ここのところ、航空管制に関連する話題を続けてきているが、その話はいったんお休みして、今回は特別編。今月に開催されたボーイングの発表会の話を交え、同社が開発を進めている次世代ワイドボディ機・777Xについて書いてみよう。

参考 : ボーイング社の777X製品情報

ボーイング社ダレン・ハルスト氏の記者説明会

ダレン・ハルスト氏。ボーイング社の民間航空機部門で、市場分析・販売支援担当のシニア・マネージング・ディレクターを務めている

2018年3月15日に都内で、ボーイング社のダレン・ハルスト(Darren Hulst)氏が、ボーイング社の民間航空機部門の動向に関する記者説明会を行った。

主な内容は、787、777X、737MAXといった同社製品の販売・受注実績に関する説明や、同社製品が競合機に対して有するアドバンテージなどに関する説明であった。その中で、開発を進めている777Xにも言及があった。

777Xはその名の通り、なじみ深い777に大幅な改良を加えた新モデルである。主な変更点としては、以下の点が挙げられる。

  • エンジンをゼネラル・エレクトリックの新型であるGE9xに変更。1基あたりの推力は10万ポンド(45.4t)を超える
  • 主翼を炭素繊維複合材料製に変更して、サイズアップしつつ重量増加を防止
  • ペイロードを18t、航続距離を3,000km増やす。席数でいうと20~40席の増加が可能

ハルスト氏の説明では、777Xでは機内の快適性を高めるため、気圧の引き上げや湿度の引き上げを実施するという。

本連載第17回で言及したように、機内の与圧は通常、エンジンからの抽気を利用している。もちろん温度や気圧は適切に調整されるが、湿度は外気そのままで低い。

ボーイング787では、軽量で強度が高く、腐食の心配がない炭素繊維複合材料製の機体構造材を使用することで、気圧と湿度の引き上げを実施している。それと同じことを777Xでも実現しようというわけだ。湿度のアップはお肌に優しい。

また、777Xでは窓の大型化も図るという。ハルスト氏の説明の中で「787はA350と比べて窓が大きい」という比較アピールがあったが、これにも炭素繊維複合材料製の機体構造が貢献しているとされる。

そもそも構造設計の見地からすれば、窓のような開口部は強度上の隘路になりやすいので、なくすか、せめて小さくする方が助かる。旅客機に限らず新幹線電車でも、最近は窓が小さくなる傾向がある。

しかし旅客の立場からすれば、窓は大きいほうが嬉しい。それを787は機体構造の材質変更によって実現した。そして、777Xでも同じメリットをアピールしようというわけである。具体的な数字でいうと、777は140平方インチ、それに対して777Xは162平方インチに拡大するという。

  • 2016年に東京ビッグサイトで開催された「国際航空宇宙展2016」で、ボーイングは777Xの模型を展示していた。手前の2機がそれ

777Xで炭素繊維複合材料を使うのは主翼だけ

後述するように、主翼は設計も材質も一新するが、777Xの胴体は金属製のままである。ハルスト氏は「777や787の運用経験に基づいて構造の見直しを図ることで、気圧と湿度の引き上げを実現する」としか述べていなかったが、そこがノウハウということになるのだろうか。

787の場合、炭素繊維複合材料で茶筒状の胴体構造を輪切りにしたものを製作して、それを接合することで1つの胴体を形作っている。777Xで同じことができれば話は簡単(?)だが、そう簡単にはいかない。

777の胴体は、外径が6.19mある。それに対して787は5.74mある。787では前部胴体の一部を日本で川崎重工業が製作しており、完成したものを747LCFドリームリフターでアメリカに空輸している。ドリームリフターの貨物室の直径は、この787の胴体がまるごと入ること、という条件で決められている。

  • 川崎重工が製作を担当している、787の胴体部分。胴体を輪切りにした一部分をまるごと、炭素繊維複合材料で製作している

すると、787よりも直径が大きい777Xの胴体は、おそらくドリームリフターでは空輸できない。そもそも、輸送以前に製作が問題で、直径6.19mの胴体構造材を内部に収められる巨大なオートクレーブが必要になってしまう。

かといって分割構造にすれば、複雑になり、重くなり、製造工数が増える。ハルスト氏は787の利点をいろいろ挙げた中で「複合材料による一体構造としての製作」を挙げていたが、分割構造にすれば、その利点が薄れてしまう。

おそらく、そうした事情を考慮して、777Xでは胴体を炭素繊維複合材料の一体構造にしていないのではないだろうか。にもかかわらず、787と同様に気圧や湿度の引き上げを図り、しかも胴体内側の幅まで4インチ拡大しようというのだから(つまり側壁を2インチ薄くすることになる)、構造屋さんは大変そうだ。

長くなる主翼と折り畳み機構

先にも触れたように、777Xでは主翼を炭素繊維複合材料製に変更するとともに、抵抗低減による燃費改善を企図してアスペクト比を大きくする。つまり現行よりも長い主翼になり、全幅が増加する。数字でいうと、212フィート7インチ(64.8m)から235フィート6インチ(71.8m)への増加だ。

すると、空港の側としては困ったことになりかねない。全幅が増えるということは、1機当たりの駐機スペースの幅を拡げなければならないということである。すると、スポットの配置をごっそり見直さなければならなくなる可能性が懸念される。

777Xはそういう問題が起こらないように、主翼に折り畳み機構を追加する構想になっている。着陸したら翼端を折り畳んで幅を減らすので、今あるスポットのままでも大丈夫ですよ、ということだ。折り畳み時の翼幅は212フィート8インチ(64.8m)の予定で、これなら現行777と同等である。

空母搭載機は艦上での占有スペースを減らすために主翼を折り畳み式にする事例が多いし、ヘリコプターも艦載型だとメインローターを折り畳めるようにする機体が多い。それと同じことを旅客機でやろうというわけだ。

旅客機メーカーが何をアピールしようとしているか

留意していただきたいのは、構造の見直しにしろ、全幅の拡大にしろ、構造材の変更にしろ、それ自体が目的ではないということだ。アピールしているのはあくまで、「旅客にとっての快適性向上」であり「燃費をはじめとする運航経費の低減」である。

エアラインは旅客機を飛ばして人を運ぶことで事業を成立させている。それには、より快適で魅力的で経済的な機材が必要である。だから、メーカーはそうした分野のメリットを強くアピールするし、素材も技術もそれを実現するための手段である。

素材や技術について喧伝されることは多いが、それ自体は目的ではなく、あくまで手段である。これは旅客機に限らず、どんな分野の製品にもいえることであろう。