圧に調整した空気が、ここから出てくる。ワイドボディ機では複数のダクトを設けるのが 撮影:井上孝司

    A350-1000のキャビン頭上にある空気吹出口。環境制御システムで適切な気温・気圧に調整した空気が、ここから出てくる。ワイドボディ機では複数のダクトを設けるのが普通

では、具体的な流量はどれぐらいなのか。大雑把極まりないが、計算してみた。例えば、ボーイング777-200は胴体内径が5.86m、全長は63.7mある。もっとも、機首の先端部分や尾部は与圧対象外だし、その間のキャビンも前後は少し絞り込まれている。さらに、機器や腰掛などの設備類が体積を食っている部分もある。

だから厳密な意味での「機内容積」の計算は難しいのだが、「えいや」と「内径5.86m、長さ55mの筒」とみなしてみた。出てきた数字は、(5.86÷2)^2×3.14×55≒1,483立方メートル。毎時30回なら、1時間ごとにこれの30倍、つまり4,449立方メートルの空気が送り込まれたり、排出されたりしている計算になる。

これはまことに雑な計算だが、機内の空気を高い頻度で入れ替えていると、けっこうな流量になる、ということはわかると思う。普通、与圧にはエンジン抽気を使用しているから、それだけの空気をエンジンからくすねているわけだ。

そして、件の覚書には「一般的なビルの換気頻度は1時間につき4~10回」との記述もあったので、それと比較すると飛行機のほうがずっと高頻度ということになる。ただしこれはイギリスの話だから、日本のビルだと違う数字が出てくるかもしれない。

このほか、「787では燃費低減の一環として、乗客の乗り具合に応じて換気の頻度を調整している」との記述もあった。なお、787は従来のようにエンジン抽気を使わず、独立した空気圧縮機を用意している点に特徴がある。

  • A350-1000の普通席。腰掛の陰になって見づらいが、壁と床が接する部分に排気口があるのがわかる 撮影:井上孝司

    A350-1000の普通席。腰掛の陰になって見づらいが、壁と床が接する部分に排気口があるのがわかる

高性能フィルターは再循環の際に用いられる

では、もう1つのアナウンス要素「高性能フィルター」とは何か。これはいわゆるHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルターのことである。

HEPAフィルターは、直径0.3ミクロンの粒子のうち99.97%を捕獲できる。それにより、機内空調換気系統を通じたウィルスやバクテリアの拡散を阻止する効果につながる。飛行機の空調系統で使用しているHEPAフィルターは消耗品だから、定期的に交換されている。

なお、HEPAフィルターは飛行機の中だけで使われているわけではない。感染症がらみだと、結核専門病棟でも使われている。HEPAフィルターを用いた循環式空気浄化装置による、具体的な浮遊飛沫核の低減効果については、結核予防会のWebサイトに記述がある。

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さて。機内での空気の流れは基本的に、新鮮外気を頭上から供給して、機内の空気は床に近いところに設けた排気口から出ていく。それは最終的に、アウトフロー・バルブを通じて機外に出している。

昔の機体では単純に、外気の供給と機内からの排出を行うだけだったが、今の主流は一部の空気を再循環させる方式。つまり、排出した空気の一部を新鮮外気の系統に送り返して、混合した状態で機内に送り出している。こうすることで空調負荷を軽減できるし、機内を出入りする空気の流量を増やす効果もある。

アメリカの国立衛生学研究所(NIH : National Institutes of Health)が、旅客機の機内環境制御に関するレポート “Environmental Control - The Airliner Cabin Environment and the Health of Passengers and Crew”をまとめているが、そこに機種ごとの再循環の比率を記したデータがあった。例えば、747-100/200/300だと23~27%、757だと48~55%、DC-8-71/72/73だと34~49%といった数字が出てくる。(ちなみにDC-8の場合、-60シリーズまでは再循環をやらない)

その再循環の際に登場するのがHEPAフィルター。これを通してきれいな状態にしているし、新鮮外気も継続的に取り入れているから、「再循環しているから汚染された空気が流れている!」といきり立ってはいけない。NIHのレポートでも書かれているが、ちゃんと、酸素や二酸化炭素を適正な比率に保てるだけの新鮮外気は入ってきている。(余談だが、一部を循環させる方式をとっているところは、新幹線電車の空調換気装置も同じである)

「HEPAフィルターを使うのは再循環の時だけなの?」と疑問に思われるかも知れないが、そもそも巡航中に取り入れる外気は成層圏のそれである点に留意して欲しい。

なお、ギャレーやラバトリーについては話が異なり、独立した系統から外部に排気しているという。つまり、再循環の対象にはなっておらず、一方通行である。確かに、ギャレーやラバトリーの排気を機内に再循環させたら、昔の潜水艦みたいなことになりかねない。

また、NIHのレポートによると、フライトデッキ(コックピット)も再循環の対象外である。ちなみに、フライトデッキの空調系統は客室とは独立している。

NIHのレポートでは、HEPAフィルターの交換頻度について「C整備と呼ばれる整備(4,000~12,000飛行時間ごとに実施)の際に交換するのが一般的」と述べていた。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。