基幹ロケット高度化
H-IIAの開発以前、H-IIの高度化・高機能化を目指す開発が存在した(第1回参照)。
H-IIAにおいても、打ち上げ性能の向上、国際競争力の強化、効率的な運用を目標に、「基幹ロケット高度化」の開発が進められた。
静止衛星打ち上げ能力の向上
高度化の目的のひとつは、H-IIAの第2段機体の改良による、国際競争力と打ち上げ柔軟性の向上だった。 H-IIAは、通信・放送衛星などの静止衛星の打ち上げ能力が低いという課題を抱えていた。静止衛星の軌道は赤道上にあり、赤道付近から真東に打ち上げれば、衛星を効率的に軌道に投入できる。このため、「ロケットの打ち上げは赤道に近いほうが有利」と言われる。また、欧州が南米仏領ギアナからロケットを打ち上げるのもこの理由による。
しかし種子島宇宙センターは北緯30度と、比較的高い緯度に位置する。そのため、真東に打ち上げると、赤道から約30度傾いた軌道にしか衛星を投入できない。この軌道傾斜角を補正するため、衛星は自身のエンジンで軌道変更を行う必要があり、追加の燃料が必要となる。
つまり、赤道上の発射場を使えば、より重い衛星を打ち上げることができたり、あるいは同じ衛星でも、赤道上から打ち上げれば運用期間を延ばすことができたりする。これは、H-IIAのビジネスにとって大きな足かせのひとつとなっていた。
そこで、JAXAと三菱重工はH-IIAの第2段を改良し、衛星が担っていた軌道変更の一部をロケット側で代替できるようにした。これにより、打ち上げ能力が若干低下し、コストが増加するものの、欧州のロケットなどとほぼ同等の軌道に衛星を投入可能となった。
この実現にあたり、JAXAと三菱重工は「ロングコースト」技術を開発し、液体水素タンクに白い塗装を施して蒸発量を抑えることで、ロケットを長時間、慣性飛行ができるようにした。さらに、エンジンの複数回の着火を可能にし、衛星を精度よく軌道に入れるために弱い推力でエンジンを噴射できるようにする「スロットリング」技術の開発など、さまざまな改良を施した。
この改良は、2015年11月24日に打ち上げられた29号機で適用され、技術実証が行われた。
高度化で開発された技術――ロングコーストやスロットリング、複数回のエンジン着火や、それによる軌道の異なる衛星を複数同時に打ち上げや、静止衛星の打ち上げ柔軟性の向上などは、もともとH-IIの高機能化で実現しようとしていたものだった。
H-IIでは、データ取得は行われたものの、8号機までで運用が終わったことで、結局は実現することはなかったが、H-IIAでついに結実したのだ。
衛星搭載環境の緩和
また、衛星搭載環境の改善を目的として、「低衝撃型衛星分離部」が開発された。H-IIAは、衛星を分離する機構に火工品(火薬)を使用しており、分離時の衝撃が大きく、衛星にとって“乗り心地が悪い”という課題があった。
そこで、火工品を使用せず、機械的に分離できる機構を開発し、衝撃環境を約4,000Gから世界最高水準の1,000Gに低減させた。
この技術は、2016年2月17日に打ち上げられた30号機で技術実証が行われた。
地上追尾レーダーの不要化
そして、地上設備の維持・更新コストの削減により、ロケット運用基盤も強化された。
従来のH-IIAは、機体に搭載するレーダー・トランスポンダーと、地上にあるレーダー局を使い、ロケットの位置情報を得て、飛行安全管制を行っていた。しかし、地上レーダー局は大掛かりな設備なため、維持に費用がかかる。さらに、老朽化が進んでおり、更新費用も運用コストを押し上げる要因となっていた。
そこで、ロケットに搭載する新たな航法センサーを開発し、飛行安全管制に必要な位置情報の取得できるようにした。これにより、これまでレーダー設備が担ってきた機能を代替できるようになり、打ち上げに必要な地上設備の簡素化、また設備の維持・更新に係る費用を削減するとともに、より高精度な飛行管制を実現した。
