外出する時に、家を出る前に火の元や戸締まりを確認して回る、という人は少なくないだろう。単に漫然と見て回るだけでなく、1つずつ指差確認・声に出して確認、とすれば、さらに確実性が高くなる。でも、確認する対象を間違えたり、見逃したりしていたら?

チェックリストは覚えてはいけない

というわけで登場するのが、チェックリスト。確認すべき項目と、あるべき設定値の対応をリストにまとめたものである。

飛行機を飛ばすことになると、さまざまな場面でこれがついて回る。機体外部点検の段階から始まり、エンジン始動前、エンジン始動後、タキシング開始前、離陸前、離陸後、着陸進入の前などなど。

リストの対象は多種多様。計器が示す数値なら、特定の値、あるいは一定の値より大きい/小さい。レバーやスイッチなら、どこに合わせてあるか。そういった確認項目がズラッと並んでいる。

そこで、1つ問題がある。

確認すべき項目の数が少なければ、毎日のように繰り返し確認しているうちに、内容を覚えてしまうかもしれない。

しかし飛行機に関わるところでは、チェックリストの内容を覚えてしまったとしても、だからといって、チェックリストを見ないで「そら」で確認してはいけない。どんなに覚えている内容に自信があっても、ちゃんとチェックリストの現物を見ながら照合しないといけない。

飛行機に限ったことではなく、新幹線でも通常と異なる運転取り扱いを行う場合の確認項目をチェックリストにまとめたことがあるという。その際に責任者が現場の人間に「この内容は覚えてはいけない。必ず、リストを見ながら確認するように」と申し渡したという。

なぜ覚えてはいけないか。もちろん、間違えて覚えてしまったら困ったことになるから、というのはあるだろうが、それだけではない。何かの事情があって、確認すべき項目が増減したり、あるべき設定値が変わったりしているかもしれない。

それに、「覚えている」ことと「覚えたものをすべて吐き出せる」ことは別である。覚えたつもりになっていて、実はいくつかの確認項目を飛ばしていました、ということはあり得る。

そんなこんなの事情により、チェックリストの内容は「覚えてはいけない」のである。

フライトマニュアルを買ってみよう

エアラインの運航乗務員、あるいは軍(日本なら自衛隊)のパイロットを務めていれば、否応なしにチェックリストと付き合うことになる。しかし、飛行機と縁もゆかりもない仕事をしていると、飛行機を飛ばす時に使うチェックリストの現物を見る機会はなさそうだ。

といっても、その世界に接するチャンスはある。パーソナルコンピュータ上で動作するフライト・シミュレータを使ってみるとか、市販されているフライトマニュアルを買って見てみるとかいう方法が、それ。

実は、フライトマニュアルというものは、意外と売られているものである。たとえ軍用機のものであっても。

もちろん、機密に関わるような部分は除外された状態でなければ、一般には出回ってこない。除外されるのは主として、センサー機器やコンピュータといった、いわゆるミッション・システムに関わる部分である。

一方で、飛行機を飛ばす機能に関わる部分であれば、除外されずに、意外とちゃんと書かれている。

例えば、米軍機のフライトマニュアルを見てみると、乗り込む前の外部点検に関するページがあって、「ここを起点として、こういう順番で機体の周囲を移動しながら、これとこれを確認する」といった具合に、図入りで丁寧に書かれている。

そして当然ながら、飛行機を飛ばすためのさまざまな段階でチェックリストがついて回り、確認すべき項目と、あるべき設定値が示されている。それを見れば、「こんな丁寧にやってるんだなあ」という雰囲気ぐらいはわかる。

  • 米国連邦航空局はWebサイトでフライトマニュアルを公開している

チェックリストを作ってみよう

といっても、それはあくまで「見るだけ」の話。日常生活に取り入れられるものではない……と思いそうになるけれど、そうでもない。特にクルマの運転をする人にとっては。

例えば、駐車場にクルマを止めたら、エンジンを切る。それは誰でもやるが、そこで照明を消し忘れてバッテリーが上がった経験がある方、いらっしゃらないだろうか?

あと、積雪地帯では冬になると、凍結して解除できなくなる事態を避けるために、パーキングブレーキを使わない。AT車ならセレクターを「P」に、MT車ならギアを「1」に入れて、その状態で止めておく。

これは寒冷地に住んでいれば常識だが、温暖地に住んでいる人がたまに寒冷地に行くと、忘れる。

そこでチェックリストを作るのである。エンジン停止、ライトの消灯、シフトのあるべき位置、パーキングブレーキの作動・不作動などをチェックリストにして、クルマを止めた後で、それに従って確認する。

皆がこれをやれば、少なくとも「バッテリー上がり」でJAFのロードサービスが出動するような場面は、いくらか減らせるような気がするのだけれど、どうだろうか。

現にショッピングセンターなんかで、時々「ナンバー○○のクルマのランプが点きっぱなしになっています」と放送がかかるではないか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。