H-IIA 6号機の失敗と、改良型SRB-Aの誕生
H-IIAは、2002年2月に試験機2号機の打ち上げにも成功し、同年9月の3号機から運用段階に入った。その後も5号機まで打ち上げをこなし、順調に実績を積み重ねていった。
そして2003年11月29日、H-IIA 6号機が飛び立った。同年10月1日には、宇宙開発事業団(NASDA)と、宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)の統合により、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が発足しており、この打ち上げはJAXAにとって初のミッションでもあった。
種子島宇宙センターを飛び立ったロケットは当初、順調に飛行しているように見えた。ところが、2本のSRB-Aのうち、1本の分離ができない問題が発生した。そのままでは、高度と速度が不足することから、ロケットを指令破壊し、打ち上げは失敗に終わった。
三菱重工の鈴木啓司氏はこのとき、種子島宇宙センターにある大型ロケット発射管制棟、通称「ブロックハウス」に詰め、打ち上げに携わっていた。
「テレメーター(ロケットの状態などを示す信号)のデータを見ていたら、『指令破壊をしました』と放送が入りました。最初は耳を疑い、信じられないような思いで、だんだん目の前が真っ暗になる感覚でした」と振り返る。
さらに、SRB-Aが分離できなかったことで、まさにその部分の開発を担当した鈴木氏は、自分の担当範囲で失敗してしまったのではないかという考えに苛まれた。
その後の原因究明で、根本原因はSRB-Aのノズルが、燃焼ガスのエロージョン(浸食)によって穴が開き、そこからガスが漏れ出したことが判明した。この漏れが分離用の導爆線を過熱し、機能を喪失させたため、分離信号が出ていたにもかかわらず、SRB-Aが分離しなかったと結論づけられた。
実は、エロージョンが発生することは、開発時の燃焼試験でも認識されていた。当時、開発陣はノズルを厚くするという対策を取ったものの、結果的には不十分だったのである。そのため、浸食が小さくなるノズルの形状に変更するなど、抜本的な対策を施した、改良型SRB-A(SRB-A2)が開発された。
「再点検」と「信頼性確認作業」
6号機の失敗を受け、NASDAや三菱重工は「再点検」、あるいは「総点検」と呼ばれる作業を行った。
失敗の直接的な要因となったSRB-Aだけでなく、H-IIA全体の設計を原点から見直し、徹底的に点検・評価した。その結果、打ち上げ再開に向けた77件の課題を抽出し、すべてに改善策を施し、信頼性を向上させた。
並行して、三菱重工は「信頼性確認作業」を行った。これは、H-IIA製造のパートナー企業の作業内容や信頼性を確認するため、エンジニアが各社の工場に赴き、作業への立ち会いや不適合への検証・対策プロセスを詳細に点検するというものだった。
しかし、この作業には反発もあった。H-IIAの開発はNASDA/JAXAが主体となり、三菱重工とパートナー企業が対等に責任を分担する体制だった。そのため、三菱重工による作業確認は“上”から踏み込まれてくるような印象になる。
鈴木氏もパートナー企業の工場に赴き、作業を確認した。最初は「これは見せられない」と拒否されることもあったが、作業を進める中で信頼関係が築かれ、腹を割って話し合える関係性ができていったという。
鈴木氏は「最終的には、『次の打ち上げを成功させるため協力しよう』という体制が構築できました。その絆は、以後の開発や打ち上げに活かされ、いまも困ったときは話し合える関係が続いています』と振り返る。
6号機の失敗から約1年3カ月後の2005年2月26日、H-IIA 7号機は種子島宇宙センターに据え付けられた。
のちにH-IIAのプロジェクト・マネージャーを務める三菱重工の矢花純氏は、この当時、会議室のスクリーンで打ち上げを見守った。矢花氏は主に第2段の開発を担当し、再点検でもその見直しに従事した。
矢花氏は当時を振り返って、「周囲も含め、あまり暗い感じはなかったですね」と語る。
「みんな、自分の担当範囲としては、打ち上げ再開に向けてやれることはすべてやった、やり切ったぞ、という想いがあったと思いますよ」(矢花氏)
失敗を糧に、プレッシャーよりも自信が勝るほどに成熟したH-IIA 7号機は、この日の18時25分に打ち上げられ、無事に成功を収めた。
衛星の乗り心地を良くする新エンジン「LE-5B-2」
時は少し遡り2002年9月10日、この日打ち上げたH-IIA 3号機の第2段エンジン燃焼中に、それまでの打ち上げと比較して大きな低周波振動が確認された。打ち上げが失敗するほどの大ごとではなかったものの、衛星搭載部にかかる振動、すなわち衛星の乗り心地に影響するものだった。
分析の結果、燃焼圧力変動が起こっていることが判明し、2003年3月からその低減を目的として、「LE-5B-2」エンジンの開発が始まった。
主な改良点は、まず、燃焼室で吸熱して生成した水素ガスと、液体水素ターボ・ポンプで昇圧された液体水素とを混合する、「ミキサー」という部品の、噴射孔の位相を変更した。
また、インジェクター(燃焼室に推進薬を噴射する部品)では、マニホールド(水素ガスがたまる部分)に仕切り板を設け、液体水素とガス水素の混合を促進するようにした。さらに、燃焼室内の同軸状噴射エレメントを小型化し、数を増やすことで、液体酸素の微粒化を図った。
これらの改良により、衛星搭載部にかかる振動や燃焼圧力変動を約半分に抑えることができた。LE-5B-2は、2008年2月23日に打ち上げたH-IIA 14号機から使用されている。