この技術は、2015年の29号機から実証を始め、2017年12月23日に打ち上げた37号機で、地上レーダー局の完全不要化を達成した。この技術はまた、小型固体ロケットの「イプシロン」ロケットにも適用された。
海外顧客からの商業打ち上げ
H-IIAは、日本のロケットにとって約40年にわたる悲願も実現した。海外顧客からの商業打ち上げ――国内外の民間の衛星事業者などから受注し、ビジネスとして行う打ち上げの獲得だ。
日本の大型衛星打ち上げ用のロケットは、N-IからN-II、H-Iまで、米国からの技術導入で開発したため、商業打ち上げは事実上不可能だった。
純国産のH-IIによって、その障壁は取り払われたものの、今度はコストの課題があった。H-IIのコストは140~190億円ともいわれ、さらに90年代は円高傾向にもあったことから、他国の同性能のロケットと比べて割高だった。
それでも、N-Iからの高い打ち上げ成功率、そしてH-IIの性能を見て、買い手が現れた。1996年、ロケットシステムは米国のヒューズ・スペース&コミュニケーションズから20機、スペース・システムズ/ロラールから10機という、商業衛星打ち上げの仮契約を獲得した。1996年というと、H-IIAの開発が始まった年でもある。つまり、H-IIAは、H-IIの高い(と思われていた)信頼性はそのままに、コストを半減できる見込みがあったために売れたのだ。
しかし、その後H-II 5号機、8号機が失敗し、さらにH-IIAの開発も遅延したために、契約は解除となってしまった。
その後、H-IIAの運用が始まり、6号機の失敗を乗り越え、順調に成功を重ねていた2009年、三菱重工は韓国航空宇宙研究院(KARI)から地球観測衛星「アリラン3号」の打ち上げを受注した。そして2012年5月18日、21号機によって打ち上げは成功した。
H-IIAにとって、また日本のロケットにとって初めての海外顧客からの打ち上げ受注となったが、この打ち上げはJAXAの地球観測衛星「しずく」(GCOM-W1)との相乗りだったため、他国のロケットよりも安価に実施できたという背景がある。
2013年には、三菱重工がカナダの衛星通信会社テレサットから、通信放送衛星「テルスター12V」の打ち上げを受注。2015年11月24日に、H-IIA 29号機によって打ち上げに成功した。民間企業からの商業衛星の打ち上げ、つまり純粋な商業打ち上げを実施したのは日本初であり、長年の、そして一度は散ってしまった悲願が達成されたのである。
その後2018年には、40号機でアラブ首長国連邦(UAE)の地球観測衛星「ハリーファサット」を打ち上げ、2020年には42号機で、同じくUAEの火星探査機「アル・アマル」(Hope)の打ち上げに成功した。
そして2017年には、英国の衛星通信大手インマルサットの「インマルサット6 F1」の打ち上げを受注し、2021年に45号機で打ち上げられた。
三菱重工の鈴木啓司氏は、このうちハリーファサット、アル・アマル(Hope)、インマルサット6 F1の打ち上げで、顧客との準備や調整に立ち会った。
鈴木氏は、「種子島での打ち上げ判断会議やインターフェイス会議では、対等なビジネスパートナーとして接してくれました。時には厳しい議論もありましたが、建設的な対話を通じて信頼を築くことができました」と振り返る。
打ち上げ後、顧客からは「素晴らしい仕事だった」と声を掛けられ、海外から日本のロケットと、自分たちの仕事ぶりが高く評価されていると感じたという。
こうした商業打ち上げの実績の積み重ねは、後継機であるH3ロケットにも引き継がれている。H3がまだ開発中だった2018年には、インマルサットと、H3による打ち上げを実施することで合意した。
さらに2024年には、世界有数の衛星オペレーターであるフランスのユーテルサットと、H3を使った複数の打ち上げに関して合意が交わされた。また同年には、UAE宇宙庁とも小惑星帯探査ミッション「MBRエクスプローラー」の打ち上げについて合意に至っている。
H-IIAを通じて培われた技術力と信頼性は、H3においても評価されている。